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鉄道団欒+うそだよ  作者: きいまき
34/100

34・回想(29)




 だんまりを決め込んでいると、エノンとタッゾの2人掛かりで僕の名前を連呼し始めた。


「リティ~ッ! リティ~~~ッッ」

「リティさ~~~~~んッ!」


 園を無断欠席してしまう事になっても構わない。

 何度呼ばれようとも、部屋に籠城あるまで……だった。


「あの~、リティさ~~~ん。何で俺がこんな事を言わなくちゃいけないのかとも思いますが、リティさんの大事な雛先輩が今にも泣きそうです」


 タッゾの言葉は、扉を開けさせる為の方便なのかも知れない。

 でも、扉の先を見る事が出来ない僕には判別出来ない。


 もし本当だったら? という思いが沸き上がる。


 ずっと返事をしないにも関わらず、名前は呼び続けられ、止む気配がない。

 つまり居留守だとばれている。

 となると、部屋の中の僕の位置を魔術で探られていそうだ。


 それでもエノンが泣きそうというタッゾの台詞に、心が揺らされてしまった。

 僕は静かに扉の側まで移動する。


「なっ、泣きそうなんかじゃ、ね~よ」

「いやいやいや」


「……っ。泣いてやるッ! リティが開けてくれないなら、オレの事、無視し続けるなら、泣くからな、オレッ!」


 僕のせいで、エノンが泣くのか?

 怒るだけならいい、ただエノンには傷付いてほしくない。

 昔からそう思って来たはずなのに。


「リティ……っっ」


 扉を開けるなり、エノンに腕を強く捕まれた。

 大きな瞳には涙がいっぱいで、完全にしょぼくれている。


「……リティ。オレの事、見捨てるのか?」

「僕が、どうして?」


 エノンが僕をなら頷けるが、その逆は起こるはずがない。

 予想外の言葉に僕は面食らう。


「父さんと母さんが、きっとリティは家を出る気だって。そしたら園も寮も出て行ったきり、新しく住む所も教えてくれなさそうだしさ。会うのも話すのも、今日限りだって感じがするって言うんだ」


「そんな事ないよ。ただ心配を掛けたくないだけで。というか、エノン。怒らないの?」


 この部屋の前に来た時みたく、怒っていてほしい。

 悲しむくらいなら、どうか怒って。


 そもそも家を出るとか、エノンが想像しているであろう、自立してカッコイイ状態に僕ではなれない。


「怒ってるッ! リティが勝手にいなくなろうとしてるからッッ」

「そうじゃなくて。手紙、読んでくれた?」


「リティや周りから薦められるまんまに、頷いたのはオレだぞ。それはリティの家で働くんだって、ずっと決めてたから。父さん母さんだって、返済含めて分かってる。

 リティだってオレの能力を買って、将来もずっと一緒にいたいって思ってくれてるもんだって思ってたよっ」


 ワコさんも、ヤースさんも、承知の上なのか。

 しかも、しかもだ。


「頼りないオレじゃ不安だと思うけど、いなくなるのはもう少し待ってほしい。リティがいないリティの実家なんか、オレだって嫌だよ。オレのお姫様はリティだけだ。リティの憂いを取り除くのはオレの役目で……」


「はぁっ? ちょっと待て」

「オレが、リティを幸せに……痛ぁッ! 何すんだよッッ」


 タッゾが勢いよく手刀を入れ、僕の腕からエノンの手が離れた。

 相当痛かったのだろう、エノンは先程とは違う意味で涙目になっている。


「エノン。それってワコさんの受け売り?」

「そうだけど。ホントにリティを幸せにしたいって、思ってるよ? 不幸にしたいわけじゃないに、何で怒ってんだコイツ?」


 本当に、心からなのだろう。

 純粋にそれだけなので、エノンから僕への恋心は窺えない。


 だけど嬉しくて、ぽわぁ~んとした。


「何だかプロポーズみたいに聞こえたよ、エノン」

「えぇっ? あっ、だからか! いや、そんなつもりじゃ……っ」


 予想通り、あわあわとエノンが慌て出す。


「大丈夫、分かってるから。僕もエノンに幸せでいてほしい」


「うんっ、リティ。だからさ、一緒に幸せになろう……じゃなくって? コイツ面倒臭いよ、リティ。何でコイツなんだ? え~っと? とりあえず、いなくならないでっ! お願いっっ」


 僕はエノンからのお願いに弱い。

 しかも、ここまで言ってくれた後なのだ。

 ぽわぁ~んで少し和らいだから、きっと両親に対峙する緊張にも耐えていられる。


「なるべく踏み止まってみる。だけど僕の心の憂いを少しでも取り払ってくれると言うのなら、名義変更書類はエノンが持っておいて。それでいざという時は……お願い、エノン」


 秘技といえるかは疑わしいけど、お願い返しをしてみた。


 嫌われなかっただけでも、僥倖なのだ。

 本当はいざという時じゃなく使ってほしいのだが、たぶんここがエノンの妥協点だろうから仕方ない。


 エノンは唇をぎゅっと引き締め、僕を見つめて来る。

 僕も見つめ返す。


 タッゾのわざとらしい咳払いが入る。


 場の雰囲気が壊れた。


「ところで、リティ。危うくオレは見捨てられるところだったけどさ、コイツはどうすんの?」

「一言の相談も、手紙すらなく捨てられましたね~、俺は~」


 僕が口を開く前に、タッゾが答えた。

 何だか根に持っていそうな言い方である。


「捨てても捨てても付いてきそうな気がしてるよ、エノン」

「ご期待通りに。地の果てまでも探し出して、付き纏います」


「そっか。なるほど、うん。分かった、オレもそうするっ」

「いや、雛先輩は必要ありませんから」


 どうあっても、エノンと僕との間に割り込みたいらしいタッゾに呆れる。

 そのままタッゾを連れて、エノンと僕は朝ご飯に向かった。


 その日の放課後はエノンの御宅に伺って、ワコさんとヤースさんにも「心配かけてごめんなさい」をしたのだった。




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