39・回想(34)
僕の言葉で魔力の絵の犯人が分かったのだろう。
レミが怒り出した。
「おっと、じゃないわよッ!」
「悪かった」
数個まで増やした時点で止めれば良かったのに、つい出来心だ。
足手まといの僕達を庇いながらの、ダンジョン行軍である。
ずっと張りつめていただろうレミの気持ちも分かるので、素直に謝った。
「あははっ。何がしたかったんだよ、リティ~っ」
こうしてエノンが聞き出してくれなければ、きっと理由は言わないまま、レミから怒られて終わりだっただろう。
「どうやってタッゾとレミが魔物に反応しているのかが、気になって……えっ?」
防御壁が周りを取り囲み、僕は驚く。
そしてレミとは違い無言だったタッゾから、じっとりとした不穏な視線を向けられている事に気が付いた。
「あ~? タッゾ? 悪かったから、落ち着け?」
その雰囲気のままタッゾがこちらへ向かって来たので、思わず僕はじりじり後退する。
遊んでいた自分が悪いという自覚もあり、今1つ強く出られない。
僕を追い詰めるその過程で、タッゾはたぶん僕の横にいたエノンをレミの方に放り出していた。
たぶんなのは、ここでエノンの方を向いたらよろしくないという気が、なぜか強くしたからだ。
しかも逃がさない様にだろう、タッゾは勢いよく突き出した両腕を壁に付け、僕を囲い込んで来る。
ついに僕はタッゾによってダンジョン壁際まで、追い込まれるという状況に陥ってしまった。
「タッゾ? 悪かった。もうしない。だから……」
「妬けます」
とにかくもう1度謝っておこうと思ったのだが、タッゾから突拍子もない言葉が飛び出した。
「リティさんの身の上が安全で、嬉しそうで楽しそうなのはいい事のはずなのに。こないだも、さっきも今も。
リティさんと雛先輩の長年の絆みたいなのを、あれこれ見せつけられると、どうしようもなく妬けて仕方ないです」
いつの事なのかを、勘違いしては元も子もない。
1つ1つ確認していく事にした。
「こないだ?」
「リティさんが雛先輩からプロポーズもどきをされた時」
ごめん、エノン。
不穏な空気がエノンにまで飛び火した。
レミが問い質し始める声が耳に届く。
「さっき?」
「ここに手を繋いで入って来た時と、人外の名前がどうとか」
「今は? 先に言うが、エノンにも見えていたから笑っただけで、一緒に遊んでいたわけじゃないぞ?」
「レミに怒られた後、雛先輩からフォローされて嬉しそうでした。そういえば、似たような事が研究の誘いを断った時にもありましたよね」
あぁ、もう本当に。
タッゾは僕の感情を読み過ぎだ。
けれど。
「こないだと、今はともかく。少し前僕が笑った時はお前、そんなに怒ってなかったじゃないか?」
レミはエノンの笑い声で振り返ったが、ラァフの姿に僕が笑った時、タッゾは無関心にしか見えなかった。
関心を寄せられたら寄せられたで、困っていた事請け合いだったのだが。
なぜ今と違う態度なのか、タッゾに僕は問い掛けた。
「ここでの俺の役目は露払いだと思ったので、ちゃんと我慢しました。褒めて下さい、リティさん」
僕がエノンの事を大好きなのは、タッゾも承知のはず。
そんな僕が嫌ならば、離れれば、それで済む話だ。
そう返す事だって、僕には出来た。
「うん、偉い偉い? だけどお前に我慢されると、僕は気が付かないぞ」
僕のせいで、我慢するタッゾは却下だ。
躾けられそうにないタッゾだからいいのだと、常々僕は感じている。
「ちなみに僕は現在、お前に詰め寄られて怖い。そうして妬き続けるくらいなら、怖い目に遭っている飼い主を慰める方が最善だと思わないか?」
怖い目に遭わせて来る本人に、慰めを求めるなんて変な話だ。
本当は怖くないから言えた言葉だろう。
タッゾが僕を傷付けるはずがないと信じて……信じているのか、僕は?
たぶん今に限らず、全面的に。
忠実さは期待しないが、信頼はしている。
正気を疑うが、どうやらそういう事らしい。
自分でもビックリだ。
そんな事を考えていると、タッゾが雰囲気を一転させて脱力する。
「……あの~、リティさん。慰めて欲しいの意味、分かってますか?」
「失礼な。今回はちゃんと理解して言っている。黙って、その口を寄越せ。お前はたまに乗りが悪い」
「今、ですか? いいんですか、ホントに? 今、ここで、ですよ?」
脱力したかと思えば、しつこいくらいに念を押して来る。
しかも何かを訴えている様だ。
タッゾの目を覗き込んで、頑張って僕も読もうとしてみる。
今、タッゾが戸惑う理由は何だ?
そういえば、人目がある時にこんな風になる気がする?
「もしかして、それが恥じらいとかいうものか?」
「恥じらい……俺が……」
違ったらしい。
何やらタッゾはショックを受けている。
しかしこれ幸い、顔の左右にあった腕が降ろされた。
「さっぱり分からないが、お前の焼餅が炭になって崩れ落ちたのは分かった。とりあえず露払いに戻れ、タッゾ」
「……」
一体、どうすればいいのやら?
タッゾは目の前から動かない。
そこに助け船が入る。
「……リティ。ちょっと哀れになって来たから、1回ちゅ~っとしてあげたら?」
「エノンがそういうのなら?」
どうやらエノンの方は、レミを無事になだめ終えたらしい。
元々そのつもりだった僕に否やはなかった。
どうしようもない事に焼餅された場合は、キスで遣り過す!
ただ、それを相手から拒否された場合どうするのかまで、僕は知らない。
されるがままのタッゾを引き寄せて、ワコさん直伝のちゅ~を僕はしてみた。
ちゃんと(?)ヤースさん帰宅時用だ。
「おかえり、になったか?」
唇が触れた瞬間タッゾに完全硬直されたので、やっぱりこの作戦は失敗なのではないかと思いつつ、問い掛けた。
「ただいまです、リティさんっ」
おや?
何だか想像以上に嬉しそうだな。
タッゾに覇気が戻った様なので、良しとした。




