40・回想(35)
レミによるともうちょっとらしい、綺麗な場所までの道行きを再開する事になった。
「防御壁、消しますね~っ」
タッゾの言葉が終わるや否や、鋭角に割れた壁が周囲に寄って来ていた魔物を的確に消していく。
「お見事、としか言いようがないな」
ほぅっと僕は吐息を漏らした。
「っ! もっと褒めて下さい、リティさんっ」
「あ~? ……さすが! 信頼してるぞっ。ステキぃ? せ、せ? せ、だと? せ……戦闘力高いなぁ? そうなの、かっ?」
タッゾに無茶振りされたので、前に仲間から教えてもらった、褒め言葉さしすせそで捻り出してみた。
とりあえず「せ」が絶対に、教えてもらった言葉と違う。
そして「そ」も確か、相槌を打つ時に使うんだったような……?
「疑問形が多くて、いつ誰に使う語録なのか、俺としては非常に気になるところですが、次は声援をお願いします。たくさ~~~ん愛を込めてもらえると、最高です」
「僕の愛はエノン専用だが、頑張れっ!」
よし。
これは、すんなり出てきたっ!
「……リティさんが正直過ぎて、辛い」
「それよりも僕はお前達がどう魔物に反応しているのかが、気になる」
視力では有り得ない。
魔術で検索して、それを見た後で攻撃しているにしても、早過ぎる気がする。
遠くから近付いて来た物ならともかく、突然その場に沸く魔物もいるからだ。
「俺に興味を持ってもらえるのは嬉しいですが、勘としか言い様が」
「レミもか?」
「消さないといけない物が、来る、出る。そんな感覚かなぁ」
「これまでの経験による予測とは違う?」
この問いには、兄妹共に頷く。
もしかして常時、しかも無意識に発動している魔法の一種なのだろうか?
野性の獣の勘や感覚は鋭い。
ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
この兄妹に関しては、わざわざ魔術や魔法で説明しようとするよりも、この言葉の方がしっくり馴染む。
妙に納得してしまい、実験までした疑問の答えを探すのを僕は止めた。
あまり僕からのおしゃべりに付き合わせて、魔物に対する反応が遅れてはまずい。
その後はタッゾとレミに大人しく着いていき、暇を持て余す程の時間も掛からずに目的地に到着した。
入ったそこは神殿の様な空間だとまず思った。
何本も真っ直ぐ均等な距離で建っている太い柱の先は風化したのか、なくなっている。
月のない夜空のような星々に似た光球の瞬きが、そこかしこに浮かび、周囲を優しく満たしていた。
レミがここを寂しいではなく、綺麗な場所と評したのはこの瞬きゆえだろう。
「エノン、こっち!」
そういってレミがエノンの手を引っ張って、先へと走り出した。
まるでエノンの髪が金の燐光を放っている様に見える。
「うん、悪くない」
「リティさんもこういう場所は好きですか?」
エノンの後ろ姿を眺めながら、僕はタッゾの問いに答える。
「いい場所だと思う。レミはセンスが……あ」
思い出したっ!
センスがあるの、「せ」だ。
知識・技術がある人という意味で、先生もしくは先輩の「せ」でも良かったはず。
ちょっと思い出すのが遅かった。
まあ今度機会があったら使えばいい。
そう考え、周りの観察を再開する。
レミのお勧めだし、もっとキラキラしい場所かもしれないと、少し思っていた。
もちろんエノンの存在は、キラキラしい場所にも負けないし、引き立つだろうけど。
優しい瞬きを浴びながら、僕は周りを眺めのんびり歩いていた。
別に慌ててエノンとレミを追い掛ける必要はないだろうと。
「……っ」
「リティさん?」
なのに突然、焦燥感に襲われた。
居ても立ってもいられなくなり、僕は走り出す。
「タッゾ。この先に、何がある?」
「杖が。たぶん聖具の」
聖人の為の、道具だ。
ふざけるなッ!
絶対にエノンを聖人になんかさせてたまるかッ!
エノンの金の髪がふわふわ舞い上がっていた。
聖具と思しき杖に魅入られて、引き寄せられるがごとく、エノンが手を伸ばそうとしているのが分かる。
光球同様に杖も瞬き輝いて、明らかにエノンに反応している様だ。
「エノン、待ってッッ!」
僕は有らん限りの声で制止を響かせていた。
それに触らないでッッ!
せっかく、エノンが僕とずっと一緒に居たいと言ってくれたのに。
それに僕が同じ様にエノンとずっと一緒に居たいと思っている事を、エノンも分かってくれた。
だからプロポーズでなくても嬉しかった。
例え、恋人とか夫婦とかの形を取らなくても、エノンが僕とずっと一緒だと思っていると知れただけで十分だ。
ついこの間、そう思ったはずなのに。
僕は何て欲深いんだろう。
レミでも誰でもない、まして両親でもない。
ただの道具なんかにエノンと引き離されるなんて、絶対に許せない。
許せるものかッ!
そして。
「どうしたんだ、急に?」
「え、何でよ?」
「……リティさん?」
戸惑う様に、不満そうに、訝しげに視線を向けられた僕はというと。
エノンとレミの側まで追い付き、立ち止まり。
唖然としていた。




