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鉄道団欒+うそだよ  作者: きいまき
23/100

23・回想(18)




 僕は銀行へ、毎月初めに記帳をしに行く。

 今回は数日前から、胃に違和感を覚える程だった。


 だから今回、銀行へいつもの様に振り込みがしてあって、ホッとした。

 まだ両親は、僕を飼い続けてくれる気があるのだと。


 もし入金がなくなった時、それは両親が、僕を飼うのを止めた、要らない、捨てる。

 つまり、死ねばいいと言っているも同然だと、僕は感じていたから。


 自分から、両親のペットから外れる行動をしておいて、なお両親にすがる自分が嫌になる。


 心のどこかで浮かれていたのだ。

 好意を寄せられるという事は、どうしても気持ちがいいから。


 それに僕は、すぐにタッゾは僕を構うのに飽きるだろうという軽い考えもあった。

 たまたま僕にとって都合が良い時に、タッゾが追い掛けて来たというのもある。


 だからタッゾを飼う事にしたし、ご褒美も与えたのだ。

 誰かに対しての責任を持つ事なんて、僕には出来もしないのに。




 梅雨入り前の休日、僕はエノン、レミ、タッゾという目立って仕方ない3人と一緒に、街の外、出入門から歩いて30分程の場所にある開けた地に来ていた。


 いや、エノンといるのはいいのだ。


 街の側、これくらいの場所に出る魔物程度なら、僕にだってどうとでも出来る。

 門近くで集めた情報が、僕にそう教えてくれる。


 そう知っていたが、門から離れなかった僕が、ここまで出てきたのは、行こうと誘ってくれたのが、エノンだからだ。

 付き合いの長いエノンは、きっと僕の心境が不安定になっている事に気が付いたから、街の外に一緒に行こうと誘ってくれたのだろう。


 最初は、2人で出掛ける予定だった。

 ただエノンも僕も、レミとタッゾを撒く事が出来なかった為に、目立つ4人連れが出来上がってしまったのだ。


 だが、この兄妹と来るのに、ここは平和過ぎた。

 街から、それほど離れていないという事もあり、時折チラチラと向けられる視線も鬱陶しい。


 ますます悪い方へと意識が沈んでしまいそうだった。


「タッゾ、付き合え」

 僕はタッゾに襲い掛かった。


 タッゾに続けて拳を突き出しながら、これは現実逃避の一種だと想う。


 魔物相手ならともかく、本当はもうこんな風に誰かとの乱闘を意識して、体を鍛える必要はない。

 エノンの意に反して近づく者は、嬉々としてレミが片っ端から追い払うに違いないのだから。



 しばらく組み合ったが、本当は攻め手の方が得意だろうに、タッゾは受けるか避けるしかしない。

 つまり手加減されているのだ。


 レミ相手なら、まだ力が均衡出来ただろうが、どちらか一方が本当に倒れるまでの実践になってしまう。


 エノンの目の前で、僕の意地にかけて、レミに伸されるわけにはいかない。

 例えどんな卑怯な手を使ってでも。


 だが、今僕の相手をしているのはタッゾで、力の差があり過ぎ、ただの動きやすい普段着なのに、野外武術ショーでもやらされている気分になる。


 回し蹴りをヒョイッと軽くかわされ、無性に腹が立った。

 手足は出さずに、睨み付けたまま一気に距離を詰める。


「ちょっとは本気でやれ、タッゾっ」

「やってますって……ぅく~ッッ」


 僕はふざけた返事をしたタッゾに、自分が受けるダメージを顧みず、思いっ切り頭突きを食らわせる。

 もちろん身体硬化魔術も付け済みだ。


「ふんっ」

 頭を押さえてしゃがむタッゾを放って、さも当然の権利である様に、僕はエノンの横に座り込んだ。


 反対側に座っていたレミはいい顔をしなかったが、当然僕は気にも留めない。


 エノンが渡してくれた水筒を感謝しながら受け取り、もしかすると現実逃避を越えて、タッゾに八つ当たりしてしまった事になるのかも知れないという、思考ごと飲み物を喉に流した。


 視線に過剰反応してしまうのは、必要以上にピリピリしているからだ。


 ようやく、わざとらしくヨロヨロと立ち上がったタッゾが、恨みがましい目をこちらに向けて近づいて来る。

 しばらく無言で睨み合って、……無視した。


「隙ありッ! リティさんと間接キッス~」


 すると飲み掛けの水筒を僕の手からアッサリと奪い、非常に嬉しそうに口を付けるタッゾの表情を見る……もとい、見せつけられる羽目になった。

 

「……お前の分はこっちにちゃんとあるだろう、タッゾ」

 なぜか思わず、問答無用で殴り付けたくなる心は何とか自制する。


「無視仕返しちゃいま~す」

「あのな……」


 タッゾが絡んで来るまで、断じて僕は喧嘩っ早い質ではなかったはず。

 水筒を取り返しもせず、ただ呆れているだけの声を絞り出した。


「リティ。オレのを飲んでいいからさ」

「ありがとう、エノン」


 微笑みを浮かべる。

 きっと……ではなく、絶対にエノンは僕の不安定になっている心に気が付いている。


 僕の恋は伝わりさえしなかったけれど、相変わらず心に優しい存在。

 エノンが側にいてくれる限り、僕の心は、暗闇に染まり切ったりしないと信じたい。



 昔は両親の機嫌を損ねたら、両親がこのまま帰って来なかったら、どうしようという不安ばかりが先にあった。

 でも年を重ねるに連れ、その不安が不満という形を取り始め、そろそろ反抗期は終わってもいいはずなのに、まだ続いている。


 それのみならず、僕は未だに離れていかないタッゾから、どうやらじわじわ感化されているらしい。

 今まで極力感じない様にしていた不満が、この頃ふとした瞬間に、迫り上がって来る事が多くなった。


 そのまま衝動的に何かに向かって、襲い掛かりたくなる。


 だが、まだ僕は踏み留まっていられる。

 そして考えてしまう。


 僕が本当にそうしてしまいたいのは……と。

 全く、僕という生き物は何度同じ思考を繰り返せば、気が済むのだろう。


 高くなっていく太陽の眩しさのせいにして、とっさに目を閉じた。

 決して消えない事は分かっているので、今しがた浮かんだ思考を心の奥へと押し込む為に。


「もうすぐ梅雨だっていうのに、天気いいよなぁ。せっかくだしさ。何か歌ってよ、リティ」

「……いいよ」


 ここで歌えば更に目立つだろう……が、エノンの要望だったから僕は頷いた。

 淀んでいる全ての感情が、表情だけでなく声にも現われたりしない様に。


 欠片も出さない様に注意深く、心の鍵をしっかりと厳重に掛ける。

 スッと息を吸って……水筒を奪ってくれたままのタッゾが、歌い出した途端に何か言いたげな顔を向けて来た。





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