41・回想(36)
ラァフが聖具を食べた?
口の大きさと合っていないのにも関わらず、ラァフが啄んだ途端、杖が吸い込まれていくところを目撃してしまった。
「な~~~いッ! え、どうしてッ? どこにいっちゃったのッ?」
聖具が消えている事に、まず気が付いたレミが騒ぎ出す。
「あれッ! ホントだ、ないッ!」
「え~~~っ! うそ~~~っ! もしエノンが触れるなら、あの杖を持つエノンを見たかったのに~~~っっ」
「レミ、願望漏れすぎ」
「今の感じ、エノン絶対に杖に触れてたッ! あんた、何かしたッ?」
当然、レミから疑惑を向けられた。
僕、そう僕は。
「叫んだだけだ」
「む~~~。確かにそうなんだけどッ! 何か納得出来ないッ!」
「そもそもリティは何で叫んだんだ?」
「エノンが聖具ごと神殿に捕られると思ったら、つい」
またエノンが理由を尋ねてくれたので、僕は答えた。
僕の答えが不思議だったのだろう、レミも聞いて来る。
「捕られる? どういう事?」
「聖具に選ばれた、聖人は神殿に囲われる決まりだったはずだ。申請しないと面会も出来なくなるんだ、レミ」
「嘘っ。あたし、そんなの知らない」
「聖具と、それから聖獣に憑かれるような人物が、もう伝説級だから仕方ない。ほとんど知られていないから、というか一般的に忘れられている」
ラァフがエノンに憑いた時に調べたのだ。
獣となっているが、竜も、それから鳳凰も、聖獣に入る。
ラァフがひっそり憑いているのをいい事に、自分勝手な僕はエノンが聖人になる事を阻んでいるのだ。
「ところで、タッゾ。僕はなぜお前に指を舐められているんだろうか?」
「あ、それ。オレも気になってた」
「あたしは何となく想像付く」
「なぜって、また妬けてきたからですよ。ホントは口が良かったですが、怒られそうなので、手にチュ~でもしていようかと。で、リティさんの反応がなかったので、舐めてみました」
タッゾが感情を我慢しなくなったのは、良い事のはずなのだが……。
舐めるまでするのだろうか、普通?
いや、しないだろう。
「うっわぁ。ヤバイのがいるっ! リティ、ホントにこんなヤツでいいのか?」
唖然に続き、今度は呆然とする僕の気持ちを代弁するかのごとく、エノンがタッゾを指差した。
「ここまでされると、さすがに悩みたいところのはずなんだけど。残念な事に、こんなのだからいいんだと思う」
「やっぱり口にチュ~したいです。いいですよね、リティさん」
タッゾのこれは確認ではなく、完全に決め付けている。
でも僕は今、喋っていたい。
「拒否だ。それでエノン、さっきの続きなんだけど」
「え、この状況でリティは続くの? しかもオレ?」
「つい悪く言ってしまったけど、行動が制限されるのは、聖人があちこちの権力に振り回されない様にする為だと思う。きっと大切にしてもらえるよ」
「何が言いたいんだ、リティ?」
本当は僕の言いたい事が分かっているのだろう、エノンがむっとした。
その表情を見るだけで、これからする問いの答えも察せられたけど。
それでもエノンの言葉で聞いておきたくて、更に続ける。
「杖は消えてしまったけど、エノンはなれるものなら聖人になりたい?」
「なりたくないっ。ないったらないっ!」
「本当に?」
「だ~か~ら~ぁ。オレはオレ自身が大切にされるより、リティを……ハイ、止めた! 怖いのが側にいるし、これ以上言わない。こういうのは何回も言うと、真実味が薄れそうだもんなっ」
重い。
これでも加減されているのだろうが、この場で押し倒さんばかりにタッゾが体重を掛けて来ていて、非常に重い。
僕の状態を見て取ったのだろう、エノンが止めてしまった。
きっと僕が何回聞いても嬉しくって、ぽわぁ~んとなる言葉が続いていたはずなのにっ。
「それにリティが止めてくれる前のオレ、何か変だった。意識が置き去りで、体だけ動いて手が杖に触ろうとしてた」
自分の手を見て、戸惑いながらとエノンが言った。
だが、すぐにきつく手を握り締め、
「聖具に選ばれるんじゃなく、もちろん他の誰かが言うからでもなく、オレの道はオレ自身で決めるッ!」
そう宣言してくれた。
「うん、エノン。エノンなら出来るよ。答えてくれて、ありがとう」
自分勝手で、欲深い自分が少しだけエノンによって、赦された気がした。
でも、ごめんエノン。
こうしてエノンの意思を聞いてもなお、僕はラァフの事を誰にも話す気になれないでいる。
どうしてエノンは心から眩いのに、こうも僕は汚いのだろう。
途端、エノンが心配そうな顔になった。
「ところでさ、リティは大丈夫? 特に今」
「あ~、駄目そう。助けて、エノン」
心の醜さが表情に出たかと焦ったが、違ったらしい。
今回は素直に助けを求めた。
「ダメで~す。リティさんは雛先輩には渡しません」
「そう思うなら力を弛めてくれ。もう少し軽く頼む」
「軽くしてたら、リティさん。雛先輩のところへ飛び込んでいってたでしょう?」
「それはお前の焼餅から見た予想だろうが。体重を掛けるなっ。お前が普通に抱き付いていれば済む話だろうっ!」
眩いエノンには触れない。
僕が触ったら、汚れてしまう気がするから。
飼い犬志望が来てからしばらく忘れていたのに、久々に思い出した感情だ。
「普通にじゃ、俺の嫉妬心が伝わらないと思いまして~」
と言いつつも、ようやくタッゾの重みが消えた。
離してはくれないらしいが、今までよりはマシだ。
「そんな事よりっ! 何で杖は消えちゃったのっ? 兄さんはどう思う?」
完全に杖の事から脱線してしまっていたが、ハッとしたようにレミがタッゾに問い掛けた。
「聖具的に雛先輩じゃダメだったって事だろ。んで。イイ線いってただけに、拗ねたくなって逃げた、と」
「そんな~っ! せめて、もうちょっと鑑賞したかった~っっ」
嘆いているところ悪いが、レミが問い掛けたのがタッゾで良かった。
もし問われていたら、きっと僕は分からないと嘘を吐いたに決まっているから。




