13・乗車
タッゾと僕が座席に着くのと、ほぼ同時に車内アナウンスが流れる。
「ご利用の列車はストロミール行きです。停車駅はミルド、サリマター、終点ストロミールに停まります。終点のストロミール駅には10時53分到着の予定です。ご利用の列車はすべて指定席でございます。1番前の8号車はグリーン席となっております。9時28分発、特急ストロミール行きです。発車までしばらくお待ち下さい」
僕達が座っているのは8号車の10番A・B席。
もちろん僕が窓際だ。
ちなみにストロミール駅からスエート駅に来る列車の、先頭は1号車1番となる。
グリーン車は他の号車よりも窓が大きく、備え付けのテーブル・手摺り・足載せ台がしっかりしていて、座席自体のクッションも違う。
その分グリーン車に乗る為には、乗車券・特急券の通常料金に加え、別料金が掛かってしまう。
その事を悩みはしたのだが、特急ストロミール行きのグリーン車料金は、ソフトドリンク2杯分程度の金額だった。
しかも予め、乗る日の1ヵ月前から切符を取得する事が出来るのだが、1番席がまだ空席だったのだ。
これを逃すのは勿体無い! という事で、今回はグリーン車を採ってみた。
無事に発車するに決まっているのだが、いつも発車までの間は何だかそわそわしてしまう。
これからの旅路に対しての期待感による、そわそわも入っているとは思う。
「お待ちどお様でした。特急ストロミール行き、まもなく発車です。ご乗車のまま、お待ち下さい」
そんなアナウンスの後、それほど間を置かずに発車ベルがなる。
そして列車は動き出した。
「ご乗車ありがとうございます。この列車は特急ストロミール行き、全車指定席です。次の停車駅はミルドです。次のミルド駅には、9時58分の到着を予定しております」
行ってくるよ、エノン。
たった数日後にはまたスエートに戻って来るのだが、僕は心持ち振り向いて、街ではなくエノンに心の中で告げる。
自発的に計画した、鉄道旅行だ。
けれど、それなのに。
エノンと一緒にスエートを離れる時には、何も思わないのだが、エノンを置いていく形になる時は、いつも後ろ髪を引かれる。
……と、僕の左手はタッゾに強引に取られた。
「何だ、タッゾ?」
文句に対して笑うと、タッゾは僕と目を合わせたまま僕の指先に唇を落とす。
「エノンの事を考えるな、という事か?」
いつもの事だというのに煩わしいと、僕は殊更低い声を出すが、タッゾはケロッとして言う。
「リティさんの体は俺の。つまり左手も俺の自由って事で」
「餌の時間だけだろうが、全く……」
僕はこれ見よがしに、溜め息を吐いた。
当たり前だが僕はタッゾの小さい頃の事は、せいぜいタッゾ自身の話から想像するくらいしか出来ない。
集落全体がまるで1つの家族のようで、知らない顔は滅多にやって来ない。
家業を手伝い終われば、森に入っておやつを調達しついでに、夕食のおかずを探し……。
枝を削って作った木刀を始めとした、手製の武器や罠。
そして獣だけではなく、魔物も倒す様になったのがきっかけで腕を認められ、園の事も紹介された。
タッゾの思い出話には、もちろんエノンを奪ってくれた、タッゾの妹のレミも登場するわけで……。
園の存在を兄妹に教えた人物を、心底恨みたくなる。
長閑な田舎で、なぜタッゾの様な人物が育ってしまったのか?
もしやタッゾの言う、ちょっとした悪戯が実はあまりに酷く、体の良い厄介払いだったのではないかと、僕は常々疑っていた。
「いい加減に僕の左手を返せ。しっかり両手で持って見ておくといい」
僕は右手で荷物から今日の分の予定表を取り出し、タッゾに渡した。
タッゾにその気がない以上、細かい時間は覚えられないだろうが、乗換駅くらいなら記憶に残るだろう。
スエートの街を出、いくつかの小さな町と合間の田畑や川や森を越え、海に出る。
海岸にはちらほらと釣りをしている人がおり、車窓には大きく青い海がどこまでも続いていた。




