36・回想(31)
そういえば制度仕事以外で、列車に客として乗ったのは、スエートに来た時以来かもしれない。
僕の横にはタッゾが、そして前にはエノンが。
そして当然、エノンの横にはレミがという風に、4人で顔を合わせられる形で座っている。
目的地は同じミンド島内のダンジョンで、兄妹が故郷からスエートに出て来た時に寄り道したらしい。
「素朴な疑問なんだが、お前達兄妹は王都にまで行こうとは思わないのか?」
スエートはあくまで中継地点で、故郷を出たからには海を越え、王都を目指したくなるものらしい。
僕にはあまりピンと来ないが、そんな話を聞いた事があった。
「もともと紹介されたのが、スエートの園でしたし。でもって俺達、それぞれ相手を見つけちゃいましたから」
「エノンと一緒なら、あたしは行ってみた~いっ! エノンは王都に行った事ある?」
「オレもない。王都、王都かぁ~」
なぜかエノンが王都王都と繰り返している。
「エノン、王都に興味あった?」
「ん~、いや。でも、あるような~ないような~ん~~~?」
しかも反応がいまいちだ。
「リティさんが行きたいなら、俺も行きます」
「行きたいとは今のところ考えてない」
都へ行って王に御目文字もなかったし、そもそも最近まで園を出る時は、エノンと一緒に家に呼び戻される時だと思っていた。
そんな事を思いながら列車にまで乗り、やって来たのは。
「どう見ても、曰く付きだな」
入る前から雰囲気が、おどろおどろしい。
それなのに内部がどうなっているのかが全く見えないし、音も聞こえて来ない。
空気の流れすら感じられなかった。
「よっしゃッ! 今の術は成功したっっ」
相変わらず物凄く簡単そうに発動させ、安定性もある魔術だと思う。
だけどエノンの表情は嬉しそうで、レミの言っていた通り、本当にエノンの魔術が不安定なのだと感じさせた。
「これは?」
エノンの魔力の輝きが一瞬、4人の体を包み込んだ事は分かった。
しかし僕が分かったのは、そこまでだ。
「体力と魔力の回復上昇~っ! 軽傷ならすぐに塞がるよ。リティも何か魔術使ってみたら?」
「両方だなんて凄いっ。僕の攻撃魔術で通るかな?」
タッゾを連れ出す為の餌だった僕だが、それでも少々ならどこかの場面で、役に立てるかも知れないと思っていた。
が。
「リティさんと雛先輩はゆっくり20数えてから入って来て下さいね」
「「分かった」」
タッゾが無意味にそう言っているわけがない。
曰く付きダンジョンに入るのが、本日初である自分が反発してはならないだろうと、質問すらせずに頷いた。
ダンジョンに手を伸ばしたタッゾとレミの姿が唐突に消え、驚いたエノンと僕は顔を見合わせる。
「うっわぁ。もしかしてこのダンジョン、別の空間に繋がってんのかっ?」
「説明しておいてもらえば良かった。エノンは他のこういう所、行った事ある?」
「ない」
「……悪いんだけど、エノン。手を繋いでもらってもいいかな?」
「うん、そうしよ」
入る前から、エノンに手を繋いでもらう。
暖かい感覚に安心した。
うん、大丈夫だ。
「数え忘れてたけど、20、経ったよな?」
「経ったね」
「行こっか、リティ」
「同時に手を伸ばそう」
「「せぇのっ」」
空間を越えたとは思えないくらい、何事もなくエノンと僕はダンジョン内に立っていた。
すぐ近くには、タッゾとレミもいる。
「何で、手繋いでるのッ!」
レミに目くじらを立てられたが、動じない。
「いや、だって怖いから」
「初心者なので、説明求む」
中がこうなっているだろうと、予測していたのだろうか?
タッゾとレミは入った途端、大歓迎とばかりに少なくとも10以上の魔物達に襲われたらしい。
床には魔石と素材が散らばっている。
しかも嬉々として、人外の雛が啄んでいく姿が見える。
どうやらエノンや僕が倒した魔物でなくても、平気らしい。
いつもの微小魔石だけではなく、目を凝らさなくても大丈夫な大きさの魔石まで食べている。
手を触れなければ、いつかは消えてしまう物ではあるが、雛の存在が気付かれてしまわないかハラハラした。
「ここは元々、レミのいう綺麗な場所を守る為、別空間に封印されたダンジョンだと思います。だから出入り口は安定してまして、別々に飛ばされる事もないですし、帰りもここまで戻ってきます」
色々なダンジョンがある事は園でも習った。
でも知識で知っている事と、実体験するのでは違う。
特に初めての時は。
「道が変形して、気付かずに同じところをぐるぐる回る羽目には?」
「急に床がなくなるとか、体が浮いて上下逆さになったりは?」
なにぶん知識だけは、エノンも僕も大量に持っている。
持っているから想像が働いて、逆に怖さが増すのかも知れない。
「内部も安定はしてるので、その手の心配は無用です。リティさんの最後の質問は浮遊してみたいって事ですか? なら……」
「お前と、窓から飛び降りるのはもういい」
僕はタッゾの言葉を遮った。
そうならちょっと楽しそうだと思ったのが、タッゾにはお見通しの様だ。
「というわけですので。はい、離れましょ~っ。念の為、両手が空いていた方がいいですしね~」
完全に心配がなくなったわけではないが、タッゾの言い分は正しい。
エノンと僕は頷き合って、手を放した。
念の為は、本当に念の為で、全く出る幕がなさそうだと僕はすぐに悟ったのだった。




