54・回想(45)
園では通常、学ぶ内容がなくなるか、学んでいないと見做された場合、自然と卒園になる。
大概は軍属・結婚を含む、進路が定まってからだ。
10歳を過ぎてからの費用を納入済みの者や、進路がしっかりしていて納入の見込みが確かな者は、静かに園から去っていく。
エノンを守る為に集まり、仲良くなった仲間達は卒園が決まると教えてくれ、別れを告げていってくれた。
だが中には、そういえばしばらく顔を見ないなと思っていた者が、実は卒園していたなんて事もあった。
エノンの進路希望先はどこなのだろうか?
卒園試験を受けるという事で、少なくとも家ではないとは分かった。
卒園試験は、進路希望先へ園からの推薦を手に入れたい者だけが行う。
卒園試験は講師から何か課題が出されるわけではない。
卒試で園の判定官と、場合によって希望先の採用担当者に対し、自分はこれだけの事が出来るのだと実力を示すだけだ。
いわば希望先の採用を勝ち取る為の、デモンストレーションである。
「日時が決まったら知らせるから、リティには見に来てほしいんだっ」
「それはもちろんだけど、でも……」
卒試会場は本人が自分で決められる。
日時は判定官の都合との擦り合わせが必要だ。
受験者が例えばエノンの様に有望視されていたり、カリスマ性に溢れている場合。
どこからか話が漏れに漏れて、卒試会場が受験者と判定官だけでなく、デモンストレーションの見学客で埋まる事もあるらしい。
そしてその見学客の中には、実力次第では本人の進路希望先を変えて、自らの職場に引き抜こうとする者達も混ざる。
それを逆手にとり、より良い職場を求める為に卒園試験を行う者もいるそうだ。
でも、エノンには問題がある。
エノンは家が目を掛けていて、幼少期からずっと援助をしている事。
少し調べればすぐに分かる事を無視し、エノンを引き抜こうとすれば、家に喧嘩を売っていると見なされかねない。
家はそれなりに名のある貴族家なので、面子を重んじる面がある。
面子を潰されたと感じた相手には、それなりの対抗手段をとるはずだ。
卒園試験を行ったエノンに対しても、家は面白くないと感じるだろう。
「大丈夫だよ、リティ。諸々含めて、ちゃんとオレ分かってるから。でも通らなかったらちょっと恥ずかしいし、進路希望先は秘密っ」
「むぅ」
エノンがこんな風に僕に秘密と言ったなら、絶対に教えてくれる事はない。
秘密がオープンになってから、やっと教えてもらえる。
たぶん今回の秘密も、どんなに粘ったってきっとエノンは教えてくれない。
けれどエノン自身が決めた道だというなら、僕に反対など出来るはずがない。
「エノンを信じる」
結局、今の僕の結論はそこに辿り着く。
本当はアーラカから、家の庇護を離れたのは早まった、と言われた時に冷やりとした。
アーラカは僕が狙われる事を怖がって、黙り込んだと思ってくれたようだったけど、それは違う。
狙われる可能性があるなら尚更、飼われたままでいいじゃないかと、一瞬思ってしまった僕を見透かされた気分になったからだ。
振り込みが止まらないのは、両親の期待に添わないこんな有様の僕でも、両親は飼い続けてくれる気があるという事だ。
今まで通りもう何も考えず、両親の決定に流されて生きればいいじゃないかと思う僕が確かにいる。
今でさえ、こうなのだ。
きっと待たされれば待たされるほど、僕はエノンを信じられなくなるに違いない。
エノンを信じるという言葉を拠り所にしつつ、実は僕自身がエノンを信じていないから、動きがとれないだけじゃないかと思う。
もし本当に全身全霊で信じているなら、名義変更の書類をエノンに預けたままにはしない。
まるで保険をかけるような真似なんて、するはずがない。
エノンを信じるなんて、よく口に出せたものだ。
こんなの、口先だけの嘘も同然じゃないか。
その点、ラァフは喋らない。
僕の様に、言葉による嘘は吐けない。
ラァフを思い出したら、何だかほっこりした。
そういえば、少しでもたくさんラァフにエサを食べてもらおうと、キラキラが多く舞う中央付近に戻ったのだった。
ラァフの為のエサ作りを僕は再開する。
ここは聖域。
微小魔石を自力で作り出さなくても、材料は周り中に大量にある。
何せ聖域。
手でころころすると融けてしまうから、試しにまとまる様にイメージしてみたら上手く出来た。
さすが聖域。
しかも、団子状になったキラキラは地面に触れても融ける事はない。
聖杖も食べられるくらいだから、団子にしておいた方がラァフも1度にいっぱい食べられそうだと思ったのだが、正解だったらしい。
よしよし、良い食いっぷり。
エノンとレミと一緒に聖域に戻って来たラァフが、次から次へと僕が作っておいたキラキラ団子を食べ消していく。
「リティさん、どうやったら作れるんです?」
「だから何度も言うようにイメージだ」
「……出来ないんですけどっ!」
ちなみに僕の団子を見たタッゾが先程から頑張って作ろうとしているが、今のところ作れていない。
「この次々消えていってる団子、リティが作ったの?」
「うん、そうだけど?」
意気揚々と戻って来たはずのエノンが、何やら難しい顔をしている。
微小魔石の構想の話はしていないのだが、微少魔石からキラキラ団子を作り出すところを、タッゾに見せるのも良くなかったのだろうか?
「お~~~い、お前っ! お前だよ、この変態っ! リティの飼い犬っ!」
「何ですか、雛先輩? 俺、集中したいんですけど~」
自分が雛呼ばわりを続けられているせいか、エノンもタッゾを名前で呼ぼうとしない。
そういえば僕もレミから名前を呼ばれた事がないと、今気が付いたが……まぁいいか。
「卒園試験でオレはリティに口先だけじゃないって事を、ちゃんと証明するからなっ! お前も飼い犬自称するなら、ちゃんとリティを守れよっ?」
「エノン?」
エノンの言い出した事が何のことだか分からなくて、名前を呼んだのだが答えてもらえなかった。




