47・タッゾ④
知れば知るほど、リティさんの口は硬い。
飼い主の悪口は言わない主義らしい。
リティさんが一族にではなく、両親にコンプレックスを持っているだろう事は、情報を集める中で想像が付いた。
でもリティさんは飼われているんじゃなくて、飼われてやっているだけだ。
リティさんは飼われてやっていて、俺は飼われたい。
俺は聖人君主なんて信じられない。
いくつもの美談が語られていようとも、必ず自己中心的な部分があるに決まってる。
誰だって1度は誰かを恨むだろうし、死んじまえとも思うはずだ。
そう思うだけじゃ収まらなくて、色々な形で表現したり、爆発させる奴もいる。
それなのにリティさんはまるで、不満を感じてしまう己が悪いとでもいうように、それらの感情を内へ内へと沈み込ませて、表に出す事を罪悪だと考える。
その上、リティさんは優し過ぎる。
人間、最終的には己が1番大切。
くれるっていうなら、金はせびれるだけせびって、後は突っぱねるか無視だ。
それで親がどう思おうが、傷付こうが知るかって感じだ。
リティさんを寮に放り込んだくらいだから、傷付く様な印象もない。
そんな風に出来るほど強くないだけだと、リティさんは答えそうだけど。
それならせめて、理性を保ち続けて来ている己をもっと誇っていい。
雛という存在がいたとしたって、己をコントロールしているのは、リティさん自身の力なんだから。
む~。
俺も雛みたく、もうちょっと癒し系な外見だったら良かったかも。
そうすれば己の存在自体で、リティさんを和ませる事が出来たはずなのだ。
俺の頭だって、あんな風に撫でてくれたかも知れない。
リティさんを誘拐する前に見た光景を思い出し、らしくない、非常にらしくない考えまで出て来る。
八つ当たり半分に。
俺は向かって来た魔物を必要以上の力を込め、引き裂いた。
これが人間ってもんでしょ~。
全く、リティさんの自制心には敬服するばかりだ。
それでも昨日の去り際を見るに、精神状態はかなり疲弊しているはず。
さぁて。
一体どこから突くべきかと考え、決める。
そしてそれは当たっていたわけで、表面上はいつもとほとんど変わらないのだが、リティさんが揺れている事は間違いなかった。
リティさんはどうやら、俺に罪悪感を感じている自体も、気付かれたくなかったらしい。
気が付けて良かった~。
秘密主義反対~ッ!
俺に対して、そんなものは必要ないのだと、ひたすら押しの一手を貫いて、静かに名前を呼ばれた時。
ようやくリティさんが俺の意を受け入れ、折れてくれたと思ったのだが……。
何、何、何ッ?
何でキス?
いきなり逃げる事は許さないとばかりに引き寄せられて、リティさんの顔が近付き、もう訳も分からないうちに唇が重なった。
リティさんの目は閉じておらず、従ってそれに釘付けになった俺も見開いたままで、その行為を受け続ける。
リティさんの手の内に落ちているのは俺で、この状況に流されているのも俺だった。
普段の感情を完全に押し殺している時も悪くはないのだが、どっかキレてる時のリティさんの方が数段好みだったりする。
どんな状況下にあっても、不屈の精神を捨てない強さを瞳に宿し、その圧倒的な存在感で俺の本能を追い立てる。
我が物顔に入り込んで来たリティさんの舌が絡まり、それに劣らぬ激しさで応じながら、このまま嬲り殺しにされてもいいような気さえした。
なのに、突き放されて。
ふいに離れた唇を惜しみ、誰かの名前を呼ぶ日が来るなんて。
じっと見上げられただけで、震えてしまう己がいる事実も。
つい数ヵ月前までは、笑える発想でしかなかった。
瞳と同じく、憎々しげに聞こえて来る声にうっとりする。
もしリティさんが本気で俺を排除したら、今度は無視も出来ないくらい、思いっ切り憎まれるのも楽しそうだ。
……って、まずい。
完全に場をリティさんに掌握されてるじゃないか。
受け入れてくれなくても、ましてや折れてくれなくていい。
今ここでリティさんに言うだけ言っておかないと。
ちゃんと俺の気持ちを伝えておかないと、なぜかリティさんに捨て置かれる未来しか見えない気がした。
リティさんを失うとか、恐怖でしかない。
軽口を叩くふりをしながら、何とか、そりゃ~もう本気で、態勢を立て直したというのに。
リティさんが全く想像もしていなかった方向に、突っ走って行くから。
素で拗ねてるんだよな、これ?
あ~、すっげぇかわいい。
このままどっかにお持ち帰りしたい。
今思い返すに昨日は一瞬、恥ずかしがっていた気がする。
餌の時間にだって、そんな素振りは見せなかったっていうのに。
しかも何で、さっきの今で、この態度になるんだよっ?
気が付けば、俺は吹き出してしまっていた。
睨まれたけど、きっと俺にだけの顔だなと思って、俺は。
あ~愛しいって、こういう感情なのか~と。
昨日キタ何かが、何なのかを自覚した。
う~ん、憎まれたらこの可愛い表情は見れなくなるなぁ。
最後の最後の、本当にどうしようもなくなった時だけにしよう。
もし俺が釣られた魚なら、ホントは放置しようが破棄しようが、リティさんの自由にしていいのだろう。
が、リティさんの場合これを言うと、これ幸いと俺を放り出し兼ねないので、絶対に口には出さなかった。
「さっさと芸の1つでもして見せろ」
放課後リティさんが迎えに来てくれて、それはもう驚いて、じ~んと感動すらしていたのに、コレだ。
芸とはつまり、虫ヨケの事。
それでも、雛の前ではさせてくれないんだろうな~と思う。
こうなったら思う存分、リティさん狙いのうるさい虫へと見せつける為に、とことんベッタベタにやってやる。
役得、役得~っ。
あとで、闇夜に背後から襲撃が来るかもしれないが、全部返り討ちにしてやる。
それでリティさんが手に入るなら安いものだ。
リティさんは、雛じゃなく自分が好かれてる事に全く気付いてないからな。
ホント適わない、この人には。
実際に溺れているのは、俺の方なのだから。
俺に抱き寄せられ、リティさんが満足そうに微笑んだ。
例え思惑があったとしても、リティさんとこうしているのは事実。
お互いの表情は目を閉じた瞬間に消え、後に直接的な感触だけが続く。
本能が暴走したら、リティさんが止めて来るに違いないので、俺はその感触だけに骨の髄まで浸ってしまう事にした。
そして、……案の定だった。
その直後のリティさんからの希望には、耳を疑った。
リティさんは1人暮らしの男の家に行くのが、どういう意味になってしまうのか全く分かっていない。
俺はリティさんを大好きですと宣言しているし、愛してますだって、今言った。
しかも、ここで俺が断れば他を当たる気満々らしい。
どう考えても危険過ぎる。
最悪、虫ヨケした意味がなくなる可能性だって……。
その先の事は、想像だけでも許せない。
黒い感情が沸き上がる。
しっかり理解してもらわないと。
いや、リティさんには実地体験してもらう。
俺はリティさんをお持ち帰りし、じ~っくりと話し合いをした。
「定期的に魔力の残滓を付けとかないと、マズイんじゃないですか?」
で、リティさんをその気にさせた。
世間知らずが判明したリティさんは、そこら辺の知識も曖昧らしい。
正直、俺も真偽は疑っている。
ただリティさんの不安を煽る事には成功したらしい。
俺は定期的に餌の時間を作ってもらえるようになった。




