表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄道団欒+うそだよ  作者: きいまき
15/100

15・回想(11)




 朝、自室の扉を開いた途端に、僕は思考を回転させなくてはならなかった。


「おはようございます、リティさん。本日はお願……」

「断る」


「……実は」

「他を当たれ」


 立っていたのはタッゾで、エノンに関する以外の面倒事を、受け入れたくない僕は最後まで聞かずに即答した。

 第一、ろくでもない内容に決まっている。


 そのお願いとやらを聞いてしまえば、最後の様な気がした。

 絶対に僕が叶える様に、仕向けられるに違いない。


 傷付いたような表情をタッゾは浮かべているが、どこまでが本当か分からない。

 そんなタッゾを無視して扉を閉める。


「ちょっ。リティさんッ!」


 タッゾが部屋の扉を叩いてくるが、諦めるまで居留守を使おう。

 そう思っていた僕の耳に、エノンの怒鳴り声が飛び込んで来た。


「リティに近づくなって言っただろ~ッ!」

「雛先輩、ど~も。リティさんと同じ寮なんですね~」


「どうやって調べたんだよ、部屋ッ?」

「それは企業秘密ってやつです」


「ふざけんなッ!」


 エノンの声だけが廊下に響き渡っている。

 誰がどう見ても、エノンの方の分が悪い。


 僕の自室を調べ上げたくらいだから、タッゾはエノンが僕と同じ寮である事くらい、知っていたに違いなかった。

 あくまでも軽い調子でとぼけ通すタッゾに、ますます警戒の必要を感じる。


「しょうがない」

 エノンの為だと、渋々僕は部屋の扉を開けた。


「……エノンは? どうしてここに?」

「朝、リティが食べに来てないって聞いて。で、果物なら食べられるかなって、持って来た」


「ありがとう」

「うん。はいっ」


 正直食欲がない。

 無理に口に入れても、いつまでも呑み込めずに溜まりそうだった。


 けれど表皮を剥くだけで食べられる果物を、エノンは差し出してきた。

 他の誰でもないエノンからだったから、果物を僕は受け取る。


「教室で、空き時間に食べれるのにしたからさ」

「うん。ありがとう」


 さすがエノン。

 今は無理でも、そのうち食欲が湧いたら、すぐに食べれる物をチョイスしてくれた。


「カバンも持っているみたいだし、それじゃあ、リティ行こう」


 どうやらエノンは、園への迎えに来てくれたようだ。

 今朝は遅刻だと内心思っていたが、実は運が良い日なのかも知れない。


 タッゾさえ居なければ、さっさと僕は園に向かっていただろうから、こうしてエノンと一緒に園へ向かう事だってなかった。

 ほくほく気分である。



 しかし、園へ向かうのはタッゾも同じ。

 しばらくしないうちに、エノンとタッゾのやり取りは再発した。


 いつもなら、園に向かうまでエノンと話しているのは僕。

 それなのに、今朝のエノンの話し相手はタッゾ。


 言い合いをしているタッゾは、エノンを何だと思っているのか全く相手にしていない。


「俺はリティさんにお願いがあるんです。だから雛先輩にはちょっと黙っててほしいんですけど?」

「何だよ、そのお願いってッ?」


「雛先輩にはこれっぽっちも関係ありませんから、リティさんにだけ言いま~す」

「何だと~ッ?」


 エノンと一緒にいると付いて回る視線だが、今日は目立つ存在がもう1人増えている。

 お陰で周囲から、かなり目を引いていた。


 それもあって段々、タッゾの存在が僕の神経に触り出した。


 エノンとの大切な朝の時間を、このまま邪魔され続けるのと、存在を遠ざける為にタッゾの願いを叶えるのと、どちらがいいかを思考の天秤に乗せる……。

 どちらも嫌で、溜め息が出た。


 もうすぐそれぞれの教室に向かって、別れる地点に差し掛かるのに、今朝はタッゾが邪魔してエノンとろくに話せなかった。


 そんな事を思い始めたその時、誰に聞かれても構わないと考えを改めたらしく、タッゾはエノンの存在を無視して、僕に言って来た。


「俺の飼い主になってほしいんです、リティさんに」

「はぁ……ッ?」


「……」

 本当に、朝から色々と考えさせてくれる。


 エノンが素っ頓狂な声を上げたのも、無理はない。

 僕はタッゾを睨み付けた。


「さっき断ると言った。……お前の教室はあっち」

「ヤレヤレ。でも、絶対に聞き届けてもらいますから」


 肩を竦めて去って行ったものの、タッゾに諦めの色はない。

 何かを企んでいるはずなのだが、それを読む事が全く出来なかった。


 付け加えて、飼うという言葉は、僕に苛立ちを増幅させる。


 僕は、両親に飼われているから。

 飼われている自分に、たまに憤懣を感じるから。


 僕は両親の聞き分けの良い飼い犬だが、タッゾが聞き分けの良い犬になるなぞ、全く想像が出来ないから。

 そして、それが本当に羨ましいから。


「アイツ、何を考えてやがんだ~ッ。先輩を雛呼ばわりじゃ飽き足らず、リティに変な事を頼みやがって~ッ!」

 エノンが僕の為に、憮然として叫んでくれているのを見て、何となく心が落ち着いた。


 相手がタッゾである以上、過剰反応は禁物だ。

 一昨日、接触した時の様に、タッゾの流れに溺れる事なく、冷静に様子を窺うのが肝心である。


 タッゾは僕を飼いたいのではなく、自分を飼ってほしいと言っていた。


 ならば……いっその事、高飛車に反応してやった方が、いいのかもしれない。

 願いを叶えてやると高慢な態度に出た方が、詰まらないと感じて、早々に僕に飽きてくれるだろう。


 だいたい野性の獣が本気で誰かに飼われたいと願うものか?

 答えは、否だ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ