51・回想(42)
すると背もたれから、声が掛かる。
「あの~、リティさん」
ちょうど読み漁りも一段落ついたところだったので、背中にもたれたまま僕は返事をした。
「何だ?」
タッゾを背もたれにする事で多少、ちょっかいの掛けられ方がマシになっていたのだが、名前を呼んで来たからには何か用があるのだろう。
「隠す気がないみたいですし、俺が言い当てる前にそろそろリティさんから教えてくれるんですよね?」
「え?」
「え? って、え? ……あ~、その様子だと違ったみたいですね」
最初は確かにタッゾに関係ないのだからと、タッゾを茅の外に置こうとした。
だが数日で秘密にしていた図書資料棟通いはバレ、タッゾは僕に纏わり付いた。
見せまいとしても、隠しようがなかった。
それにタッゾに題名やらを隠すのも、かえって怪しいと思った僕は、タッゾの見るがままにしていただけで他意はない。
残念そうなタッゾの声が続く。
「やっぱり楽しい答え合わせの時間にしましょうか、リティさん」
「楽しくなる気が全くしないんだが」
「まぁ、勝手にしゃべります。リティさんが雛先輩に聖獣を憑けていて、この前の聖杖もその聖獣が何かしたで消えた。で、当たってます?」
「……は?」
僕がエノンに何だって?
一部分は合っているが、そもそも根本がおかしい。
問われたものの、僕は答えられなかった。
黙った僕をどう思ったのか、タッゾが続けて来る。
「でも、そうなると分からないんですよね」
「……何が?」
掠ってはいるが、珍しくタッゾが読み違えている。
「聖獣を雛先輩に憑かせたリティさんなら、聖杖に選ばれた雛先輩と一緒に、神殿に囲われる事も出来たでしょう? 何で神殿入りを阻止したんです?」
「……」
僕はエノンにラァフを憑けてなどいない。
聖獣を使い手以外に憑けるなど出来るわけがない。
「リティさんなら、雛先輩の意思を尊重してってところですかね?」
「お前だけは僕がお綺麗な人間じゃないと、知っているものだと思っていたんだが」
それには苦笑いを浮かべ、僕は前半部分のタッゾの言葉について考える。
エノンに憑いているかも知れないのが、ただの人外じゃなくて聖獣だと読んだのはさすがだ。
まあこれは僕が読みふけった書籍を、タッゾも後からチラッと覗いていたしな。
本の題名や内容から推測したんだろう。
だが神殿跡であの時ラァフが具体的に何かをしたのかに、気付いたわけではないらしい。
揺らされなかった僕をタッゾが疑って来る。
「え~っ? おかしいな、ハズレですか~? ホントですか、リティさん?」
「どこからそんな発想が出たんだ? 根拠は?」
「雛先輩には見えてないのに、リティさんには見えてるって事が根拠です」
「僕にだけ見えると、どうして僕が憑かせているって事になるんだ?」
素早くタッゾから切り返されたものの、僕は首を傾げた。
人外が使い手以外に憑く事自体は、確かに稀にある事だ。
特に人外の主が大切に思っている人や物を守る為に、主以外に憑く事は確認されている。
だが、それを聖獣に当てはめるのか?
聖獣は聖具と一緒で、使い手以外の言う事など全く聞き入れない。
ラァフも最初、僕の言う事など全く聞いてくれず、最後は僕が根負けして、なし崩しで傍に来るようになったほどだ。
なぜ僕が聖獣の主だと、タッゾは勘違いしているのだろう?
そのタッゾの根本的な認識がおかしいと思う。
そんな僕の反応が、タッゾが思っていたのと違ったらしい。
タッゾが更に別の手札を見せて来た。
「それにリティさんが一緒の時だけ、倒した魔物から落ちる魔石の消え方がおかしいんですよ。急に消えた聖杖といい、その理由も知ってるんじゃないですか?」
単にこれまで言わないでくれただけで、魔石の消え方がおかしいと、しっかりタッゾは気付いていたらしい。
そんなタッゾの言葉に僕は口を開いて、食い付かざるを得なかった。
「僕が一緒の時だけ? それは確かなのか?」
「ですね。あのっ、リティさ……」
タッゾが何か言い掛けるが遮って、更に問い掛ける。
「エノンと一緒の時にどうだとか、レミは言ってるのか?」
「……全く聞いてませんけど。レミは魔物からの魔石には興味がないんで。俺が魔物狩りなら、妹は綺麗物狩りなんです。綺麗な物・場所に鼻が利く」
何だそれは、と一瞬思った。
しかし一緒した時のレミの様子からすると、さもありなん。
しかも、聖具を発見しているのだ。
野性の獣の感覚、本気で侮れない。
「あの~、リティさん?」
「……」
とにかく、これはマズイ。
餌付けもどきをしてしまった責任重大ではないだろうか?
まだタッゾからの証言しかない。
だがタッゾのこの言葉で、姿が見える僕が一緒にいる時にしか、ラァフは何も食べていないという線が濃厚になってしまった。
ラァフが飢えを感じているとしたら、悲し過ぎる。
もし、あのふわふわが僕のせいで萎れてしまったら、取り返しがつかない。
駄目だッ。
そんなの、絶対認められないッ!
やはりラァフが遊びに来た時は、タッゾからのダンジョン行きへの誘いには乗ろうと決める。
それにしても、なぜラァフは聖杖を食べたのだろう?
もしかして聖杖は魔石で出来ていた?
魔石であるなら、埃だろうが杖だろうが、形がどうあれ、ラァフにとっては食べ物だ。
魔石で出来た聖杖なんて珍しい物、大きなご馳走にしかラァフには見えなかっただろう。
考えれば考えるほど、正解の様な気する。
でもこの問題もまた確かめる方法がなく、棚上げにするしかない。
少しでも情報はないかと、僕はまた本を読む事に没頭する事にした。




