43・回想(38)
僕は気持ちを切り替え、研究室の扉を叩いてから、扉に守衛さんに渡されたネームタグをかざす。
そうする事で中から開けてもらわずとも、一定の室内へは入れる仕組みになっているのだ。
「リティっ! すぐに来てくれて、ありがとうっ」
入って来たのが僕だと気が付き、席を立ったアーラカが歓迎してくれる。
「エノンから伝言を聞いた。先に微小魔石と全く関係ない事を聞きたいんだが、いいか?」
「うん、どうぞ」
「エノンはよく研究棟に出入りしてる?」
「リティらしい質問だね。一時期、毎日の様に来てたけど、最近は彼女に引っ張り出されてるらしいなぁ。魔術研究の奴等が嘆いていたよ」
「あぁ~」
そういえばレミが後は、習うより慣れろ作戦だと言っていたと思い出す。
「私から直接リティに声を掛けようとも思ったんだけど、あいつがべったり離れないし、そうでない時はどうも心ここに非ずな感じがあって、声を掛けれなかった」
あいつ、とはタッゾの事だろう。
やっぱり連れて来ないで正解だったと思う。
アーラカはいつから僕の力を貸してほしいと思っていたのだろう?
この感じでは少なくとも、数回は僕を尋ねてくれていそうだ。
「ここ1ヵ月くらい確かにそうだったかも知れない。気付かずに、ごめん」
「あぁ、いやぁ。その、えぇ~と。大丈夫なのかい?」
「心配してくれてありがとう。エノンが僕にプロポーズもどきをしてくれたから持ち直せた」
「えぇッ? エノンがまさかの2股……な、ワケないか。もどきだし。でもリティは嬉しいんだなぁ」
相変わらずだなぁという調子で苦笑いされたものの、その言葉に対して僕は大きく頷いた。
エノン見守り隊の一員であったアーラカにちゃっかり自慢が出来、僕はとっても内心浮かれる。
本当はずっとエノンにプロポーズもどきをされてから、その事を誰かに触れ回りたい気分だったのだ。
そういやエノンに聞きそびれていた事があったなと思い出し、僕はアーラカに聞いてみようと思い立った。
「実はエノンから、微小魔石の実用化の構想は話さない方がいいって言われたんだが、アーラカはどう思う?」
「エノンは理由を言っていた?」
「それを聞く前に、僕が微小魔石の固定化について話し出してしまって」
「そういや具体的な実用化について考えてなかったねぇ」
「アーラカは、微小魔石にはどんな実用化の道があると思う?」
魔術が込められる防御服だの、巨大な人工魔石だのと、エノンには大風呂敷を広げてしまったが、アーラカはどんな風に考えているのだろう?
気になって、訊ねてみた。
「塗料に混ぜるのはどうかなぁと考えていたよ」
「塗料?」
「塗料と一緒に壁に塗って、夜は壁一面のイルミネーションなんてどうだろう?」
「へぇ、いいね~っ」
それなら微小魔石のキラキラが活かせそうだ。
それに僕が作った微小魔石はラァフに食べられなければ、2、3日ぐらいもつ。
毎日夜が来るたびに輝かせるのは無理でも、夜祭りとか、何か特別な日に限定すれば、難易度も下がってちょうどいい。
「楽しそうだろう? リティはどんな実用化の方法を考えた?」
こうしてアーラカの意見を聞くと、いかに僕の話が荒唐無稽だったかが分かるというものだ。
気恥ずかしく、慌てて話題を変えさせてもらった。
「それより今の問題だけど、アーラカは微小魔石が作れるよね?」
「そうなんだよ。だけど私の作った微小魔石だと持ちがどうにも悪くて、その先へ進めずに困ってる」
「力の込め方と、イメージは出来てるのか?」
エノンの話から察してはいたが、やはり微小魔石の固定化が障害になっているらしい。
ラァフがアーラカの作ったものを、次から次へと食べてしまっているわけではないと願いたい。
念の為、アーラカに実際に目の前で微小魔石を作ってもらう事にした。
だが、アーラカが出してくれた微小魔石は、お茶の一杯も飲まないうちに、目の前のトレーから消えてしまった。
今日は研究室にラァフは来てないので、自然消滅である。
これは……。
「いつもこうか、アーラカ?」
「研究を少しでも進めて行きたいから、これでも毎日練習してるんだけどなぁ~。一向に持ちが良くなる気配がないんだ」
ラァフの食いしん坊が原因ではないと分かったものの、確かにこの消滅の速さでは研究どころではない。
ダンジョンで僕がエノンに教えたように、アーラカも微小魔石を作っている。
それなのに、こんなに持ちが悪いのはさすがに変だ。
短時間とはいえ、ちゃんとアーラカのも固定化されていた。
だから微小魔石の作り方を、アーラカはちゃんと理解出来ていると分かっていたが、力とイメージについて踏み込んで問い掛ける。
「小さな力を何個にも分割し、その全てが魔石だと想像してるんだよね?」
「あぁ。他にも作り方のコツがあるのだろうか?」
「う~ん、思い当たる事はないなぁ」
「そういやエノンにも教えたんだよね? エノンは微小魔石が出来た?」
「出来なかったよ。力を小さくして、更に何個にも分割する事が分からないらしかった」
頭を悩ませていると、アーラカが声を上げる。
「というか、それじゃんっ。それっ!」
「え、どれっ?」
「私が思うに、リティは微細な魔力のコントロールが上手くて、イメージの具現化能力が高いんじゃないだろうか?」
アーラカから探られるようにジ~ッと見られるが、僕は首を横に振る。
「いや、それは単に魔力が弱いからだろう。しかも微小魔石の存在に気が付いたのは、僕の方が早いからイメージがしっかりしてるのかも」
探られても何も出ないぞと断言した。




