31・回想(26)
付き合いの短いタッゾに読まれるほど、感情が表に出てしまうのは、自分自身の心を僕が誤魔化せなくなっているからだろう。
「駄目だって禁止されたくない事は、始めから秘密にしておくの」
そうワコさんに逃げ道を作ってもらっていたのに。
いつまで秘密にしておけるだろうかと、僕は思い始めた。
両親に対してだけではなく、自分自身に対しても。
「おはよう、リティ」
「おはよう」
教室内に入った僕に、クラスメイトが声を掛けて来た。
姿を見ると、今日のメンバーは皆、自立し始めている者が多かった。
ちょうど良い。
「ちょっと聞いても良いか?」
「何? 珍しいね」
「僕が自立しながら、園に通うのは可能だろうか?」
途端に周りから、ざわつきが上がった。
これまで僕は自立する姿勢を全く見せなかった。
まず必要がなかった。
毎月必ず一定額の金額が銀行に振り込まれていて、逆らわない限り両親はそれなりに責任を持って、僕を生かそうとしてくれていたから。
理性で客観的に見れば、両親の支援を切る事は馬鹿のする事だ。
両親に経済面での支援を断ち切られてしまったら、園を出て、日々の糧を得るのに手一杯になる。
飼われ続けるままでいる方が、表面的には絶対楽に違いない。
それに僕は社会に出て、1人で生計を立てていけるか不安もある。
「スエートの街で暮らそうと思ったら、どうすれば良い?」
一気に視線が飛んできた。
でも、どうやら話が聞けそうな雰囲気がする。
「寮を出て、1人で部屋を借りて暮らしてみたいんだ」
そう僕が言葉を続けた途端に、皆が難しい表情を浮かべた。
「1人は止めとけ」
「安全面でも勧められないな」
「安全を取るなら、寮で暮らすのが1番いいよ」
「それに寮から出てすぐは何かと出費がかさむ。1人だと最初は厳しいぞ」
なぜ、1人は安全でないのだろう?
女・子供である僕が出入門に座って、簡単な賭け事をしていても大丈夫なくらい、スエートは安全な街だと思うのだが?
それに、何かと……の何とは、一体どれらを示すのだろう?
全く分からない。
「そういやリティは、親御さんから仕送りがあったな」
「あぁ、それなら家賃が高いところもいけるか」
「安全面も確保出来るな」
やはり僕は世間知らずなのだ。
そうして黙り込んでいる間にも、次々と話が進んでいく。
「それでもリティ1人じゃ、まずいだろ」
「うん。最初はルームメイトの先輩がいる方がいいな」
「街で生活する上での約束事を教えてくれる人で、リティとルームシェアしてくれそうな人、誰かいたっけ?」
問い掛けられるが、まずは親御さんから~の部分を否定しなくてはと、ようやく僕は口を開いた。
「いや、仕送りを使う事は考えてない」
「何でだ?」
「自立したいんだよ」
僕は両親に気付かれる前に自分からぶちまけたい。
両親が馴れ合いを認めなかった、エノンが大好きな事。
ずっと仲良く付き合っていきたい事。
政略結婚の道具にはなりたくないので、相手を見つけた事。
ついでにその相手である、タッゾの事。
タッゾとの事は、両親に対する当て付けじゃないと、自信を持って言い切れない。
それでも、両親の言いつけを守り続け、守れない事を黙り続けている事に、僕は限界を感じていた。
ぶちまけた結果、当然のごとく両親から猛反発を受けて、その事をきっかけに……例え表面上だけでも、両親から飼われる事から抜け出したらどうなるだろうか?
タッゾは、どうとでもするだろう。
両親から何か言われても、返り討ちにするぐらいの力量はあるはずだ。
問題はエノンだ。
何か対策を考えないといけない。
「でもなぁ、その……リティはさ。いつも弱い魔物だけを狩ってるよな?」
「それなりに強いのを、定期的に狩るのが1番稼げるもんな」
「危険もあるから、リティにお勧めは出来ない」
「一緒に行く者の力量次第なところもあるだろ」
痛い所を突かれてしまった。
魔力の低さが自立という面でも足を引っ張るとは。
制度仕事の完了後に、僕が得ている額だけでの生活は相当険しそうだ。
きっと今こう考えた事も、知ったつもりでいるだけだったと、日々実感する羽目になるのだろう。
僕が強張ってしまったせいか、今度は街での生活の楽しい事を、先生が教室に来るまで話してくれた。
それでも、最終的な皆の意見は、
「街で自活するなら、1人暮らしはお勧めしない」
「安全上家賃だけでも、親からの仕送りを使うべき」
というものだった。
それでも僕は好きな人と、自分の好きなように付き合えるようになりたい。
だから両親からの完全な独立を考えていた。
そうしたら仕送りは切られるだろうし、園でのんびりエノンは見守れなくなる。
でも僕の心は、当に選んでいた。
なぜなら僕はすでに選択を終えていたのだから。
どんなに取り繕っても無駄だったのだ。
それでも今すぐ両親と直接相対する勇気はなくて、卑怯にも僕は間接的な手段を思い付いた。




