25・回想(20)
去り際の様子が気になっていたアーラカは、次の日の朝に訪ねて来た。
昨日の様子は、怒ってはいなさそうだったが、アーラカらしくなかった。
何だったのだろう。
だが、今の時間は不味い。
卒寮生であるアーラカは、当然僕の部屋を知っているから、迷いなく部屋の扉をノックして来たが。
「おはよ~ございます。雨が降りそうで降らなさそうな天気ですね~、リティさん」
いかにもな挨拶をして、タッゾがアーラカと僕との間に、体ごと割って入って来る。
最近ずっと朝は、タッゾが迎えに来るし、レミもエノンを迎えに来るから、騒がしいのだ。
挨拶が聞こえた途端、また余計な奴が来たという表情をアーラカは浮かべた。
確かに、昨日の顔合わせの態度からして、タッゾがアーラカに、まともに対応するとは思えなかった。
だが、ここまで酷い排除姿勢で来るとは。
そんな、タッゾのあからさまな態度で、アーラカはますます嫌そうな顔を浮かべた。
タッゾのこれは、明らかに面白がっているな。
眉を寄せながらも、諦め半分で溜め息を吐いた時、レミが迎えに行っていたらしい、エノンもやって来る。
「おっはよぅ、エノンっ」
けれど僕よりも早く、アーラカが声を掛けに走った。
「あれ、アーラカ? どうしたんだ、こんなに朝早くから」
「実はリティに共同研究を頼み中なんだけど、なかなか頷いてくんなくってさぁ。エノンもリティの頭の良さは知ってるだろ、だから……」
昨日、断ったばかりだというのに、エノンを巻き込んだアーラカに対して、一気に怒りが沸いた。
でも、誰かを巻き込んだという点では僕も同罪だ。
アーラカに微小魔石の相談を持ち掛けたのは、僕だった。
こんな埃みたいな状態でも、確かに魔石だと調べるだけで、自分の中に留めておけば良かったのに、誰かに聞いて欲しくなってしまった。
こんなものを見つけた! 凄いと思わないか?
そんな僕の自慢話に対して、ちょっとばかりアーラカからの反応が良かったのも、よろしくなかった。
どうにか活用したり出来ないか? 埃状態から纏めたり出来ないものだろうか?
浅い知識で思い付くまま、アーラカに疑問を投げてしまった。
それに伴うだろう研究がどれほどのものになるかや、具体的な進め方は全く考えていなかった。
しかも、その研究を僕自身が行う気もない。
そんな僕にアーラカを責める資格なんてあるはずがない。
「リティさん?」
「……」
タッゾが戸惑う様に、僕の名前を呼んだ。
アーラカへの怒りが一気に消え去った事に気付いたらしい。
思い付くままに行動してしまったのは、タッゾに対しても同じ。
本当に無責任極まりない。
「……そろそろ行こう、エノン。遅刻する」
「え、リティさん……っ?」
再びタッゾから名前を呼ばれたが、今度は視線すら向けず、アーラカには一言もなしで僕は早足で歩き出した。
「あ、リティっ。ちょっと待てってばッ」
「リティ……っっ」
エノンとアーラカの声が追い掛けて来る。
追い付かれたくなくて走り出そうとして、エノンに腕を引っ掴まれた。
「無視は駄目だって、リティ。リティだってホントは分かってるだろ、そのくらいッ。その上、無視される辛さをオレ以上に知ってるから、早くも後ろめたさを感じてんだろ? だったら……ッ」
「……エノン」
「オレに口出しされたくないなら、何も言わねーし。アーラカにだって、諦めるまで何度でも断り続ければいい」
あぁ、さすがはエノン。
僕の思考の流れは全部お見通しらしい。
叱られてバツが悪いはずなのに、それ以上に言い当てられた事が嬉しくて堪らなくなる。
「エノン。今からでもいい。レミと別れて僕と付き合わない?」
あくまでも、軽く。
全く本心を言っている風には聞こえない様に。
「あのなぁ……ッ」
ますますエノンが僕を咎めて来て、ついでに、どうでもいいがレミにも唸られる。
「ごめんごめん、エノン。それと、アーラカも……悪かった」
「謝るのは私の方だッ。私がエノンを使って、引き受けさせようとした考えが、見え見えだったから、リティは怒ったんだろ?」
今日こそ僕からの謝罪を受け入れてくれたらいいと思ったのだが、アーラカには逆に謝り返されてしまった。
「確かにエノンの事は気に障りはした。でも違うんだ、そうじゃない」
「……どうしても、どぉ~~~っしても、共同研究は駄目なのか?」
今回でアーラカから誘われるのは、最後になってしまうかも知れない。
そう感じたが、僕の答えは変わらない。
「すまない、アーラカ」
「……」
「確かに、実用性が付いたら面白く使えるんじゃないかと思った」
「それなら一緒にっ」
アーラカに勢い込まれるが、僕は首を横に振る。
「だが、実用化への研究には興味が引かれないんだ」
「……ダメかい?」
「すまないが」
「うん。それなら、しょうがないかぁ」
「アーラカ」
「すっきりしたよ」
アーラカの表情はどう見ても言葉通りではなくて、同じ様に感じたのだろう、エノンが僕の代わりに訊ねてくれる。
「いいのか?」
「いいんだよ。エノンありがとう」
「アーラカは、どうするんだ?」
「私は、……もうちょっと調べてみようかと思ってる」
「そっか」
エノンからの問いに答え、アーラカの視線が僕に戻って来る。
「時には、知恵を借りに来てもいいかなぁ?」
「役に立てないと思うんだが……?」
「それでもさぁ、全く違う視線から見ると、新たな発見があったりするもんじゃん」
「……」
薄々気付いてはいたが、アーラカが、僕との共同研究を楽しみにしてくれていたのを感じる。
だからこそ、断るしかなかった。
僕はまだ、エノンを見守り続けるのを止める事が出来ないから。
「本当にすまない」
「リティさんが何度も謝る必要なんてないと思いますけどね~、俺は。それよりマジで遅刻しちゃいますよ」
タッゾの言葉で時間を思い出し、今度こそ僕達は学園へと急いだ。




