49・ストロミール
終点が近くなったところで、再び車内アナウンスが流れ、次々と乗り換え案内がされていく。
今回の旅を計画する時に、エート島の主要駅を一応調べてみたのだが、アナウンスで告げられるたくさんの駅名に、その駅はエート島内のどっち方面だったかと、首を捻ってしまう駅もあった。
なぜならストロミール駅からは、今乗って来たミンド島とエート島を結ぶ線だけではなく、エート島内の各方面からの路線も乗り入れされているからだ。
それだけでなく、ストミート海峡にある島々を通っている路線や、更に国内の主要3島に比べると、かなり小さいイン島の方に伸びている路線もストロミール駅に乗り入れていた。
これから2回列車を乗り継いで、今日の目的地であるマットルへと向かうのだが、乗り換えホームは3番線らしい。
手荷物は広げていなかったが、一応アナウンスされた通りに、忘れ物がないかを確認してから列車を降りた。
ストロミール駅での乗り換え時間は10分しかない。
いや考えてみれば、1、2分しか乗り換え時間がなかった駅もあったので、そうすると10分もあるならば充分か?
まあ、少し急ぎ目に歩けば大丈夫だろう。
僕は乗り継ぎ先の駅のホームへと早足で歩いた。
ストロミールも地名をそのまま駅名にしているのだが、スエートほど人口は多くない。
現時点では観光地として発展する事もなく、ストロミール駅を利用する乗客のほとんどが改札口を出ずに、次の列車へ向かってしまうという流れが、完成してしまっていた。
そんな流れを有効利用しようという商魂の逞しさと、乗客からの希望もあったのだろう。
駅構内にはたくさんの小さな飲食店やお弁当屋、おみやげ屋、更には日用雑貨店までが、ずらりと並んでいた。
更に駅のホームを渡り歩き、持ち込んだ商品の名前を連呼している売り子もいて、客が乗り込んだ列車の窓から、呼び寄せては求める品を買うという姿も見られた。
「美味しいですよ、これ」
「ん?」
どれどれと、タッゾから差し出された果物をかじる。
これまでの経験上、タッゾが薦めてくる物に、まず間違いはないのだが、今回もやはり美味しくて、分けてくれた事も含めて、礼を言った。
「ありがとう。旨かった」
「リティさんの口にあったようで、良かったです」
次の列車に乗り換える為に移動しながらも、停車している列車をキッチリ視界に収めている、僕の横からいなくなったのは、ほんの一瞬のはずだった。
なのに、そんな短い時間で、しかもたくさんの売り物の中から、タッゾは当たりを引いてしまえるのだから、全く凄い。
タッゾから差し出された果物は、果汁も香りも甘酸っぱく、今の時期はストロミールの山の斜面でたくさん実っているらしい。
今朝収穫したてで、値段も安く、見渡せばジュースとしても売っていた。
普段、僕は朝昼晩の3食以外、滅多に間食を取らない。
旅の間だけ特別に、珍しくて美味しそうな物を間食としていただいている。
それにしても、昔は誰かが口にした物を、僕がそのまま飲み食いするだなんて、考えられなかった。
せいぜい始めから、分け合いっ子をするくらいだ。
「タッゾももう一口食べるか?」
「もちろん、喜んで」
「僕ももうちょっと食べたいから、少し残しといてくれ」
「じゃあリティさん、先に好きなだけ食べて回してください」
「ん。ありがとう」
ふとした瞬間にタッゾの影響を、受けてしまっているのだなぁと、更にもう数口もらって咀嚼しながら改めて思う。
乗り換え先は各駅停車なので指定席もなく、急いで空いている席に座った。
列車に乗り込むと、無賃乗車で入り込み、飛び回っている虫に僕は気付いた。
その虫をつい目で追い続けていたのだが、空調設備らしき隙間の中へと一瞬にして吸い込まれる。
ただ僕は、吸い込まれた虫に対して、可哀想にとは思わなかった。
むしろ僕はお小遣い制度で、列車内に入り込んだ虫を、退治する仕事をした事がある。
もし虫が空調機に吸い込まれず、こちらに近付いて来ていたら、僕はためらわずに殺していただろう。
今この手に、床掃除用兼虫叩きの用の箒は持ってないが、たぶん確実に殺っていた。
列車の旅で1番の問題といわれているのが、小物の魔物の出現だから。
どんな小さな村にも、魔除けが備えられているというのに、いつの間にか小物の魔物が入り込んでいる様に、列車内にも同様に魔物が紛れ込んでくる。
それも特急より、鈍行列車。
都市部よりは、自然が多い地区。
そして冬場よりも、夏場なのだ。
お陰で列車内に、小物の魔物が出現する原因は、早くから解明されていた。
各駅に停まって乗降扉が開くたび、列車内に入って来た虫や鳥といった小型生物が、何かの拍子に魔物へと変異すると。
大概、人間側がちょっかいを出さなければ、向かって来ないはずの小型生物だが、変異して魔物になると、なぜか攻撃的になる。
元から攻撃的な性質ならば、より攻撃的に。
そして、刺され噛まれ鱗粉に触れ等々した場合に、被るダメージも大きくなる……という具合にだ。
なぜ生物が、魔物に変異するかは完全には分かっていない。
ただ、わざわざ魔物になるために列車内を選んで入ってくるのではなく、入って来た虫や鳥がたまたま変異し魔物になるのだろうと言われている。
魔物に変異する可能性云々を除外しても、虫を箒の一撃で叩き倒せた場合、殺ってやったフフフ…的な達成感はかなりある。
そのためか、お小遣い制度の仕事の中でも、列車内の虫退治は、僕が好んで受けると仲間内に浸透しており、ちょこちょこ仕事の手伝いの依頼が来た。
ただ、この虫退治、当たり外れが大きい事でも有名で、大当たりすると中級の魔物退治になってしまう。
小物の魔物がさらに何かの拍子に変異し、中級の魔物になってしまうのだ。
なので、必ず中級の魔物に対応出来る者達を中心にして、虫退治の仕事は依頼されてきた。
まあ普通は小さい虫を追いかけて、退治するだけなので、あまり人気がない依頼の1つでもある。
ちなみに、走行中の列車内で大変異し、中級の魔物が発生したら、急いで車外に追い出すのが列車関係者の間では常識だ。
中級の魔物では、列車に追いつけない。
置いてきぼりに出来るからだ。
逆に魔物だけではなく、走行中に動物を轢いてしまう事故もたまには起こる。
その場合は、片付けが終わるまで列車の運転は見合わせとされる。
滅多にはないが、災害級の魔物が出そうな場合も列車は運休になる。
誰かしらが災害級の魔物の出現を察知して、近場の駅に知らせが入るらしいと聞いている。
安全に列車の旅が出来、ありがたい事である。




