30・回想(25)
立ち止まり掛けるが、そうした場合タッゾに怒鳴る自分しか想像出来なかった。
ますます話が進まなさそうだったので、足を動かす。
「本当にお前が僕に時間を取れと言ってきた事を忘れるが、いいんだな?」
「では、お言葉に甘えて。答え合わせをさせて下さい」
「何のだ?」
また意味の分からない事をと思いつつも、先を促してみた。
「変だなと感じたのは、梅雨が始まる前の歌です。雛先輩がリティさんに歌をねだった時」
「スエートの外に4人で出た時か」
「あのですね、リティさん。溜め込んじゃってると、いつどんな所で爆発しちゃうか分からないですよ。リティさんはそれが怖いんでしょ? だったら小出しにした方がいいんです」
何でだ?
何で、ここまでタッゾに読まれているんだ?
「それで八つ当たりされても、いい迷惑なだけだろうに」
あの日、感じた思いも引きずられて浮かび上がってきた為、何とか押し込め僕は返事を返した。
「だから下心付きで申し訳ないですけど、俺がその役を買いますってば。買いたいんです。昨日の話でも察しましたが、当の俺がそう言ってるんです。
もうリティさんが俺に罪悪感なんか感じないで下さい。っていうか感じないでいいんですよ、リティさんはっ」
そこまで感情が表情に直結しているとでもいうのか?
僕は立ち止まる。
「……タッゾ」
名前を呼び、御託を並べて来るタッゾの襟首を鷲掴んで、強く引き寄せた。
「ちょっと、黙れ」
自分の唇で、タッゾの口を塞ぐ。
手で塞ぐよりも、ずっとこれが最良の手段だと思ったから、そうしたまでだ。
あと、嘘を吐いてないかは目を見るんだったか?
近過ぎるせいで、逆に分からないな。
引き寄せた時と同じくらいの勢いで、タッゾを突き放した。
「リティさん……?」
「感情を外に出せというのは同じだが……お前は本当にエノンとは違うな、タッゾ。エノンよりも僕の気持ちを知り、恐れている事も勝手に見抜いたくせに、お前は追い討ちを掛けて、せっかく沈めているものを揺り起こそうとする」
「雛先輩と比べる方が間違ってるんですよ、リティさん。俺がリティさんに穏やかさを提供出来る様な奴じゃないって事は、知ってるでしょうに」
正論を突かれ、まだ突き放すのではなかったと後悔する。
「その穏やかさこそが僕の望みだ。わざわざ波風を立てる様な真似をして来るなと言ってる」
「俺ごときに揺れる望みですか?」
「何がごとき、だ? 存在自体が僕の心を乱してるんだぞ、お前は」
「へ~、初耳です。どっちにしろ、それはお互い様ですよ。ところでそれってつまり少しは、俺をリティさんの心に置いてくれてるって事ですか?」
「……もう、いやだ」
「え?」
漏れ出た呟きはタッゾの耳に聞こえなかったらしいが、勝手に表情でも何でも読めばいいと、その質問には答えなかった。
僕は今、そんなにタッゾに感情が読まれるほど表に出てしまっているのかと愕然とした。
でも歌った時、エノンは僕に心配そうな顔を向けて来なかったと思う。
だから、ちゃんと隠せていたはずだった。
タッゾにすれば、からかい甲斐もあって楽しくて仕方ないらしいが、僕にすれば冗談では済まされない。
馴れ合ってなどいない、ただ手懐けているだけだ、とずっと両親に言い続けてきた。
もし両親を目の前にした時、感情を漏らさずに嘘を吐けなければ、エノンと引き離されてしまうから。
好きであればあるほど、その存在への想いを嘘で固めなくてはいけないのは辛い。
自分の保身だけを考え、両親に飼われたままであろうとする不甲斐なさ。
もし自分自身の感情をコントロール出来なくなったら……。
一体どうなるのか、怖い。
それが嫌だから、全てを視界から締め出したい気分になった。
でも全てを視界から締め出す事は、大好きなエノンを含めた現実を無視してしまう事になる。
思わず黙り込んだ僕に、タッゾが続けて来る。
「え~と? 話を戻しますけど。リティさんが俺に罪悪感を持ってるっぽい事が、非常に気になっていた次第でしたが、昨日の話で察しました。
俺はリティさんがいるなら、大丈夫ですよ。もしかしたら我慢出来なくて、また誘拐しちゃうかもしれませんけどね」
「……それは遠慮する」
今日はエノンからのお迎えはないらしいと思っていたのに、寮の出入り口で待ってくれている姿があった。
遠くから、いつもみたいにエノンが呼んでくれている。
「タッゾ、覚悟しておけ。これから僕は飼い主らしく、お前が鬱陶しいと思うくらいに、べったり張り付いてやる。
我がまま放題で、また八つ当たりもして。それから……あれも欲しいこれも欲しいって、駄々を捏ねて貢がせるからな」
こちらの会話が聞こえるくらいエノンに近づく前に、勝手に人の気持ちを読み取ったタッゾに呪詛を吐こう。
そう思ったはずなのに、僕は何とも幼い内容を一気に口走っていた。
「えっ? リティさんの方から俺にそうして来るんですか? というか、最後のが物凄く意外なんですけど?」
「貢がせた物品はもちろん売り払う。金の切れ目が縁の切れ目。実に単純明快で分かりやすい。
物の価値が分かっていないから、安く買い叩かれるかも知れないが。それは仕方ない。諦めろ……って、なぜ笑う?」
隣で吹き出され、僕はタッゾを睨んだ。
睨んだまでは良かったが、その後が駄目だった。
「分かりました、いいですよ。何なら同じ内容の愚痴だって、俺は何回でも聞くふりをしてあげますけど?」
何だ、今のは?
壮絶に僕には似つかわしくない目を、タッゾから向けられたような?
「偉そうだな。そんなに簡単に安請け合いしていいのか?」
「もっと恩着せがましく言いましょうか? リティさんが望むなら極端な話、俺は犯罪者にもなりますよ」
「大袈裟な。お前は、釣った魚には餌をやらないタイプだと思うんだが?」
「リティさんはまさしくそのタイプですねぇ」
内心必死、かなり意地になってタッゾを見つめ返していたら、思ってもいなかった事を言われた。
もちろんそれも完全に表情に出たらしい。
「釣られたのは絶対に俺の方ですからッ。ずっと飼ってて欲しいんで、俺の方から見限ってくれないかと思っても無駄です。今のところは……なんて付け足しませんよ、俺はッ!」
ダメ押し宣言まで食らってしまった。
「……とりあえず続きは放課後だ」
「楽しみにしてます」
本気である事を声音で訴えるものの、タッゾの態度は崩れない。
エノンの近くまで来たので、会話が聞こえてはまずいと話を打ち切ったのだが、今の少しの時間で、もしかしたらタッゾから今までで一番の、精神的ダメージを負った気がした。




