11・タッゾ①
半月ほど園の敷地内を、レミと一緒に彷徨って、昼休みにぐうたらする場所は、ここ数年くらい使われていなさそうな、温室に決まった。
温室を作ったはいいが、手を掛ける人間がいなくて、すっかり薄汚くなり、そうなった事で、ますます誰も寄り付かなくなったのだろう。
どれくらい捨て置かれていたのだろう温室には、人がいない代わりに雛がいた。
しかもソファーベットに寝っ転がり、日向ぼっこをする雛だ。
その雛は入って来た俺達を見て目を見開き、そしてなぜかレミまでが不自然な形で固まっている。
その上、口をはくはくさせた後でレミは。
「好きです恋してます愛してますっ。私を彼女にいえ、結婚して下さいっ! 一生添い遂げて下さいっっ」
それはそれは、もう一気に宣った。
そしてそれを聞いた雛はというと、一目散に逃げ出してしまったのだった。
ショックを隠し切れないレミの様子に、俺は思わず忍び笑ってしまった。
それを聞き付けたレミは舌打ちし、俺を睨み付けて来る。
「……何よ」
「いや、ま~? お前、あ~ゆ~のタイプだっけ? あれ、絶対にお前より弱いぞ。しかも何ださっきの、好きです云々」
「タイプじゃなかったけど、弱いだろうけど……どうしよ、絶対好き。想いが溢れて止まらないって気持ち、今めちゃくちゃ分かる。とりあえず名前知りたい、専攻してるの何だろ?
また来るかな会えるかな、触りたい押し倒したいっ! あぁすぐに追い掛けなくっちゃっ!」
レミの目が獲物を見つけた獣のごとく、キラキラしている。
しかも良からぬ妄想をしているらしく、どんどん鋭くなっていった。
「おいおい、レミ。ここは1つ冷静になって、よ~く考えてみようじゃないか。妹が性犯罪で捕まったら、お兄ちゃん悲しい」
「……」
レミは黙り込んで返事もして来ないが、とりあえず今すぐ追い掛ける事は留まった。
それでも、目はギラギラさせたまま。
正直、こんな風なレミは初めてだ。
これは言っても無駄だろうな。
でもレミには悪いが、逃げられたら終いだろう。
お互い一目で、激しい恋に落ちたとか何とかには、ならなかったわけだから。
協力する気は更々ない、つもりの俺だった。
昼食を終え、レミが雛の置いて行ったゴミを持ち、教室に戻ろうとして、温室の扉に何かが貼り付けてあるのを見るまでは。
書かれた内容のわりに、字体はやけにキッチリしている。
神経質なのか、それとも完璧主義なのか。
とにかくそのせいで書いたのが、男か女かは分からないが、そこからは獲物の匂いがした。
食らう?
それとも、からかって遊ぶ?
さ~、どうしよう。
「これで考え変わっちゃったかな~。協力してあげよう、妹よ。いや~園も楽しそうな所で良かった~」
「ちょっと、目が輝いてるんですけど」
「いやいや、レミの恋する瞳には適いませ~ん。何が何でも、あの雛を手に入れてもらうよ?」
俺はちろっと唇を舌で舐めた。
威嚇して来るような文面からして、雛の関係者だろうが、平静時に俺達に真っ向から向かって来る奴はそういない。
でも雛がレミの毒牙に捕えられれば、必ず黙っていられなくて出て来るはずだ……引き摺り出してやる。
だ~れが、こんな命令形に従うかっ。
顔を見合わせてニヤッと笑った俺とレミは、件の貼り紙を握り潰して、先程のゴミと一緒にゴミ箱へ捨てた。
温室の雛……これが、レミには運命を変える出会いになった。
何せ今まで去る者は追わず、それも欲望を満たすだけの関係しか、持とうとしかなったレミが、雛だけに焦点を絞ってしまったのだから。
でも俺も、妹の変わりようを見て、面白がってばかりもいられなかった。




