52・回想(43)
「リベンジよっ!」
またしても、レミが僕の目の前で仁王立ちしている。
しかも今回はどこかへ行った帰りではなく、街中から出入門まで僕が目当てで来たらしい。
そして、前回同様ビシッと人差し指を突き付けられる。
もう少し穏やかな姿勢で来てほしいものだ。
だが、レミと僕がにこやかに会話する図なんて、全く寒気が走る白々しい光景にしか思えない。
表面上はにこやかでも、お互い腹に何かを抱えていそうで、周り中に落ち着かない空気を漂わせるだろう。
まあ現在も、女2人が出入門の前で睨み合っているのだ。
通り過ぎる周りの人々が、僕達に落ち着かな気な視線を投げてきた。
とりあえず、リベンジという事は、またレミはどこかにエノンを連れていきたいのだろう。
無事に行き着く為には、タッゾが必要で。
そのタッゾを引っ張り出したくて、まず餌である僕の所へ来たに違いない。
「まだエノンの魔術は不安定なのか?」
まず気になった事を聞いてみた。
だが前回エノンはダンジョンに入る前にだけ、魔術を使っただけだった。
習うより慣れろ作戦をするなら、実践が必要。
完璧な露払いをしてしまうタッゾとレミ兄妹は、エノンとパーティーを組まない方がいいと思う。
「悔しい事に、あれから安定してるわよっ」
「悔しい?」
「あんたと一緒に出掛けた途端に、安定するとか……もうっ! あたしの方が絶対にエノンの役に立つんだからっっ」
「あ~。それは、……綺麗な物を見せる事で?」
「当然よっ」
エノンの魔術が安定したのは、ラァフの名付けが済んだからかも知れない。
守護聖獣の魔力が名付けによって安定する事は、今回の資料調べで知る事が出来た。
聖獣の魔力が安定すると、その主の魔力も安定する事も。
ラァフの名付けはただタイミングが良かっただけなのだが、何にしてもエノンの魔術が安定したのなら良かった。
自分の魔術の不安定さを1番気に病んでいたのは、エノン本人だろうから。
「今回は話が早いじゃないっ! あんたも分かって来たわねっ」
「……」
いや、レミ。
お前が言い出して、むしろそれ以外に何があるというんだ?
だが、懸命にも口に出さないで済んだ。
「あの杖がさっさと逃げちゃったせいで、消化不良なのっ。今回は物じゃなくて場所だけだから、消えられる心配も、選ばれる心配もないし~っ」
「あぁ、それなら安心だ」
前回の聖杖はラァフが食べられたが、他の聖具が出てきた時、必ずまたラァフが食べられるとは限らない。
そして他の聖具に、またもエノンが気に入られる可能性だってある。
なんといっても、エノンなのだから。
「行くわよねっ?」
僕が前回より乗り気なのが伝わったのか、形ばかりの疑問形でレミが聞いて来た。
「いつ行くか決まったら教えてくれ」
ラァフの食事も摂らせないといけないしな、と僕は頷いたのだった。
同じ島内だけでも、激戦跡地を含む魔の領域は多数存在している。
レミに先導されて着いた場所に抱いた印象は、あの場所に似ているというものだった。
家の憑いている人外と来た、魔物との激戦跡地。
あまりにも似ていて、僕は記憶を一気に遡らせた。
同じだ。
一帯に淀む瘴気も、スピリット系の悪霊も。
守られながら、何も出来ずに立ち尽くす自分も。
「大丈夫か、リティ?」
「……っ」
エノンから呼び掛けられて、ハッとした。
そうだった。
僕は激戦跡地に行った後で、ワコさんとエノンに出会った。
自分が、僕になった原点。
思わず伸ばした手は、エノンへと届く前に阻まれる。
「縋りたいなら、俺にどうぞ~っ」
阻まれた僕以上に、むっとした様子のタッゾと目が合う。
思いの外、焼餅だ。
「……今は大目に見て欲しいんだが?」
「絶対に、嫌です」
「僕に縋り付かれたせいで、押し潰されたりしてな」
「そうなったら、そのままリティさんを襲うんであしからず」
タッゾの軽口に、呆れてというよりも、記憶が遡った事で張り詰めてしまった心がほぐされた様な気がして……ゆっくり僕は息を吐いた。
エノンとは違う、タッゾの固い手の感触を感じながら。
昔の自分は。
最大の守り手のはずの両親から突き放され、自分を戦場跡地に連れてきた人外が僕の側にいるだけだった。
だが、今の僕は。
助けて欲しいと僕が言い出す前に、助けの手を差し伸べてくれる人。
僕が助けて欲しいと声を出せば、全力で助けてくれると信じられる人が周りにいる。
エノンがいて、園の仲間も出来て、タッゾと、まぁレミも増えた。
僕が激戦跡地で何も出来ないのは相変わらずだが、少なくとも1人ではなくなっている。
そういえば心配してくれたのに、エノンにまだ返事をしていなかったのを思い出した。
「大丈夫だよ。ありがとう、エノン」
「大丈夫なら良かったけど、良くないっ! リティは園に入る前、こんな感じの所へ連れて行かれたんだろっ?」
これには苦笑を返すしかない。
いくら何でも幼児に見せる光景ではないと、今の僕なら分かった。
両親にとっては一縷の望みを掛けたからこそ、戦場跡地に連れていくよう人外に命じたのだと思いたい。
「いちいち倒して行くとキリがないので、突っ切ろうと思うんですけど」
「ここをか?」
こういう表現はどうかとも思うが、淀む瘴気の中をスピリット系の悪霊が、うようよしている。
「断続的に道を作るので、そこを走り抜ける感じです。レミ、どっち方向だ?」
「ん~。……あっちね」
レミが指差した方向を見てみるが、特に何かの目標物はない。
のだが、合っているのだろう。
タッゾの合図で僕達4人はタッゾが開けた通り道を一斉に走り出したのだった。




