28・回想(23)
あの場には居たくなかったが、皆には絶対に心配を掛けている。
適当な曲がり角を通り過ぎ、すぐに止まって、タッゾに向き合った。
エノンとの時とは違い、タッゾの話を聞くのに、わざわざ2人っきりになれる場所を探す必要も感じない。
「で、要件は?」
「早っ! もうそれを聞くんですか? もうちょっと逃避行してましょうよ~」
「このまま僕といても、詰まらないだけだぞ。さっさと遊びは終わりにして、早く他の飼い主でも探しに行け」
そう言い切った途端、僕の手はタッゾに持ち上げられた。
甲に唇を押し当てられ、慌てた僕は手を引っ込めようとするも叶わない。
どうやら離してもくれなさそうだ。
「本当に、一体何を企んでるんだ? 僕に対して、ここまでする必要はないんじゃないか?」
「終生飼養の原則って知ってます、リティさん?」
疑問に疑問で返されたわけだが、現時点でタッゾが他の飼い主を探しに行く気がなさそうな事だけは伝わって来る。
「飼われたいのは俺の方ですし、リティさんの心ごと全部下さいなんて言いませんよ。まあ? 餌の時間は大歓迎ですけどっ!」
最後の部分を妙に強調されたお陰で、タッゾとの1番始めの記憶を僕は思い出した。
「まさかとは思うが、僕が反応しなかったからか? あの……キスで何人も落として来たのに、そう出来なかったのが悔しくて、僕にこだわってるんじゃないだろうな?」
「あ~、それも関係あるかも知れませんけどね? だって俺はあの時、リティさんこそが飼い主だって感じたんですから」
やはり関係あるのかと、やや半眼になってしまうのは仕方のない事だと思う。
「普通そういうのは、一目見た瞬間にっていうんじゃないのか? ついでにそれはお前の独りよがりで、残念ながら僕は何も感じなかった」
「え~と、……俺の場合は過去に遊んだせいで、感じ取る力が衰えちゃってまして。リティさんは本能自体を閉じ込めて、雛先輩の存在以外は感じない様にしてるからですよ」
閉じ込めたものを解放したら、僕は自殺か無差別大量殺人者への道を選んでいるだろう。
エノンの事も嬉々として、逆レイプしてしまうかも知れない。
冗談ではなかった。
ずっと想いが届かなくて苦しくても、エノンを悲しませる風には狂いたくない。
それにしても、よくもまあ次から次へと言葉が続くものだと感心してしまう。
僕から責められる気配がなかったせいか、続けてタッゾが言って来る。
「とりあえず運命の恋はどっかに投げて、俺を飼っておいて下さいッ!」
けれど短期間ならともかく、終わりが見えないくらい飼うのは僕には無理だ。
タッゾから念押しされてしまったからには、ここでキッチリと区切りを付けておこう。
アーラカに対してそうした様に、断る事を相手に納得してもらう為には、理由を告げなくてはならない。
「なぁ、タッゾ。お前は誰かに飼われるタイプじゃないだろう。僕の都合が良かったとはいえ、餌を与えてお前に期待させて、本当に僕は考えなしだったと思う」
タッゾは、1人でも生きていける。
レミという家族に対しても、我関せずな思考を持つタッゾに、群れは必要ないのだろう。
「お前は僕を買い被り過ぎている。僕は僕自身が一族に飼われている身だ」
両親に、とは言わない。
そこまで話せるほど、タッゾを僕は信用していない。
「このまま僕に飼われ続ければ、お前はそのまま必然的に僕の一族からも飼われる羽目になる」
僕に飼われたいと望むくせに、決して僕に飼い慣らされる事はないだろうタッゾの雰囲気や姿勢を、僕は結構気に入っていると思う。
だからこそタッゾは駄目だった。
実は、アーラカには言わなかったが、僕が断ったのには、もう1つの理由がある。
アーラカが僕に求めてきたのが研究だったからだ。
アーラカが僕を誘ってくれた微小魔石の研究は、全くの未知数である。
研究を進めたとして、本当に実用化に漕ぎ着けられるかも分からない。
ただし別の言い方をすると、新しい分野の最先端の研究ともいえる。
そして魔術を使う際に魔石を使うと威力が上がり、予め魔石に魔術を込められる事は知られている。
つまり魔術研究と魔石研究は異なる分野ではない。
母が行っている魔術研究と、誘ってもらっていた微小魔石の研究。
ある意味近い関係にあるのだ。
母の研究は講演会を出来る様な段階で、微小魔石の方はようやく存在に気付いたところ。
研究の完成度は比べようもない。
たが、母が微小魔石に興味を持ち、その研究者の名に僕の名があると気が付いた時、何を言い出すか分からないのが怖い。
多分母は、出来損ないの子供である僕が、自分と同じ研究職を選ぶ事を喜ぶとは考えられないから、無理難題を言いつけるかも知れない。
そして母から言いつけられたら、例えそれが微小魔石の最新情報を寄越せと言う事でも、きっと僕は進んで研究の最新情報を渡してしまうだろう。
アーラカとの関係が壊れるに間違いないのに。
それほど、僕は盲目的に両親に従っている。
だからこそ、万が一、両親のどちらかから命令されたら僕は一体どうする気だと心が騒ぐ。
アーラカに迷惑を掛ける気かと。
でも僕が共同研究者でなければ、母がアーラカに研究を捧げる様に言うとは思えない。
僕と共同なのが、不味いのだ。
どんなに歪んだ感情を持とうと、結局これから先も僕は両親に飼われ続ける事になる。
それに経済的にもそうだが、精神的にも僕は飼われ続ける事に慣れ過ぎている。
「エノンをお願い」
というワコさんの言葉に天啓を感じてしまった様に、誰かに寄生しないと僕は生きていけないのだ。
だが正直、タッゾを宿主にするのは僕には無理だ。
タッゾに僕は必要ないから。
必要ないどころか、足手まといになるだろう。
ただタッゾのあり方に対する憧れに似た感情は、両親から解放されたいという僕の思考に結びついてしまう危険がある。
「少し僕から距離を置いて、考えた方がいい」
「俺は……ッ」
タッゾが何か言い掛けたが、遮る。
この場で出すタッゾの答えなど、それでも飼われたいに決まっているから。
「絶対にッ! ちゃんと、考えろッ! 話は以上だ、僕は園に戻る」
また命令口調で声を荒げてしまった。
そして自分の言いたい事は言ったが、まだタッゾからの要件を聞いていない。
だが今のままの状態で、僕はタッゾの話を聞きたくなかった。
タッゾを飼い続けるなど、僕に出来るわけがないのだから。
追い掛けてくれていた全員と合流して、寮の部屋に1人戻った時、今更ながらそう思った。




