44・回想(39)
一旦苦笑を浮かべかけたアーラカだったが、表情を急に引き締め、僕を叱り出した。
「リティは自己評価が低いっ! 低過ぎるっ! 魔術だって中級を使えりゃ、立派なもんなんだぞっ!」
まぁ、普通ならその通りなのだろう。
だが僕は1番両親から能力を引き継いでいるはずの、長子なのだ。
……あれ、おかしい。
僕は僕自身が親の期待に添えない力しか持てずに生まれた以上、貴族の慣習を信じないはずなのに。
やはり幼少期から受けてきた両親の影響は、早々抜け出せないらしい。
そう思っていた僕をどこ吹く風で、アーラカは自分の気持ちを吐き出すかの如く、天井に向かって吠えた。
「ほんっっっと、私達は生まれた家が悪かったぁ~ッ!」
凄く羨ましい。
そう家に対してハッキリ口に出せるのが、アーラカの強さだと思う。
「リティもっ! 私との研究を断っておいて、街で1人暮らしだとか言い出したそうじゃんかっ?」
「わっ。家への文句だったはずが、僕に来たっ! え~と、ごめん。今のは無しだ。悪い、アーラカ?」
思いっ切り動揺したせいで、本来なら内心に留めるはずの部分まで、声に出してしまった。
「誠意が感じられないっ! という事で、リティは研究棟の寮に入る事っ!」
「えぇっ?」
「ついでに恥を忍んで頼むっ! 微小魔石を出してくれよぉ、リティっっ」
「あぁっ!」
なるほど、理解したっ。
ついでの方が、本音かっ。
「微小魔石作りの手伝いは引き受けるよ、アーラカ。ただ僕のも作ったもの全部が、しっかり固定化しているわけじゃないから、そこは分かって欲しい」
でも、待てよ?
この前のラァフのガッツキ方を見る限り、僕が作る微小魔石より、タッゾやレミが倒した魔物が落とす魔石の方が、ラァフにとっては美味しいのだろう。
しつこく一緒に行こう行こうと言われている事だし、ラァフが遊びに来た時だけはタッゾに寄生した方がいいのかもしれない。
美味しい魔石でお腹がいっぱいなら、ラァフも研究用の微小魔石を摘み食いしようとは思わないはずだ。
いやでもあのガッツキ具合。
もしかしたら、姿が見える僕が一緒にいる時にしか、ラァフは何も食べていないのではないだろうか?
そんな疑惑が沸いた。
ラァフは確かに憑き主であるエノン以外からも、エサをもらっている。
でももし本当に、あっちでもこっちでも美味しい魔石を食べているなら、とっくに微小魔石なんか目もくれなくなっているはずだ。
僕がラァフを拒否しきれずに、餌付けもどきをしてしまったせいだろうか?
でも、それを確認する方法は思い付かない。
ひとまずラァフの事は横に置いて、微小魔石の事を考えよう。
それにしても壁一面のイルミネーションか。
微小魔石をそのままで使えて、実用化方法として一番手頃な手段かも。
僕の脳裏に浮かんだのは、聖杖があった神殿の様な空間だ。
さすがに微小魔石で、あそこまでするは無理だろうが、出来る限りの事はしたいと僕は気合いを入れる。
「早速始めよう、アーラカっ! どれくらいの量が必要だ? 塗料は?」
「ちょっと待ってくれ」
アーラカが塗料と、手のひら大の板を5枚並べていく。
「塗料に混ぜ込む微小魔石の量を変えて、まずは少量からどんな風になるのか試してみたい」
「なるほど。じゃあ……、これくらいで大丈夫かな?」
さきほどアーラカが作ったものを置いていたトレーに、微小魔石を作る。
「よぉ~っし。5個とも急いで、でも吹き飛ばないようにゆっくり混ぜる」
「微小魔石がダマになっているんだが?」
「ところどころ固まりがあった方が、キラキラ具合がいい感じかも知れん」
「確かにっ」
「ん? もしかして、上から振り掛けた方がいいのか?」
「それも試そうっ」
埃だし、という気がしてきた。
これを板に塗って、乾かして。
最後の1枚は塗ってから、乾く前に微小魔石を振り掛けて、ちゃんとくっ付いているのを確かめてから、乾かして、と。
「出来た。やっぱり2人だと作業が早いなぁ~。誰かさんが頷いてくれたら……」
チラチラッとアーラカが視線を投げてくる。
だがその気がない僕は、その視線の意図をわざと変える事にした。
「アーラカから何か目で訴えられている気がするので、部屋を暗くしよう」
そうしようっ。
室内灯を消し、外光も遮断。
板を見つめる。
「……」
「……」
アーラカと僕は顔を見合わせた。




