19・回想(15)
無性に煩わしいものを、追い払いたい気分になり、僕は1人、スエートの街の外に出た。
だが如何せん、曰く付きな所へ向かうには、僕は弱過ぎ力不足だ。
煩わしいもの、つまり付け回して来る者を、追い払うどころではない。
たが今日は心強い助っ人がいた。
たまに現れる雛鳥に似たこの存在は、たぶんエノンに憑いている人外の凰の1欠片なのではないかと、僕は勝手に想像している。
入園する時に、家からスエートに僕を連れて来てくれた人外を、側に置く事について考えた1件があったからか、正直僕は自分から率先して、人外を従え様とはして来なかった。
だから現在、僕が側に寄って来るのを認めている人外は、この雛だけだ。
共にあるというよりは、たまに僕を遊びに来ている、この1つだけ。
本当は雛も近寄らせる気はなかったのだが、僕が何を言っても身振りで示してみても、キョトン分かりませんな態度で、何度もやって来る。
すっかり遊びに来るのを、黙認してしまっている状況だ。
でも雛以外は近寄らせないと決めている。
雛鳥の様な人外が現れたとしても、今度こそ、もう絶対に。
僕が鳥の雛の様な存在に弱い事は、認めるとしても。
いくら姿形がエノンを連想させたって、決してエノン本人ではないのだから。
僕に憑いているわけではないから、命名もしない。
啄まれるまで気付かず、あれ? と思って頭にやった手に人外の雛が乗って来て、ようやく気が付いたという事もあるくらい。
それほど存在感が薄いのだ。
「力を貸してくれる?」
そ~っと撫でながら聞くと、肯定らしき意識が流れてきた。
それと同時に人外の雛が教えてくれる煩わしい気配は、今のところ3つ。
2つが異母弟妹の親族に雇われた者で、もう1つはタッゾ。
これならいけるかも……。
僕でも対応出来る、近場のダンジョンへと向かった。
ダンジョンとして1番有名なのは、人間ではなく、神々が住んでいたとか、何かを封じてとか、曰く付きの迷宮である。
基本的にそこに辿り着けなくする為に構造され、更に改築や増築が重ねられたものまであったりする。
それ以外にも、魔物を含む人外には、それぞれ好みの環境があるというのは、それらに少し詳しい者達の共通認識だろう。
例えば、灼熱や極寒。
火山や氷海という、暑過ぎ寒過ぎという、人間にとっては信じられない様な、環境に住むものもいる。
噴火する火山のマグマから、魔物が出現したという報告書もあるくらいだ。
人間がこれまで住んだ事もない土地はいくらでもある。
しかし逆に、当然、人間の生息地域と被っている人外達もいる。
数十年百年、更に千年、それ以上という時の流れでみていくと、人が大勢で集まって暮らしていく都は遷っていくものらしい。
王といった、その時代の権力者が変わると、それまでの都がアッサリと放置されるからだ。
もちろん天災や魔物が原因で、人が他所へ移り住むという事もあっただろう。
服装や魔術で補うとしても、人間には暮らしていきやすい環境というものがある。
そんな諸々の事情で、人間には手が出ない捨てられた地に、いつしか魔物が棲みつく事だってある。
魔物が棲み着き、さらに人が手を出せなくなった地、いわゆるダンジョンが出来上がるのだ。
まあ例外として、激戦跡地の様に、完全に生物を受け入れない地もあるのだが、スエート周辺はそこまで明確に魔物の領域とされる地はない。
それでも魔物が出ないわけではないので、魔物狩りの依頼が途切れる事はない。
そんな魔物のいるダンジョンの1つに、僕はゆっくり入っていく。
近くの魔物の位置を、予め人外の雛は教えてくれるので、とりあえず不意打ちを食らう事はない。
しっかり着実にを心掛け、ダンジョンを進みながら魔物狩りをした。
倒された魔物は、倒されて少し経つと、小さなきらめきを光らせながら姿が消える。
倒された魔物の力が小さければ小さいほど、姿が消えるのも早い。
力が大きい魔物は、姿がしばらく残るため、その間に素材や魔石を確保するのだ。
だから人外の雛が魔物が倒れた後の地面に、啄む仕草を始めて見た時には、こんな場所に食べるものなんてあるのか、と疑問に思ったものだ。
だが何度も、そんな姿を見かける機会があったので、何があるんだろうと雛が啄む地面を、じ~っと眺めるようになってしまった。
それ故、気が付けたのだ。
きらめき1つ1つが、微小な魔石だった事に。
それは、魔物を含む人外の食事についてや、魔石について、調べようと思う良い機会になった。
エノンと共に学園に居残る為には、僕も何かしら学ばなくてはならなかったから、良い課題でもあった。
そしてどんどん調べていくうちに、魔物同士の共食いがある事、しかも聖獣と呼ばれる存在が、魔物を丸呑みしたという逸話も見つかった。
つまり、僕は人外の雛の親代わりをしているのか? という考えが沸く。
僕にそんな気はさらさらなかったが、今の状況は、狩った魔物を僕が雛に与えている餌付け図とも思える。
これまでもエノンが危険に陥った時に、いつも知らせてくれ、しかもダンジョン内では食事のお礼なのか、周囲の状況まで教えてくれる。
「懐かせようと餌付けしてるだろう!」
紛らわしい事をしているのは事実なので、そう責められても文句は言えない。
今のところ、鳳と雛の姿が僕しか見えていないので、事なきを得ているだけだ。
今でも悔やんでも悔やみ切れない、エノンに伸びていた手に、人外の雛から知らされるまで、全く気付けなかったあの時。
そして古くは、スエートまで送ってくれた、あの人外を拒否した時。
全部、引き下がって離れてくれたのは、これまではただの偶然だと思っていた。
だが、今なら確かめる事が出来る。
もしかしたら、僕の声には力があるかも知れないと期待する。
声に力があるから、エノンに憑いている人外の雛も、僕の言う事まで聞いてくれるのではないかと。
そこで緩やかに、僕は歌い始めた。
ダメ男との、別れを決意した歌。
ダメ男が自分に対して、本気じゃないと分かっているのに、近づいて来られると、どうしても気になってしまう。
どうせ遊び。
ただの暇つぶし。
それとも、お金が欲しいだけ。
こんな馬鹿な奴がいたんだと吹聴した後は、思い出しもしないで忘れ去って。
もう側に寄って来ないで。
そんな調子で初めから終わりまで。
もしかしたら決意どころか、ダメ男の態度に悩んでいるだけかもしれないし、本当に別れられたかは怪しいと思う。
そもそも、歌の内容が現実にあった事かどうかなんて、どうでもいいのだ。
考えなくて、問題ない。
ただ僕は歌詞のままに、3つの気配に向かって声を飛ばす。
心の中で勝手に意識するだけという、あくまで気持ちのみ。
白昼に街中で賭け事に興じ、寂れたダンジョンでは歌い出す、取るに足らない小娘。
それが僕だと、異母弟妹の親族には報告してもらえればいい。
異母弟妹の親族に雇われた者達。
煩わしい追っ手が2人に、今日はタッゾという手強い実験体が現れてくれたという訳だ。
僕が歌い続ける間に、煩わしい追っ手が居なくなれば、僕の声には力があるのだと、思う事が出来る。
付いて来る気配が1つ減り、2つ減り……もう1つ。
今、1番減って欲しい、最近の悩みの種。
しばらく歌を重ねてみるが、その最後の1つがどうしても離れていかない。
僕はため息を吐いた。
結論、僕の声に魔法など宿っていない。




