29・回想(24)
これでようやくエノンを見守るだけの、穏やかな日々に戻れるだろう。
あとは季節が過ぎれば、おのずと周囲も落ち着くはず。
それにタッゾにとっても、僕から離れられて良かったはずだ。
そう自分に言い聞かせるようにして迎えた朝。
なのに、どうして部屋の扉を開けた途端に、タッゾが居るのか、全く僕には理解出来なかった。
「なぜ居る?」
「いやだなぁ、リティさん。朝のお迎えに決まってるじゃないですか」
おかしい。
アーラカの時もそうだったが、微妙な別れ方をした次の日の朝に、その相手と顔を合わせないといけない決まりでも、僕の知らないうちに出来たのだろうか?
昨夜に想像していた今朝の自分と、現状が全く当たっていない。
しかも昨日は、両親の振り見て我が身を直せと反省したばかり。
タッゾが口に出した、飼われたいという言葉が、あまりに両親と僕の関係に合致し過ぎて僕の気に障り、過剰反応し過ぎなのだろうか。
第一、人間同士の間に飼う飼われるという言葉を使う事自体が、変則過ぎる事は僕でも分かる。
もしかするとタッゾと僕は向かい合って話すと、逆に物事が拗れるのかも知れない。
昨日は多少ぼかしはしたが、そこそこ冷静に話せたはずだし、断る理由もちゃんと言った。
まあ、最後に言い捨てて逃げはしたが。
身近からタッゾの存在が去る事で、寂しさを感じるだろうなとまで、昨夜は思っていたはずだ。
だが、こうして昨日の今朝でタッゾの顔を見ると、そんな感情は僕の中から霧散する。
「どうやらお前は、人間引き際が肝心という事を知らないらしいな」
「引いた途端に終了って分かってて、リティさんから引くとか有り得ませんね」
「しつこい様なら、保健所送りにしてもいいんだぞ」
「その脅しは無意味ですね。リティさんは己の為に、他者に力を振るったりはしないでしょ?」
「そうでもない」
僕は、僕の為にエノンの回りの環境整備をする。
エノンが幸せそうなら僕は幸せを感じるし、鬱陶しい輩がエノンの側にいると僕も鬱陶しいから。
「俺はリティさんが構ってくれるなら、雛先輩に危害を加える気はないですよ」
「……」
「……」
あぁくそっ。
確かに僕はエノンが絡まない限り、ほぼ実力行使は控えている。
タッゾのやつ。
僕がどんな時に動くかを熟知し始めたな。
一体どうして、そこまで僕に飼われたいのかが、本気で理解出来ないのだが?
無言のまま睨み合う、タッゾと僕。
1日は始まったばかりだというのに、本日2回目の有り得ない事を思い浮かべてしまった。
僕だけを選んで、絶対離さない人が存在するだなんて、有り得ない。
ずっと一緒にいたエノンでさえ、僕じゃなくレミを選んだのだから。
目の前の事からの、現実的な逃避をするならば、今は登園時間だ。
都合が良かった。
僕はわざとらしく溜め息を吐いて見せ、タッゾに提案する。
「こうしていても遅刻するだけだから、行くか」
「は~い」
僕が部屋を出て歩き出すと、当然の様にタッゾが横に並んで来る。
ダンジョン内での露払い時はともかくとして、いつも後ろに付き従うのではなく、必ず横に来るのだ。
両親と並んで歩く自分など、僕は想像も出来ない。
向かい合って座った事ならある。
もっとも、ここ数年は両親と会う機会すらなかったのだが。
「本当に何なんだ、お前は」
「リティさんの隣を独占したいだけで~す」
「何でお前に僕の隣を独占されなきゃならない」
「俺がリティさんの飼い犬だからで~す」
「僕は認めてない」
「ダメで~す。諦めて下さ~い」
「何でそこまで僕にこだわる」
「リティさんだからで~す」
うんざりする程、タッゾは的確に言葉を使ってくる。
普通に告白されても、ずっと断っていた僕の気持ちを、ガンガン揺さぶってくるのだから。
「そういえば昨日、お前の要件を聞き忘れていたんだが?」
「何だかんだ、ちゃんと聞いてくれるリティさんが大好きです」
「そうかそうか。僕もちっとも命令を聞かないお前が大好きだよ」
「俺達、両想いですね~っ。でも命令通りに、早い時間からリティさんと離れましたし。お陰で昨日の放課後が暇になったので、ちゃ~んと考え考え、いくつかの制度仕事に精を出せました」
「……」
どこが、命令通りだ。
僕の言った少しが、放課後から今朝までの間ではない事くらい、タッゾは理解しているはず。
しかも狩りながらだとか、ろくに僕が考えろと求めた方向に意識が向いてなかったに違いなかった。




