22・トンネル
ミンド島とエート島の間にある、ストミート海峡を渡り、エート島に上陸してから、ストロミール駅までは、いくつものトンネルを通る。
その数、なんと50以上。
国内でも有数のトンネル地帯だ。
そんな場所を走っている列車だから、いくつものトンネルを通っても、耳に不快を感じさせない為の設備が施されている。
その為、窓から見える景色以外で、列車がトンネルを通っていると気付く事は難しい。
せっかく取れた1番席である。
しっかり窓の外を見て、トンネルの数を数える事も、今回の旅の目的の1つだった。
窓から見える景色は、海を1つ渡っただけだが、それでも季節が少し戻っている気がした。
落葉樹の葉がまだ落ち切っていない。
列車はさらに南へと進み、始めてのトンネルが、正面の窓の先に見えてきた。
トンネル入り口前面部は苔で覆われ、雑草が垂れ下がっている。
そしてトンネル内部に列車は進むが、トンネル内を走っているような振動はない。
唯一、トンネル内を走っている間、列車内が暗くなるので、車内点灯が灯される変化があるのみである。
トンネルにはそれぞれ名前がある。
だが、味気ない。
地名+第+数字+トンネルという非常に合理的な名前ばかりだ。
例えばサリマ第1トンネルという様に。
ひたすら味気ないが、まあそんなものだろう。
今走っている路線のように、トンネルばかりが続いたら、いちいち名前なんかつけていられない。
あっという間にネタ切れだ。
それよりも僕は今、そんなトンネルの数を数えるのに忙しいのだ。
だからタッゾからの視線など、気に掛けている場合ではない。
場合ではない、のだが……。
「えぇ~い、鬱陶しいっ。シッシ!」
なぜ、そんな……愛おしくて仕方ないみたいな、目で見て来る?
こればっかりは、何度向けられても慣れる事が出来ない。
そういう愛おしいものを見る甘い表情は、未だ清浄無垢を損なわないエノンに注がれるべきものだ。
僕には全くもって相応しくない。
こう、むず痒い様な気持ちになる。
タッゾの視線の種類が、企んでニヤニヤ、行き過ぎてギラギラ、もしくは僕の列車好きに対し呆れてならば、いくらでも無視出来るというのに。
僕はこっちを見るなと、手を振ってタッゾからの視線を追い払おうとした。
それなのにタッゾの表情は変わらない。
「え~。だってギリ弟の事以外で、真剣な表情をしてるリティさんは貴重なんで。しかも楽しそうですし」
あ~っ、もう耐えられないっ!
この表情を浮かべ続けられるくらいなら……っ。
正直、この手の表情をしている時のタッゾとは、視線を合わせたくない。
合わせたくないのだが、ぐっと我慢してタッゾに心持ち顔を寄せた。
そして殊更甘い声音で、誘い掛ける様にその名を呼ぶ。
「タッゾ」
これはタッゾにだけ有効な、というより、タッゾにしか使わない手だ。
そもそもタッゾ以外には使う場面もないのだが……。
タッゾの呼吸が乱れたところで、もう1度僕は駄目押しする。
「……タッゾ」
「旅、始まったばっかりですけど、今すぐ手ぇ出してOKって事ですよね、リティさん」
「ふんっ、そんな訳ないだろうが」
よし、掛かったなっ。
タッゾがギラギラに移行した。
やれやれ。
これでようやく落ち着いて、トンネルの数を数えられるというものだ。
ヒドイとか鬼だとか、男のジュンジョーを弄んでとか聞こえるが、純? 誰が? である。
もちろんスルーだ。
列車の長さよりも短いトンネルもあれば、トンネルの出口さえ見えない長さのトンネルもある。
そんなトンネル達を堪能する方が、今の僕には重要なのだ。
例えトンネルの出口からの光が前方に見えていても、走り抜けるのに思った以上に時間が掛かる事もあって、トンネル内は距離感覚が掴み難いというか、不思議な感覚に陥る。
その不思議な感覚ゆえか、トンネル内を通る列車の走行音が、海と陸を行き来する竜の鳴き声の様だと言われていた。
最強な万能人外である竜。
それ以外にも、走る飛ぶ泳ぐ……列車よりも早い移動速度を持つ、人外はたくさん知られていた。
ただ、それらを従える事が出来た人間は、伝説級の人物ばかりだ。
そもそも強大な能力を持つ人外が、人間の前に姿を現す事が稀だから。
であるからこそ、聖獣として崇められている。
ただし強大な能力を持つ人外が、既に魔物だった場合や、後に化してしまった場合は最悪だ。
僕は入園する前に連れて行かれた、激戦跡地の光景を思い出す。
いつまでも忘れる事の出来ない荒涼たる光景。
そしてあの時の、無力感。
結局トンネルから意識が逸れてしまった事に、心のどこかで僕は悪態を吐いてしまった。




