46・タッゾ③
スエートの街を出たあたりから、俺が付いて来ているのを、リティさんは気付いていそうだなと思っていた。
それに付いて来てるのは、俺だけじゃない。
どうやら、俺の他に2つの気配がある。
街でもいたが、俺ほどねちっこくないからストーカーではなさそうだし、密かな護衛という感じでもない。
さすがに正体までは分からない。
集めた情報から、リティさんは魔術と武術はそこそこ出来るという話だ。
魔法はもともと持つ者が少ない事もあって、使えないらしいが。
だから、こんな魔物退治を始めたばかりの子供が訪れそうな、ダンジョンに入って行ったのにも理由があるのだろう。
まさか、こいつらの口封じを狙ってるとか?
いやいや、リティさんに限ってそれはないな。
そう1人突っ込みをしていた矢先、歌声が聞こえて来て、一瞬でブワッと全身に鳥肌が立った。
いきなり歌い始めるだなんて一体? と疑問視出来たのは、その日の餌の時間が終わってからだ。
最初は、呆然と聞いているだけだったはずが、あの瞳に魅せられた時の様に、俺の思考は歌一色に染まった。
ただ静かに淡々と。
あからさまに不満を訴えているわけでも、切々と歌っているわけでもない。
耳に心地好いくせして、刻み付けて来る様な歌声。
自然と歌われている歌詞が頭の中を巡り出す。
ダンジョン内にというより、体の奥底に響いて浸透する。
それなのに、なぜだろう?
完全にうっとりと酔いしれる事が出来なかった。
リティさんは酷い。
初めは瞳で、今度は歌で俺を縛る。
その上、あの冷静な頭で何やら判断を下したらしく、俺が飼い犬である事を全面拒否して来ない。
一方的にこれでもかと俺を雁字搦めにしているくせに、その実、俺の事など考えてもいないのだ。
リティさんは雛の事が好きだ。
いや、単に好きってだけじゃ収まらないくらい愛しちゃってる。
もしリティさんがそれほどまで大事にしていなければ、俺はいくらレミが低く唸って来ても、小うるさい雛に牙を立てていただろう。
リティさんの寵愛を一心に受けている事にも気付いていないくせに、間に割り込んで来るのだから。
歌はまだ続いている。
苦しくて胸が詰まりそうなほどなのに、こんな風に感じるのは俺だけなのか、他の2つはリティさんに興味をなくした様に去っていく。
俺は?
俺も去るべきか?
まさか、冗談じゃない。
リティさんだけが俺の飼い主だ。
少なくとも、歌詞の様に忘れ去るなんて無理。
絶対に側にいるのだ、リティさんの。
あ~、なるほど。
結局いつもの結論に辿り着いて、答えが浮かぶ。
本気ならいいって事か。
本気でリティさんが欲しいなぁ~。
むしろ真剣に俺をもらってくれないかなぁ~。
リティさんの場合は、あの歌詞を鵜呑みにしちゃダメなんだ。
むしろ逆手に取って押すべき。
そう感じる。
だから、押して押して押しまくった。
そしたら、唐突に餌の時間を与えられて、一瞬夢か現実か疑った。
その場で襲わなかったのは、次こそは雰囲気のある場所がいいと決めていたからだ。
よく耐えた俺、偉い。
ホント誰か褒めて欲しい。
だから、もしダンジョンで魅せられたリティさんの歌声を聞いていなければ、気付けなかったかも知れない。
街の外に出た時の、ただ上手いだけの歌を聞いた時、正直違和感しかなかった。
冷静にというよりも、抑え付けて均されたという意味で、完璧な歌だったから。
どっちにしても、リティさんが周囲一帯に響かせる様にして歌うのは稀だと、後で俺は教えてもらった。
研究への誘いは邪魔をした。
引き受けないじゃなくて、引き受けられないという、微妙な言葉の差も気になりはした。
でも研究なんかにかまけるくらいなら、ぜひとも俺の方を構って頂きたいので、それは流して追い払う方向に。
それよりも雛をダシにされて怒ったはずが、一気にその感情を沈ませたリティさんに、思わず呼び掛けた俺。
それに対し、チラッと向けて来たリティさんの視線に困惑した。
垣間見た瞳の色だけでは訳が分からず、もう1度名前を呼んだのだが、今度は視線すら寄越してもらえなかった。
悲しい。
リティさんはこれまでにも増して、理性で感情を抑えてる。
少しも表に出すまいと、必死になっているようだ。
街の外に出た時に、ちゃんと問い質しておけば良かった。
周りが煩かったので、誘拐決行。
身体強化、浮遊、衝撃吸収、風雨避け、追っ手検索。
もちろん細心の注意は払っていたし、逃避行が楽しかったのも本当だ。
だが窓から飛び降りて、呆然としている間のリティさんの体は異常に軽かった。
俺が始めてこんな事をしたから軽く感じた、という理由だけではないと思う。
リティさんについて気になる事がまた増えた。
リティさんと会うまでは、四六時中、相手がどこで誰と何をしていて、更には何を考えているかまで分かっていないと気が済まない……だなんて考え方はウザくて受け付けたくなかった。
からかったりする時以外、今こうしたいと思っただろ? 何々を考えていただろ? なんて、わざわざ確認の問い掛けをする必要性も感じない。
気の合う奴とは以心伝心、それで充分なはずだった。
確かにリティさんは、うまく感情を押し殺している。
だがよ~~~く見つめていれば、別にリティさんの事だって、ちゃんと読める。
だけどあんまりにもリティさんからの手応えが弱いから、確認しないと1人で空回りしている気がするのだ。
ついリティさんの事を詮索したくなってしまう。
ただの性欲のみなら、もっと単純明快だっただろう。
もう俺は、ただ知っているってだけじゃ足りない。
一方的な関係じゃない事を確かめたい。
「もう降ろせ、誘拐犯」
その視線は、やばい。
ホントやばい。
今までとは別の場所に、何かがキタ。
ついでに嘘を判別する為というより、無性にキスしたくなったので、顔を近づけたのだが拒否された。
酷い。
「さっさと遊びは終わりにして、早く他の飼い主でも探しに行け」
他人からこんな風に命令されたら、俺は必ず何かしらの報復に出るのに、リティさんに対しては反発すら浮かばない。
リティさんに関わる事を簡単に終わりに出来るくらいなら、俺は言われるまでもなく止めている。
遊びじゃない、本気だ。
リティさんに信じて欲しい、信頼されたい。
そんな己の本能に従い、俺はリティさんの甲に口付けていた。
リティさんに拒否られるのが目に見えているので、口にはしないが、雛の代わりでもいい。
それだけ一途なのだ。




