17・回想(13)
それが仮にも主人に対する態度か? と、叱責するか、もしくはツッコミを入れる気にもなれないくらい、タッゾの態度に呆れていると、嬉しい人がやって来た。
「今日は見た事がないのと一緒なんだな。……揉め事か?」
表情はちっとも険しくないのだが、後半部分を若干低くして問われたという事は、どうやら心配を掛けてしまったらしい。
「ヤースさん、こんにちは」
「やぁ、リティ」
そう言って、ヤースさんはいつもの様に握った両手を出してくる。
「じゃあ、……右で」
たぶん、どちらを選んでも小さなお菓子が、ヤースさんの手の中には入っているのだ。
両手を同時に開けてもらったり、もう一方の手には何が入っているのかと、聞いた事はない。
それなのに、どうして知ったかというと、1度もハズレがないからだ。
始めは連続当たりで、運が良いと思っていたけれど、さすがに毎回だったから、両手に入っているのだという事に気付けた。
ヤースさんはこうして時々、お菓子をプレゼントしてくれた。
早速僕は口に放り込み、お礼を言う。
「ありがとうございます。美味しいです」
「どういたしまして。……で、彼は?」
何も問題はないと口外に告げる為にも、いつも通りに振舞っていたのだが、やはりヤースさんはタッゾが気になるらしい。
すぐに切れる縁だから、正直ヤースさんにタッゾを紹介する気がなかった、というのもある。
「新しく入ってきた園の後輩で、自称、僕の飼い犬のタッゾです」
「飼い犬?」
「だから大丈夫ですよ」
心配を掛け続けるのも申し訳ないと答えた僕に、ヤースさんが首を捻った。
「う~ん、世代差かな? 彼、大人しく誰かに飼われるようなタイプには見えないが?」
「僕もそう思います。さっさと飽きて、すぐにこちらを見向きもしなくなるでしょう」
「やっぱ、ひでぇ言い様ですねぇ、リティさん」
とか何とか、タッゾが口を挟んで来るが、本当の事だろうがっと無言で返す。
「ふむ? まぁ手に負えない駄犬と化したら、ちゃんと言うんだよ?」
「はい」
いつもよりほんの少し厳しい視線でタッゾを、そして僕に対しては結局心配そうな瞳で、僕達を何度か見比べ、首を捻りながら去っていった。
せっかく飼い犬だと紹介したのに、かなり不満そうな表情をして、タッゾが言って来る。
「随分と親しそうでしたけど……?」
やはり飼われたいなんて言葉は、ただの上辺だけなのだろう。
両親に対する僕とは、かけ離れていた。
ヤースさんにはタッゾの事を紹介した事だしと、僕はありのまま答える。
「エノンのお父上だ」
「へ~、あれが。その割には雛先輩の事はちっとも話に出ませんでしたね」
「ヤースさんはその気になれば、いつでもエノンに会える。エノンからだって会いに行くから、僕からの近況報告を聞き出すまでもない」
ヤースさんは極端だが、ここに座っている僕に声を掛けて来る面々から、エノンの事を元気か? と尋ねられる事は多い。
けれど、今度はいつ来る? とは早々に言われなくなった。
きっと勉強もあるし、何より催促されたからではなく、エノン本人がここに来たいか否かという意志を、尊重してくれているのだろう。
それでも、エノンがどうしているか気になって、ついつい僕に尋ねたくなる気持ちは、とってもよく分かった。
それに最近エノンとはほとんど一緒しないのだが、それでもエノンと僕が今も、仲良くしていると思ってもらえているのは、やはり嬉しい事だ。




