33・回想(28)
朝、それも朝ご飯さえ食べに行っていない時間。
僕はエノンから突撃されていた。
要件は分かっている。
反応が想像以上に早かったけど。
「リティ、起きてるんだろッ! 開けてッッ」
しかも怒っているらしい。
声と共に、勢いよく部屋の扉を叩かれる。
当然だ。
僕はエノンを騙していたのだから。
怒って、そのまま僕なんか無視してくれても良かったのに。
「オレの事、馬鹿にしてるのかッ?」
エノンを僕が? そんなはずない。
でも、そう思われても仕方のない事を僕はした。
「何で、お前がこんな時間から来るんだよッ?」
しかも間の悪い事に、もう1人増えたらしい。
「リティさん、酷いッ! 昨日、どうして放課後お迎えに来てくれなかったんですかッ? 俺、待ってたのにッッ」
「そんなのどうでもいいッ! 今は、オレが、リティに話があるんだッ!」
「いやで~す。俺にとっては、めっちゃくちゃ重要案件です」
「どこがだッ! ふざけんなッ! どうせ、そんなだからリティに飽きられただけだろッ!」
エノンが言い放った途端、扉の前が静かになる。
「……あ~。今のはいくら雛先輩だろうが、ちょ~っと聞き捨てならないかな」
「何だよッ。ホントの事だろうがッ!」
一触即発な空気を感じ、思わず心配になって、僕は腰を浮かし掛けたのだが止めた。
なぜなら。
「大体オレはリティが楽しそうにしてなきゃ、お前なんかッ!」
この言葉には僕もタッゾに同意だよ、エノン。
ちょっと聞き捨てならない。
「楽しそうですかね、リティさん?」
「楽しいとは違うのかな? でも誰か相手にこんなにポンポン言い合うリティ、初めて見た。生き生きしてるっていうか、何ていうか……」
エノンから見ると、僕はそんな感じだったのかと知り、今までのタッゾとの遣り取りの疲労が一気にきた気がして、ぐったりした。
そんな僕とは反対で、明らかにタッゾは浮上した様だ。
「ほうほう、それはそれは」
「うん。……って、違~~~うッ! オレはリティに話があるんだよッッ」
「おっと、そうだった。昨日はいつもの教室にもいないしッ! 寮にも帰ってないし、出入門にもいないし、外まで探しちゃったじゃないですかッ!」
「分かったッ! さては昨日の放課後、これ取って来たんだろッ! それに何だよ、この手紙~ッ!」
合わせる顔がなかったからこそ、手紙にしたのだ。
しかも、エノンの御宅に入れておいたのに。
ワコさんとヤースさんも、手紙と中身を見たのだろうか?
それに、どう思ったのだろう。
本当は直接、謝罪するのが筋なのだが。
お2人にも、やっぱり合わせる顔がない。
しかも。
これ、という事はエノンが手紙だけではなく、銀行の名義変更の書類まで手にしていると分かる。
この1ヶ月間、待ってみたが両親からは何の音沙汰もない。
銀行への振り込みもあった。
実は僕は入園してから此の方、記帳だけはちゃんとして、毎月振り込まれたお金にほとんど手を付けていなかった。
遣り繰りしている仲間達の中、僕だけ貴族様式のまま暮らすのは抵抗しかなかったから。
それに、いくら振り込まれたとはいえ、これは僕のお金ではないとずっと思っていたからだ。
これまで僕はエノンが家に縛られていれば、ずっと一緒にいられるという考えに固執していた。
だけどタッゾのせい……いや、この場合はお陰でというべきだろう、僕がエノンと一緒にいればいいのだと、ようやく気付かされた。
例えエノンがどこに行こうとも、勝手に見守ればいいのだ。
僕が付いていけばいいだけ。
だから、エノンはどこへでも好きな所へ進んでほしい。
我が家に縛られていては、エノンは好きな場所へ行くどころではない。
自由に動けるようになる為には、エノンは家へ援助金の返済をしなければならない。
幼少から園の寮生活に慣れてしまった今では、一体どう使えばなくなるのかも分からないくらい、途方もない額が銀行に貯まっている。
家への返済を、僕名義の銀行からするのはさすがに変だから、まずはエノンの名義に変えておく。
それでも足りなければ、エノンの為に各地から集めた、治癒魔術書や医薬術書は後世も含めた他の園生の為になるはず。
だから寄贈という形にならずに申し訳ないが、いくらか園にも買い取ってもらいたい。
それでも返済額に届かなかったら……。
そもそも、エノンへの援助額がいくらになっているのか、僕は分からないのだ。
それを把握する為にも、1度は家に帰らなくてはならないだろう。
だが1度帰ってしまえば、一体どうなるのか想像出来ない。
1番いいのは、返済額を確認した後、放逐される事だ。
最悪なのは、家の中で飼われてしまう事。
そうなると生きているのに、エノンに会えないし、見守る事さえ出来なくなる。
皆がいて、鳳もいて、レミもいる。
好きな人といる場所が、1番幸せな場所だと僕は思うから。
僕のエゴでしかないが、きっと、どこにいてもエノンは大丈夫。
身も心も恐怖で行動出来なくなる前に、僕は家に帰らなくては。
帰省を思うと、手足が震える。
激しく緊張していて、これ以上僕は両親からの音沙汰を待っていられそうにない。
どう転んでもいいように、名義変更を早く済ませてしまいたかった。
ワコさんとヤースさんの方が経済面からも、エノン本人より冷静に考えてくれるだろう。
お2人とも、いつも僕にまで気を配ってくれた。
その陰で僕は恩を仇で返していたのだ。
僕のせいで、エノンの借金が膨らんでいると知れば怒って、もしかしたらエノンに名義変更の説得もしてくれるかもと期待していた。
なのに朝早くから、こうしてエノンが来たという事は、さすがにそう上手く運ばなかった様だ。




