35・回想(30)
もう少し、ほんの少し、いつも僕が倒しているよりも強い魔物がいそうな、手頃な狩場はないものだろうか?
そう思って、相変わらず僕はスエートの街の出入門に座っている。
これまでレミと僕は2人だけで会った事も、話した事もない。
街の外から帰って来るレミの姿を数回だけ見た事がある。
園内や他の場所でも、レミが僕に近づいて来る事はなかったし、逆に僕の方から声を掛けたりもしなかった。
それなのに今日のレミは僕がここに座っているのに気付くや否や、猛烈な速さで一直線に歩み寄って来て、こうして目の前に仁王立ちしている。
今更、僕の存在が目障りだと文句でも言いに来たか?
あいにく、それはお互い様だ。
レミの性格をよく知っているわけではないが、遠回りな当てこすりに近寄って来たわけではないだろう。
という事は?
喧嘩を売って来る気なら、買ってやろうじゃないかと、ただでさえ鬱屈している僕は意気込んだ。
人の往来が激しいので、ここに座っていると、揉め事やそれが大規模になった乱闘も間近で起こる。
でも周囲の大人達が、通行の邪魔だ! とかで、早々止めに入るので、僕は1度も巻き込まれた事がなかった。
もしレミと喧嘩になったら、初めて止められる側になるのかと思っていたのだが、頭上から思いっ切り不本意そうな声が聞こえて来る。
「ねぇ」
僕は顔を上げた。
表情も、声音と同様である。
相変わらず、裏表がなくて大変結構。
不本意。
喧嘩をしに来たのなら、もっと尖っているだろうから違うらしい。
文句以外に、レミからの声を掛けて来た理由が全く思い付かないのだが。
「何?」
仕方ない、聞くだけ聞くかと僕は短く返事をした。
ところが一直線にこちらへ向かって来たわりに、レミの話がちっとも始まらない。
「僕にお前が話しやすい様な雰囲気作りを期待しているなら、無駄だぞ」
自慢じゃないが、例えレミが相手ではなくても、実の親とでさえ上手くコミュニケーションが図れなかった僕なのだ。
エノンがいたから、仲間も出来て、園ではそれなりに過ごしている様に見えるだけで、ましてそのエノンを奪っていった当人の為に気遣う芸当など、僕に出来るはずがない。
本当に仕方なく、煽ってみた。
「だぁ~っ! なんでエノンといい、兄さんまで、あんたみたいなのがいいのよっ!」
「さあ?」
タッゾに関しては、むしろ僕の方が知りたい。
それにしても、面白いくらいの反応である。
こんな反応でも、やはりレミは喧嘩を売りに来たわけではないらしい。
「あたし、エノンと行きたい場所があるのっ! でもそこにエノンと2人で行くのが心配だから、兄さんに付いてきて欲しかったんだけど。兄さんが、あんたも一緒じゃないと行かないってっ!」
「タッゾの力が必要になるような場所に、エノンを連れて行こうとするな」
「あんたなら、そう言うと思ってたわよっ! だから、どう説得しようかと考えてたんでしょ~」
「諦めろ」
身も蓋もなく、僕は答えた。
まず考え終えてから、近付いてくればいいものを。
かといってエノンの安全が掛かっているのだから、レミから説得されて僕が頷くわけがない。
「どうしてそこまで行きたいのかとか、聞いてくれたっていいじゃないっ! 元々はあんたのせいなんだからっ!」
びしっと人差し指を突き付けられた。
「僕のせい?」
「最近、これまで以上にエノンが焦ってるのっ」
エノンが焦っている?
もう少し待っていて、というエノンの言葉に僕は。
なるべく、と答えた。
レミの言葉通りなら、まぁ十中八九本当なのだろうが、僕のせいで思い当たるのはそれだけだ。
今すぐに、園からいなくならなければいいと僕は解釈した。
むしろその後に続いた言葉の方が嬉しかったから……。
いやいや。
思い出してぽわぁ~んとしている場合ではない。
それは置いておいて、レミの話に集中しよう。
エノンにとって、もう少しというのは何か考えがあって出た言葉なのだとしたら?
僕を待たせない為に、その考えを成し遂げ様とエノンは焦っている?
でも、僕はエノンが焦っていた事に気が付かなかった。
いつから焦っていたのかも、成し遂げ様としている事が何なのかも知らない。
悔しい事に、レミは知っているのだろう。
もしかしたら、10歳を過ぎてからも園で学び続けたいと言っていた時に、エノンから秘密にされた内容も。
「あたしが見るところ、もう理論は完璧っ。あとはエノンの魔術を安定させる為に、とにかく色んなのを使いまくる……名付けて、習うより慣れろ作戦っ! だったのに。焦りからか余計、不安定になっちゃって」
確かに魔力が多い子供は、魔術を安定させにくいとされている。
だからこその、養育者と魔力暴走用の部屋だった。
小さい頃から、治癒魔法を使えたエノンは魔力が多い。
エノンの成長と、しかも鳳が憑いた分も合わせて、魔力は更に増している。
エノンも感情の爆発を引き金に、魔力を暴走させる事があった。
焦りも感情なのだから、暴走まではいかずとも不安定になるのも頷ける。
そう理屈では分かるのだが、エノンの魔術が不安定であるというイメージが僕には全く沸いてこない。
どこかで、あれだけ治癒魔法を使えるエノンなのだから、魔術だってという思い込みが働いてしまっているのかも知れなかった。
「そこで、あたしは思い付いたのっ! エノンに綺麗なものを見せてあげたいってっ!」
「……なぜ、そう繋がるのかが理解出来ない」
行く事自体を反対しているのに、ついうっかりレミの言葉に反応してしまった。
僕の言葉を聞き付けたレミが持論を過熱させる。
「何、言ってるのよっ! きっとあの場所を見たら、エノンだって喜んでくれるに決まってるっ! 綺麗なものは心を湧き立たせるのっ!
焦りなんか吹き飛ばすくらい、綺麗なものは嬉しくて楽しくて……それに~。あの場所に立つエノン、絶対にイイと思うんだ~」
最後が1番行きたい理由の様な気がするのは、僕だけだろうか?
「とにかく気分転換間違いなしっ! でっ! どうすれば一緒に行ってくれる? 冷蔵庫の時みたいに、また頭を下げて頼めばいいわけ?」
1度も頭を下げられた覚えはないが、僕にそこまでしてもいいくらい、レミはその場所とやらにエノンを連れて行きたいのだろう。
そして、そのレミの言うエノンとあの場所はイイの部分に、心惹かれてしまう僕も大概だ。
くそっ。
あの兄にして、この妹あり。
結局僕はレミにまで揺さぶられて、4人で出掛ける事になったのだった。




