32・回想(27)
僕は放課後、タッゾの居る下級の教室へ向かった。
「タッゾ、居るか?」
「え、リティさんっ? どうしたんですか、早いですね?」
タッゾの名前を呼んで、僕の側まで来たところで激突半分に縋り付く。
これまでは1度もなかった僕の不意打ちに、タッゾは驚いている様だ。
「話があると言っただろ?」
「そうでした。そうですけど、でも? いえ、いいんですけど、どこでにします?」
「こっちだ」
わざとタッゾの手を引っ張って歩き、最後は、いつもの空き教室に連れ込む。
故意で目立つ様に、人目がある場所を歩いてきた。
さあ、話を広めればいい。
両親の耳に届く様に。
そうすれば、さすがに両親の方から会いに来てくれるはずだ。
いや。
この数年間を思うと、一言の連絡もなく、全ての援助を断ち切られる可能性も無きにしも非ずか……。
「あの、リティさん? 人目がありますけど?」
「何か問題が?」
「俺的にないです」
「じゃあ良いな」
今、僕のターゲットは両親だけではない。
この教室まで来ては、タッゾにべったり張り付いている僕を見て、去って行く誰かが今日のもう1つのターゲットである。
傷心の僕を、自分こそが側で支えて、立ち直させるのだと意気込んでくれる気持ちは、とてもありがたい。
僕を元気づけようと声を掛けてくれるのも、本当に嬉しく思っている。
だが僕の事情に、エノンを介して親しくしている誰かを巻き込むのは嫌だ。
だからこそ最初は、現状維持で過ごしたいんだと断りを入れた。
エノンの代わりなど、居るはずがないのだから。
そこは僕の根本的なところなので譲れない。
それなのに、諦めて別へ行こうとする者が現れない。
いつまでも待っているからと言われ続けるのは、今の精神状態では僕には少し辛かった。
そんな時にタッゾは実に都合が良かった。
やたらこちらの感情を読んでくるタッゾに、僕は気持ちを揺さぶられている。
だが僕に付き纏っているし、タッゾが僕に手を出しても周りが信じる素行の悪さも完璧だった。
それでも最初はタッゾがいるからと断っても、信じられない・諦められないと言ってくる。
それなら、信じさせれば良いだけだ。
「仕方ないだろう? どうも僕を心身共に清らかな悲劇の聖女とでも、勘違いしているみたいだからな。その目でしっかりと見てもらった方がいい」
その点タッゾは僕に対し、さすがに清らかなんて感想は持っていないだろう。
気持ちを揺らされ過ぎて、すでに僕の手にタッゾだけで、余りに余り過ぎているが。
それに。
さもしい僕の心を知っているにも関わらず、タッゾは側にいようとして来た。
思考を読まれるのは苛立つ。
だが同時に嬉しい。
もうタッゾに対しては、見抜かれたらどうしようと怯える必要がなく、どんな姿でも曝け出していいのだと思えるから。
タッゾの首に腕を回し、甘える様に見上げてみる。
実際、僕は飼われたいと望んで来てくれているのをいい事に、タッゾに甘えているのだ。
ただ今は、廊下からちゃんと恋人同士に見えているかが不安である。
なにしろ役者が自分なので。
「園内で自分からこんな事も出来るくらい、僕はお前に溺れている。どうだ、嬉しいだろう?」
かなり頑張って、うっとりと囁く様な表情を作りながら僕は言った。
だが、タッゾの乗りは今1つ悪い。
一応、恋人に甘える女を演じているので、タッゾの無反応ぶりに不安は加速する。
僕の演技じゃ、周りは信じないのではないかと。
朝あれだけ宣言したものの、こうして実際に面倒に巻き込まれてみると、タッゾも煩わしくなったのかも知れない。
「やっぱり僕から逃げ出したくなったか。逃げるなら早い方がいいぞ」
「誰もそうは言ってませんッ」
どうやら違うらしい。
良かった。
これ以上しなだれかかるのは止めておこうと離れかけたのだが、タッゾが僕の腰を引き寄せつつ否定して来たので、継続した。
すぐにタッゾが僕から離れてしまうと、周りの熱を冷ますのに都合が悪い。
僕から離れる気はないと言ったから、この計画を思い付いたのだ。
出来るだけ、タッゾには付き合って欲しい。
「リティさん、一体何がしたいんです?」
「お前が希望していた、人員整理だ」
「それは、……嬉しいですが」
「そうか」
ならば、遠慮はいらないな?
「餌の時間だ。あくまでも自分の方こそが釣られた魚だと言うなら、さっさと芸の1つでもして見せろ」
「あ~、もうッ! ……愛してますよ、リティさん」
「それでいい」
愛? それは始めて聞いたな。
タッゾは馬鹿だ。
いくらでも好きにすればいいという飼い主が他にいたのに、よりによって僕に執着するなんて。
タッゾはどうかしている。
これからだって、きっと僕はタッゾの自由を奪い、行動を制限しようとするだろう。
あれもこれも、それも駄目。
僕が両親からされている様に。
だが考えてみれば、タッゾも僕を囲い込もうとしている。
結局、お互い様なのか?
そう思うと、タッゾに感じていた罪悪感がほんの少し薄れた。
「あの~、リティさん。今、思いっ切り急所に入ったんですけど……」
「次はお前の家に行く」
「……へっ?」
「タッゾ。お前、制度と提携している部屋に住んでいるんだよな?」
街の家の中は、実はエノンの御宅しか知らない。
朝、皆から街での生活を聞いて、俄然賃貸部屋という家に興味が沸いてしまったのだ。
「えっ、まぁ、そうですけど。リティさん?」
「見てみたい」
「……」
「見てみたいんだっ。駄目なのか? どうしてだ? 僕を入れたくないのか? それとも、よっぽど汚いのか?」
それくらいしか、タッゾが狼狽えている理由が思いつかない。
仕方ない。
クラスメイトか、他の誰かに頼んでみよう。
この調子では、どうやらその方が早そうだと思っていると、タッゾが僕を抱えて勢いよく立ち上がる。
「分かりました! 行きましょう。はい、出発~っ!」
「降ろせ。普通に歩く」
そして僕は朝に引き続き、自分の危機管理能力の無さを味わったのだった。




