20・回想(16)
どうやらタッゾは隠れて付いて来るのは止めたらしい。
その上、図々しくも隣に並んで来た。
「リティさんを見ると、物凄~っくドキドキするんですよ。何ででしょう?」
「何かやましい事でもあるんだろう」
ビシッと僕は切り捨てた。
「う~ん、そうですねぇ……」
なのに、タッゾは現状に全く関係ない話を言い出し始める。
「……あっ! リティさんとの初めてのチュ~はもっと、雰囲気のある場所が良かったかも~とは後悔してます」
「ほう? お前がそういうものを気にする質だとは知らなかった」
「これまではともかく、そりゃ~大好きなリティさんとの事ですから」
「大好き、ねぇ」
そんなギラギラした目を僕に向けておいて、よく言うものだと僕は呆れた。
なんというか好きという言葉から連想する、ほんわかした感じがタッゾから全く感じられない。
そもそも僕1人でも来られるこのダンジョンに、タッゾの攻撃的興奮を刺激出来る様な魔物なんかいない。
それなのに堂々と姿を見せた時から、今のタッゾは僕に狙いを定めた獣のようだった。
「あ~、信じてませんね? さっきの歌も、もぅたまらん気分……に、なってます」
「……へぇ?」
「酷いなぁ、リティさんは。初めは瞳、今日は歌で俺を縛るんだから」
「残念だ、目と声だけか。このダンジョンは声も良く響くからな」
本当なら自分の良い所を褒めて貰えるのは、たった1つでも嬉しいものだ。
それが歌なら、僕の場合は尚更だ。
歌は、エノンに教わったものだから。
「あ~、名実ともにリティさんのものになりたいですね~」
「すでに押し付け飼い犬になってるだろうが」
だが、どうも褒められているというより、なじられている気がする。
なので、そう言い返したのだが……。
「リティさんが認めてないんじゃ、意味ないんですよ」
「何でそんな面倒そうなもの、認めなきゃいけない」
「俺、自分で言うのもなんですけど、お役立ちですよ~」
「そうだろうな」
タッゾの言葉を否定しても、虚しくなりそうで僕は頷いた。
ただそれだけの気持ちだったのに、タッゾが予想外の反応をして来る。
「嬉しいですね、リティさんに認めてもらえてるとは」
「僕が認めなくても、自分で解ってるだろうが」
「リティさんに認められてるってところが、良いんじゃないですか」
「自信満々のくせして何を言う」
「いやあ、嬉しいなぁ」
わざとらしい異常な喜び様である。
それなのに、僕は自尊心をくすぐられたような気分になっていた。
でもそれを悟られるのも癪だったので、タッゾとの会話から意識を逸らす。
とりあえず、異母弟妹の親族から雇われた者達はいなくなってくれたのだ。
だから今日はこれ以上、ダンジョンに留まる必要はない。
「……帰る」
「露払いしますよ」
「要らん」
「俺は、リティさんの犬ですから~」
タッゾは僕の手を掴み、出口方向へと歩いていく。
「おい。離せ」
「イヤで~す」
「……」
何だか楽しそうに僕の手を引いて歩くタッゾに、このままでいいかと面倒になった。
露払いすると言っていた事だし、僕は歩くだけでいいのだから楽なものだ。
そう考え、最近浮上しつつあるらしい、もう1つの煩わしい件を思い浮かべた。
つい最近知ったのだが、僕への縁談は完全に消えたわけではないらしい。
叶うならばエノンがそういう意味で、僕を好きになってくれたらと願っていた。
けれど、いくら願ってもきっとそんな日は来ない。
かといって僕の事情に、エノンを介して親しくしている誰かを巻き込むのは嫌だ。
その点、取っかえ引っかえなタッゾの場合、後腐れもない。
僕が気にしなければ、タッゾの方は大勢いた過去のうちの1人でしかない。
しかもタッゾなら、異母弟妹の親類から放たれる煩わしい追っ手どもも、返り討ちにするだろう。
しいて言うなら、考えるのも嫌で、真剣に嫌で仕方ないが、エノンの義兄になるくらいだ。
だから、本当に両親が何かを言って来る前に……。
自問自答を終え、僕は足を止める。
足を止めた僕に気が付き、振り返ったタッゾの手を今度は自ら捕まえた。
険悪とまではいかないが、今のこの雰囲気で方向性を捻じ曲げられるか?
物は試し。
行動に出るなら、早ければ早い方がいい。
「そういえば、タッゾ。僕はお前の飼い主なのに、1度も餌を与えた事がないな」
「……餌?」
唐突な話題転換で、さすがのタッゾも追い付けなかったらしい。
疑問符がタッゾの周囲に見えそうで、可笑しかった。
もっとも実際は、こんな事を言い出した僕の頭の方がよっぽど可笑しいのかも知れない。
先の言葉を取り消さず、より具体的に続ける。
「ここまで追って来てくれたご褒美に。今だけ、この体をくれてやろうか?」
タッゾが乗っても乗らなくても、こちらに損はない。
貴族の間には、奇妙な風習が残っていて、結婚相手の女性には、純潔である事が望まれる。
特に魔術師の一族で、両親の能力を受け継がせたい場合がそうだった。
純潔でなくなり他の男性の残滓があると、両親の魔力が旨く混じり合わなくなるといわれているのだ。
だが両親から自分という存在が生まれている以上、外見はともかく能力云々に関して、僕は全く信じていない。
それでも、信じている貴族がいる事も事実だった。
僕の能力の低さを知られたくないらしく、未だに両親は僕に新しい婚約者を見繕おうとはしていない。
園で僕がわざと魔法能力を抑えているという噂が、いつまで経っても消えないのは、両親が僕の力が弱い事を否定しないせいもあるのではないかと思う。
「……」
「……」
……というか、タッゾからの答えが遅過ぎる。
来る者拒まずのはずだろうが?
まさか露骨過ぎて、引いたとかいうのではないだろうなぁ?
つまりは何か?
実は強がっていただけなの~来てくれて嬉しい~とか何とか、頼りなさげに縋ってみた方が良かったか?
それはそれで、タッゾの場合、僕に、僕から掛け離れた理想像を重ね過ぎている感があるから、それが大きく崩れて、僕への謎な感情が一気に冷めそうな気もする。
とりあえず話に乗れないのなら乗れないで、さっさとそう答えて欲しい。
誰かへのご褒美が自分自身とか、我ながら恥ずかしい言葉だったと思っているんだが。
そう僕が思った矢先に、
「じゃあ帰りましょうか、リティさん」
「あ? あぁ……?」
なぜかタッゾに手を繋ぎ直された。
これは拒否されたとみていいのか?
頭に疑問符を付けたまま、僕はタッゾとダンジョンを後にした。




