42・回想(37)
スエートに帰って来て、まず揉めたのはダンジョン内で、エノンと僕が拾い集めていた魔石や素材をどうするかだった。
大した重さでもないし、別れ際まで預かっていようと思ったのだが、いざ渡そうとした時、タッゾとレミが受け取ってくれなかったのだ。
「そのままリティさんにプレゼントです」
「いや、さすがにそれは駄目だろう。僕は本当に全く何もしなかったわけだから」
「俺に貢がせるって言ってたのに、リティさんがちっともそうしてくれないので寂しいですっ」
「……さすがにレミは僕がもらったら嫌だよな?」
埒が明かない。
タッゾは駄目だと思ったので、エノンと話しているレミに振ってみる。
「別に。面倒。あんまり綺麗じゃないしっ」
それなのに、はっきりキッパリ返されてしまった。
しかも気にするのは、そこなのかレミ。
別空間ダンジョン産である。
僕からすれば垂涎物の、魔石も素材も初めて見るものばかりだというのに。
だからこそ余計、僕なんかが簡単にもらっていい物ではないとも思うのだ。
これが制度仕事をこなすだけで、ある程度ゆとりがある自活が出来ている者との感覚の差なのだろうか?
今まで制度仕事をした時は、手に入った魔石や素材も窓口で売って皆で分配していた。
全く取り付く島がないタッゾとレミに、既に諦め顔のエノンと僕は視線を交わらせ途方にくれた。
魔石や素材をどうしたらいいのだろう?
次はいつ、お目に掛かれるか分からない物を、これまでのように窓口で売ってしまうのは惜しい気がする。
しかも売ってお金に変えても、兄妹が受け取ってくれる気が全くしない。
結局そのまま話にならず、僕の手元に残ったままになってしまった。
そんな次の日の放課後、僕は早速アーラカに会いに行く事にした。
包み隠さずに述べるならば、聖具関係を調べに図書資料棟へ行くのと、どちらにしようか物凄く迷った。
だけど1度調べ始めたら、自分が納得するか、飽きるか、何かで投げ出すまで、図書資料漁りをしてしまう僕がいるのが目に見えるほど想像出来る。
まず先に微小魔石の件を済ませてしまおうと目論み、僕は研究棟へと向かった。
ちなみに今日もタッゾは迎えに行っていない。
アーラカとの話にタッゾを入れると、どうも余計に混乱しそうだからだ。
ごねられたが、朝ちゃんと今日は迎えに行かないと告げさせてもらった。
また僕を探し回らせる事になったら悪いからというより、朝ご飯前にタッゾからの突撃を喰らいでもしたら、堪ったものではないからだ。
本来なら研究棟は下級教室へ行く以上に、僕には場違いな棟である。
でもアーラカに会う為に何度も出入りするうち、研究棟の守衛さんに顔を覚えられてしまった。
「こんにちは」
「やぁ、リティちゃん。しばらくぶりだ」
「お久しぶりです。今アーラカ、棟にいますか?」
「いるよ。はい、これ。いつも通り頼むね」
「ありがとうございます」
僕は来客名簿に名前を書き、差し出されたネームタグを首に掛けた。
アーラカの研究室は奥の一室で固定されているので、そちらに向かって真っ直ぐ歩き出す。
研究棟は訪れる度ではないが、かなりの回数で怪音が聞こえたり、窓鳴り地響きを感じたりする。
暴走用の部屋と同じような相応の処置が、研究棟にはしてあるはずなのにだ。
研究棟の内情を知らなかった時は、なぜ研究棟に暴走用の部屋並みの、耐魔力化や耐物理化がされているのか不思議だった。
だが今では納得の処置である。
耐魔力化や耐物理化がされていなければ、研究棟は何回も潰されていただろうと僕は思う。
研究棟に入ると、僕は絶対に興味本位で他の研究室へ寄り道する事はない。
下手に数多ある研究室の中に勝手に入り込んで問題が起きれば、研究棟の守衛さんの信用がなくなってしまう。
だがそれより何よりも下手に寄り道して、どんな目に遭うかの方が今は本当に恐ろしい。
「毎日居れば意外と慣れるもんだよ。リティも一緒に研究棟で研究はどうだい?」
戦々恐々とする僕に、よくケロッとした調子でアーラカは言っていた。
だが怪音や地鳴りに遭遇した日は特に強く、共同研究の誘いを断った様な気がする。
懐かしい。
そんな言葉が出るほど、何年も経っているわけではないのに、僕は思い出し笑いを浮かべる。
少し前まで、両親が敷いたレールの上を走る列車に乗っているだけだった。
自分では何も決めない選ばない状態というのは、ある意味で楽だった。
そこにまず僕はエノンを紛れ込ませ、それからタッゾが飛び乗ってきた。
重量オーバーな列車は、そのうち脱線事故を起こすだろう。
それなのに、まだ乗り換え駅が決められていない。
もちろん大ケガ必須で飛び降りる勇気など、僕にあるはずもない。
これからもずっとエノンの側にいる。
僕の心で決まっているのは、たったそれだけ。
僕はこれから、どうするのだろう?
どうしていきたいのだろう?
いけない。
また先が見えない未来を思い悩んでしまった。
少し待ってというエノンの言葉を信じて、今しばらくは現状維持と決めたはずだから。




