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井の中の犬飼、ラブコメを知らず。 #恋愛漫画に異世界転移、猫様のため、ヒロイン全員殺します

作者: 牛田もー太朗

(女性は敵、殺すべし)


顔に真っ赤な血を付着させた青年が、地面に転がる女性の死体を無心で眺めている。彼の名前は犬飼いぬかい朔之助さくのすけ。コードネームはまだない。本人に名乗る気がないからだ。


犬飼朔之助の正体は殺し屋一家のひとり息子で、現役の凄腕殺し屋なのだ。


彼は男子高校生にして殺人を平気で行っている。


彼の暗殺対象はいつも、浮気や不倫、美人局つつもたせいった悪事を働く女性であり、男は滅多に殺さない。たまに手違いで殺してしまうことがある程度。その時はすごく怒られる。


彼は人の心とかないので、問答無用でターゲットを根絶やしにする、ポーカーフェイスの持ち主だ。


「はぁ猫飼いたいな」


犬飼は最近、この世で働く殺しの仕事に飽きていた。現実世界の人間は弱すぎるからだ。みんな脆くてすぐに死んでしまう。どうせなら猫でも飼って静かに暮らしたいが、自分の名前が犬飼なので猫を飼うのは猫にとって申し訳ないと思っている。そしていつも学校に行く時、現実を感じる。


何も考えずに登校する時だけが楽しい。それ以外何もない学校へ、なぜ自分は行かなくてはならないのか。


行かなくていいなら行かないけれど、行かないことを許されるような言い訳が思い浮かばない。


無頓着で何を考えているかわからない犬飼でも、何故かクラスではめちゃくちゃモテていた。


要は見た目である。彼は色白でストレートな黒髪の似合う、顔はそこまで悪くない男なのだ。消極的なところもまた女子ウケがいいので、よくクラスの男の恨みを買う。


そんな犬飼の夢は、一匹の猫と、女のいない世界で、ぼーっと生きること。


彼女とかいらない。必要性がないから。


顔がいいことと強いこと以外に良さのない犬飼だが、頑張って人生を遂行しようとしているのだ。もう少し褒めてくれてもいいと思う。


朝食のパンを食べ終わった彼は大好きな家を出て、無心で歩いて高校へ向かう。


あくびをしながら外の風景を眺める。昨日と何一つ変わらない景色だ。


「あー」


犬飼の視線の先ではヘッドホンを装着した女子生徒が、歩きスマホをしながらぼんやり歩いている。名前を知らない生徒だ。彼女のような女性は男に狙われやすいので、変な男に付き纏われたりしないことを願う。


そして彼女はそのまま横断歩道を渡り出した。その信号はしっかり赤を示している。


スマホに夢中で赤信号に気付いていないようだ。


道路では一台のトラックが走っている。あのままでは衝突は免れないだろう。


もしも事故った時、目撃者としての事情聴取とか面倒くさいので、犬飼は彼女を助けることにした。グッと足に力を入れる。地面を駆け、遠くの方にいる彼女の元へ向かう。彼女に近づくと彼女の背中に腕を回した。


彼女をお姫様抱っこの状態にして、彼はトラックのキャビンを蹴る。そして横断歩道の向こう側に、華麗に着地した。


ヘッドホンの女子生徒は驚いたような顔で助けてくれた犬飼の顔を覗いていた。


「……?」


犬飼はその女子生徒の身体に触れているとき、若干の違和感を感じた。普通の少女にしては身体つきがゴツすぎる気がする。


よく見るとタイツを履いたその足も、女子にしては筋張っている。


「何してんすか、小瀧こたきさん」


犬飼は蔑むような目で、腕の中の女子高生、小瀧を見下ろす。


金髪ショートカットに派手な黒いヘッドホン。制服のスカートは折り曲げてかなり短くしている。だからこそ、性癖丸出しのこのを見て犬飼は味わったことのない気持ち悪さを感じた。


この男、小瀧こと小瀧大介だいすけは別に顔が整っているわけでもない、ごく普通の男だ。しかし女装趣味という特殊性癖を除けば、仲間想いの優しい奴である。彼は好みのタイプをコロコロ変えてはそのタイプに近い見た目に扮する、良く言えば変装のプロだ。少し前までは立派な地雷系女子のコスプレをしていたぐらい。


彼も犬飼と同じ殺し屋一家の息子で、その豊富な変装技術をうまく使い、ターゲットを騙しては葬る凄腕だ。犬飼も彼の実力を認めている。というか自分は彼と同い年だが、殺し屋業界では、彼の方が先輩だ。彼に教わったことは、少ないながら、あるにはある。一応感謝はしないといけない。


しかしこの男が変装をして現れるのは任務の時だけである。それ以外の時は普通に男子高校生の見た目をしているはず。


小瀧は犬飼に下せとせがんできた。隙だらけで殺しやすかったのに、彼を手放すのはもったいない。


「新任務だよ、お前に」


小瀧はぶっきらぼうに言葉を吐き捨てる。彼はこういうところに男が出ている気がする。しかし何故かターゲットは彼が男だと気づかない。


その後も何も受け応えせず、小瀧の話に耳を傾けていた。


「……異世界転移?」


小瀧の話に犬飼は耳を疑った。しかし彼は間違いなくそう言ったと思う。


「ああ、俺とお前で異世界転移して、その学校の女子を一人残らずブッ殺す。それが今回の任務だ」


そもそも前提が入ってこない。まじか、司令官ハンドラーの思考回路もエグいな。そしてこんなこと通学路で話す内容ではない。


まず異世界転移なんてどうやってするのだろう。


「残念なことに、その学校の女子が」


−不老不死のスキルを持ってるんだとさ。


時間が止まったような気がした。犬飼は動く自動車の音以外に現実要素を感じられなかった。


「スキル?」


「#プロポーゼル っていうスキルで、とある条件を達成しないと寿命が15歳で止まるらしい」


だめだ全く話についていけない。まずなんだスキルって。


「条件ってのは」


「一人の異性に恋することだ」


犬飼は目が回りそうになった。恋なんて一番自分が苦手な部類の依頼だ。


「ひゃう」


「なんだその奇声」


恋愛の部類に全く興味のない犬飼に対する司令官の奸計なのだろうか。にしてはイタズラがすぎる。思わず変な声をあげる犬飼を小瀧が見下すように笑った。腹立つ顔だ。今すぐこいつも殺してやりたい。


他人の恋愛ならどうでもいいんだが、小瀧が関わるとろくなことがない気がする。


「ていうかそれ誰が依頼してきたんですか」


ただの迷惑依頼の可能性もあるので一応質問しておく。彼は色恋沙汰の依頼が大好物なので、もしかしたら依頼に盲目になっているかもしれない。


小瀧曰くその依頼主は異世界にある女子校の理事長らしい。来年度から共学化するので、恋愛禁止の校則にしようとしているらしいが、生徒たちが話を聞かないそうだ。そのため一度痛い目見せたいと。


「いやでも死んじゃいますって」


死んだら痛い目もクソもないだろうに、その理事長は馬鹿なのか。


「それがそんなこともないらしいぞ。というか大前提、その女たち殺せないから」


死ねない人を殺せというのか、それもそれで馬鹿な理事長だ。


恋愛とかあまりしたくないというか興味がないが、仕事となれば断りづらい。犬飼は小瀧の持ってきた依頼を受けることにした。小瀧も異世界にはついてきてくれるらしい。しかし任務自体に彼は干渉してくれないそうだ。こういうところだけケチな男だ。痛いのを避けているのがよくわかる。


「イケメンと美人転校生ってか」


意地悪そうに小瀧は笑う。それに対して犬飼はなんとなく頷く。実際イケメンかと言われると微妙な小瀧だが。


「で、小瀧さんはその見た目で登校するんすか」


犬飼の質問に小瀧は頷いた。犬飼はゴミを見るような目で小瀧を見る。とてもじゃないが正常な視線で見ていられるような人種ではない。


「流石にスカートが短すぎるかと」


正直な感想を彼に告げる。すると小瀧は珍しく顔を赤くして口ごもった。彼はなぜこの見た目で男だとバレないと思っているのだろうか。


「ところで名前はどうするんですか。俺、コードネーム考えるの面倒くさいんですけど」


「あーどうせ異世界だしこのままの名前でいいよ」


「は、はあ」


実は結構話が進んでいたようだ。断っていたらどうなっていたことか。


ある程度話し終えると小瀧は校舎の方へ走り去ってしまった。犬飼も彼をゆったり追いかけながら校舎へ向かう。小瀧は足が遅いので歩いてでも追いついた。彼もおそらく本気で走ってはいないが。


そしてクラスが離れている彼ら二人は教室前で決別した。別れてから犬飼は思った。


(猫飼いたいな……)


ではなく、その異世界とは具体的にどのような世界なのか聞いておくべきだったなと。猫がいっぱいいる世界だったらいいな。なんて考えながら、クラスの端っこの方の席で犬飼は突っ伏せていた。昨日は任務であまり寝れていない。


もともとロングスリーパーなので、寝れないのは結構きつい。それに犬飼は脳筋タイプなので頭があまりよくない。テストの点も、特に数学は大赤字だ。


勉強なんてしたくないし、殺しの仕事に数学は関係ないと思う。理科は必要かもしれない。人体の構図を理解していないと殺せるものも殺せない。国語……文脈を理解していないと依頼主の意図が読めないから必要。社会は歴史は必要ないけど、地理は道に迷わないように勉強しないといけない。副教科は結構どうでもいいけれど、それなりにやらなくてはいけない。体育は敢えてできないように見せている。殺し屋であることを小瀧以外の生徒にバレたら後々面倒だからだ。部活もなんとなく入って美術部の幽霊部員をしている。


授業中に寝てしまったら自分の今後が危ない。どれほどいやでも授業は受けないといけない。


どうにか授業を乗り切り、1日の学校生活を終えた。


帰り道でも犬飼は小瀧に迫られた。


「んで、19時な?19時になったら異世界行くからな!!」


小瀧は犬飼の背中をドンっと押す。


異世界に行く。なんだこのパワーワードは。


異世界の女は強いのだろうか。現実世界の女は口だけ達者で何も魅力がないことが多い。


もしかしたら異世界の人間に自分は恋したりするのだろうか。


(でもなぁ、女は殺すものだと父上が仰られてましたし)


感情移入なんてしない。殺しという仕事に感情は関係ないから。


少なくとも、自分のような男は感情を狩場に連れて行かない。もしかしたら小瀧は感情を利用するのかもしれないけれど、人の感情を読むのが苦手な自分は、言われたことを淡々とやるしか仕事がない。


究極の指示待ち人間。それが犬飼朔之助という男である。


「ほれ、これよ」


小瀧は小さなPTPシートを手渡してきた。どこにでもありそうなごく普通の薬がいくつか入っている。何も考えずに犬飼はそのPTPシートを受け取った。


「それを飲めば異世界に行けるって。ちな夜だけな」


小瀧は説明を繰り返す。この薬を飲んでいける先は夜に登校するのが普通の世界である”ナイトキャンパス”という異世界らしい。小瀧もその世界に行ったことはないが、司令官ハンドラー曰く、その世界は誰かが恋愛の欲望を膨らませたことによって誕生した世界だという。つまり昼と夜が逆転している生活が普通の世界ということか。


異世界にはどこにでも必ずこのような薬が存在していて、その薬を1日に1回飲まなくては、別世界からきた生き物はその世界から身を保てなくなるらしい。そして元の世界へ記憶を消されて戻されるとか。


小瀧との約束で、今日の19時になったら武器持ってこの薬を飲めと言われた。嚥下したら即異世界へ連れて行かれるので、場面の変化についていけずに嘔吐する者もいるそうだが、犬飼は至って冷静で何事も平常心で行えるので多分その辺は大丈夫だ。


そして今は18時59分。もう約束の時間になる。


「父上、母上、行ってまいります」


両親へ軽くお辞儀をすると、犬飼はそのまま薬へ手を伸ばした。そしてそれを口に放り込み、すぐに水で流した。


一瞬脳に直接刺激するような痛みが走ったが、特に味のしないそれに違和感を抱くことなく嚥下した。


◇◆◇


何者かに呼ばれている気がして、すぐに目を覚ました。目を覚ますとそこには小瀧こたきが座っていた。


「小瀧……」


犬飼いぬかいは仰向けになっている身体をむっくりと起き上がらせる。何やら重いものが下半身に乗っかっている。布団だ。どうやら小瀧は、全く起きない犬飼を寝かせてくれていたらしい。ふかふかと気持ちいい布団だ。家に持って帰りたい。


ってここどこだ。


「ここは異世界ホテルだよ。別世界からきた奴を泊めるためにある。しかも無料だ」


なんと優しいホテルだろう。こんなにふかふかのベッドを用意しておいて無料だなんて。


小瀧の話によると、このホテルは薬を飲んだ時間で部屋が変わるらしく、犬飼と小瀧は同じ時間に薬を飲んだので同じ部屋に入れられたようだ。


「だから目を覚ましたら横でお前が寝ててビビったよ」


「え?」


「いやマジで」


犬飼は吐きそうになった。まさかコイツと同じ布団の中で寝ていたなんて信じたくない。そして今の小瀧はしっかり女子高校生の姿だ。なおさら気持ち悪い。


まあ小瀧はあくまで女装趣味というだけで、恋愛対象は女性なのでここだけは幸運だったといえよう。無理矢理……とかはなかったようだ。


しかし今の小瀧は見たことのない服装をしている。女子用の制服なのだが、知らない学校の制服だ。


「あ、これ?これは任務先の制服だよ。お前のもあるから」


小瀧は犬飼にビニール袋を投げつける。慌ててそれを受け取り中身を確認すると、白くてシンプルな軍服のようなデザインの男性用衣服が入っていた。


不意に小瀧は壁にかけられた時計を見る。時刻はもう16時半を指していた。自分はかなり長いこと寝ていたようだ。


急いで服を着替える。小瀧がニヤニヤ微笑みながらジロジロ見てくるので好ましくなかったが、言い返すのもそれはそれで面倒くさいのでささっと着替えた。


そして手渡された通学バッグと、竹刀袋を肩から下げて、犬飼は部屋をでた。小瀧が早すぎると叱ってくるが、二人だけの空間に耐えられないので無視して飛び出した。


竹刀袋の中には本物のナタを仕込んでいる。犬飼の戦闘スタイルを考慮して少し長めの刃のものを愛用している。優しめに竹刀にしとこうとかいう優しさは彼にない。小瀧も小瀧で何かあった時の暗器として太ももや腕などの見えない位置に大量のクナイを隠している。自分たちはどこまで行っても日本の殺し屋なので、武器は全て日本製のものを使用している。自分には飛び道具の才能はないが、小瀧はそれをうまく使いこなすのですごい。


そして小瀧に案内されるがまま犬飼は街を歩いていった。かなり広い街で、ゲームセンターやメイド喫茶など娯楽に通じるものがかなり準備されている。


「ところで小瀧さん、ここなんの世界なんですか」


1番気になっていたことを小瀧に問いかける。かなりハイテンションで興奮気味の小瀧は笑顔で答えた。


「恋愛漫画の世界だよ」


「は?」


心の底から声が漏れる。恋愛漫画の世界?なんだそれは。


この世界は今後映画化する予定の恋愛漫画の”少し前”の世界で、恋愛禁止の元女子校の高校に転校てきたイケメン男子高校生を取り合う女子たちの恋愛バトルを描いたハーレムラブコメの世界らしい。そして何よりその作品の魅力は、キャラの濃い女子たちと、夜に登校する世界というギャップだとのこと。


その世界で、彼女たちにしっかり甘い恋をしてもらうための恋愛練習係として犬飼と小瀧は派遣されたのだ。


そして、殺すつもりで恋をしろ。と。


(ふざけるなよ……)


司令官ハンドラーが爆笑している姿が目に浮かぶ。犬飼は顔を青くした。


自分はめちゃくちゃモテている(らしい)けれども、生まれて17年経っても女性経験はゼロなのだ。女性は何をすれば喜ぶとか何をすれば萎えるとかいっさいわからない。


ラブコメ漫画の世界で甘酸っぱい恋をするなんて自分には早すぎる。


「俺はその漫画読んだけど結構ありがちな話だったよ、主人公が女子校だった高校に入学するんだけど、そこですげー美少女7人に迫られるのよ。で、その女子たちが主人公をオトそうと奮闘する話」


「はあ……?」


「お前はその主人公ちゃんたちの恋のリハーサル彼氏ってとこか」


小瀧は笑う。犬飼はそれに対してやはり青い顔で俯いているだけだった。


初恋(?)がリハーサル扱いになってしまうのか?


それはそれで腹たつな。


「んで、これがラブコメだからその女子たちは誰も死なないのよ。それがスキルって名前で反映されてるわけ。しかも本人たちには自覚なーし」


恋をするまで死なない#プロポーゼルというスキルのことか。


思ってたよりも厄介な任務になりそうだと犬飼は落ち込んだ。


「でもその任務をお前が遂行したら、猫が飼える家と可愛い猫ちゃんプレゼントだって。報酬に」


「なっ!?」


犬飼は目を輝かせた。夢にまで出た猫を飼えるのか?しかし犬飼は葛藤していた。犬飼が猫を飼ったら猫様に申し訳ないという気持ちと、猫を飼いたいという気持ちだ。


(あぁぁぁああぁあ!!!!)


猫を飼いたい。でも自分は犬飼で……。


いや犬飼が猫を飼ってはいけないとかいうルールないだろ。


つまり自分に猫を飼う権利はある!


それなら必死でやるしかない。


(猫様のためなら!!!)


いったい彼の機動力はなんなのか。ヒーローにしてはダサいので、猫だけはやめてほしい。


◇◆◇


星野ほしの花鈴かりんは憂鬱だった。恋愛は苦手……というか男子は苦手だ。昔太っていた彼女は「デブだ」といじめられた記憶があり、それが結構心に深く刺さっているからだ。思い出すのも結構辛い。なので心の中の箱の底に静かにしまっていた記憶なのだ。それなのに、ふとした瞬間にそれを思い出してしまう。


それを理由に女子校に入学したのに、今日からクラスにくる二人の転校生のうち一人は男子なんだという。


男子恐怖症というか、偏見なのはわかっているけれど、男子と生活するのは慣れていない。花鈴は複雑な気持ちで今日も登校していた。


勉強は得意だ。特に数学。計算は楽しいし、クラスでもかなり好成績を残している。今はクラスであまり目立った存在ではないものの、部活に熱心に励んで、自分なりの青春を謳歌している。


教室に入ると、すでに登校している生徒たちがざわざわと何かを話していた。会話の内容はやはりクラスにやってくる転校生のことだった。


「ねぇねぇ見た?」


HRの準備を終わらせて、席に突っ伏せている自分の横で、クラスメートが話している。


「転校生でしょ?」


「そうそう、めっちゃイケメンだった」


「女子はそこまでだったけど、まあまあかわいかったよ。金髪似合ってたし」


イケメン……か、と花鈴は失望する。別にイケメンが嫌いなわけではないが、相手の容姿が整いすぎている方が自分にとってストレスが大きいのだ。どうにも周りの目を気にしてしまうから。


女子の方は金髪……不良っぽそうなので関わりたくないな。


でもそのイケメンは不憫だ。この学校はなんせまだ女子校。来年から共学化するのでその慣らしに……とか思っているのだろうけれど、女子だらけの学校で唯一の男子は可哀想だ。


「マジか〜好きになっちゃうかもっ」


そんな風に笑うのはクラスの人気者で製薬会社の社長令嬢、巨谷こたに凪沙なぎささん。勉強もスポーツもできる女子の憧れ。でもお金持ちで少しだけ他人を見下すような言動をするので、花鈴はそこが苦手だった。それさえなければ優しくて可愛らしいお嬢さんなんだけど。


「みんな席ついてね〜」


担任の小杉こすぎ先生の声が教室中に響く。その声と同時に集まっていた女子生徒たちは揃って自分の席に向かった。みんな個性は強いが優秀なのだ。


しかしざわざわとざわめく声は絶えない。


何故なら小杉の後ろに二人の生徒がいるからだ。


一人は女子にしては身長が高い金髪ヘッドホンの女子生徒。そしてもう一人は新鮮な男子用制服に身を包む黒髪の塩系イケメンだ。


花鈴はびっくりした。想像よりも興味をそそられる二人組が転入してきたからだ。


「今日からこのクラスに転校してきた、小瀧こたきアリスさんと、犬飼いぬかい朔之助さくのすけさんです」


二人は顔を合わせると、思い切ったように声を出した。


「「がんばりまーす」」


音程の違う二人の声が教室中に響いた。生徒たちはみんな目を丸くしている。あまりに息のあった二人だったからだ。


それから二人の自己紹介が終わり、HRが終了した。休み時間に入ってすぐに、彼らは色んな人に話しかけられていた。


特に小瀧という女子。同性というのと、あと話しかけやすそうな雰囲気からかなり人が集まっていた。


しかし対して犬飼は、その美貌故に一部の生徒からは話しかけられていたが、ほとんど塩対応で興味なし。そのため生徒たちはすぐに彼から離れたが、教室の端っこの方で彼のことを話している。


花鈴は今の学校生活において、あまり友達がいない孤立した存在なので、友達を作りたかった。


小瀧は人も集まっているし、話しかけにくいが、犬飼ならどうだろう。


彼なら頑張れば話しかけられそうだ。


なぜなら犬飼は隣の席でぼーっとしているからだ。席も隣だし、これから班活動などでお世話になりそうだ。仲良くなっておきたい。


「あの……犬飼くん……?」


花鈴が話しかけると、彼はじーっと自分を見つめてきた。思わず頭がカーッと熱くなる。


(女性は敵、殺すべし……!)


犬飼は花鈴を見て、すぐにこう思った。彼女は殺害対象ターゲットなのだ、殺さなくてはならない。しかし彼女は死なない。ここで殺そうにも人が多いし殺すなら裏で呼び出して殺すしか……。


彼女をどう殺すのが正解だろうか。犬飼は彼女を見つめる。顔には出さずに思考を巡らせる。花鈴は何も反応していない(っぽい)犬飼を見て、あたふたと慌てていた。話しかけたはいいが、何を話せばいいのかわからないようだ。他の生徒はこの辺で自分から離れていった。しかし彼女は違うようだ。


「あの、私、星野花鈴っていいます、よろしくね」


花鈴は犬飼に向かって微笑んだ。嘘っぽくない笑顔だ。珍しい。女の嘘臭さのない笑顔を、犬飼は初めて見た気がする。母親……あの人は強すぎて女って数えるのはもったいない。


「ん」


興味はないけど仲悪くなったら殺せないかもなので、悩んだ挙句一文字で返した。


「犬飼くんは何か好きなものある?」


「猫飼いたい」


「へ、へぇ……」


素っ気なすぎたのか花鈴は話しづらそうだ。そこにてけてけと小瀧が歩み寄ってくる。


「お、星野さんだよね、よろしく!」


小瀧は花鈴に手を掲げる。話しかけられたからか花鈴は嬉しそうに笑った。犬飼はまるで初対面かのように小瀧に会釈をした。


「お前何してんの。はよ誰か呼び出してブッ殺しとけ」


小声で小瀧が犬飼に耳打ちする。それに犬飼は面倒くさそうな顔で舌打ちした。めんどくさいのは嫌なのに。


その時ちょうど小瀧と犬飼の近くを通りすがった生徒がいた。


「え?ころ……?」


その生徒は綺麗な顔立ちをしていて、可愛らしい生徒だった。


「やべ、これバレたやつ?」


小瀧が苦笑いを浮かべて小声でいう。それに対して犬飼は真顔でいった。


「俺たち殺し屋だから」


至って純情な犬飼。真横で固まる小瀧。そして状況を理解できていない花鈴。


「ころ……何それかっこいい!!!」


犬飼の両手を掴む女子生徒。その瞳はうるうる輝いている。


「私、そういうキャラ大好きなんだよね!!」


その女子生徒は犬飼がなんと言おうが一方的なマシンガントークをやめなかった。彼女の名前は巨谷凪沙というそうだ。漫画やアニメといった二次元のものが大好きらしい。


「いや厨二病キャラってかっこよくない?」


製薬会社の社長令嬢だという凪沙は犬飼に興味津々だ。


無視して犬飼は席を立つ。彼女には興味がない。というか全ての女子は自分にとって殺すための藁人形でしかないわけだが、自分も他人に全く興味を抱かないわけではない。


とにかく殺せる人はさっさと殺そう。


これは戦争バトルだ。


恋してしまって犬飼に殺された者は即脱落の、恋愛デスゲーム。


廊下に出て、体育館裏へ向かった犬飼は、そこにいた生徒に声をかけた。


「猫様のため、殺させていただきます」


女子生徒は何も分かっていない様子で犬飼を眺めている。犬飼は壁に寄りかかる彼女に足ドンした。


それに彼女は顔を赤らめ、ゆっくりと目を瞑った。


(殺されている準備はできているというのか、自ら首を差し出すとは)


犬飼は少し驚いたが、背負っていた竹刀袋から鉈を取り出し、女子生徒の身体をバラバラにならない程度に両断する。彼女は倒れ崩れた。


「ふぅ……」


犬飼は後ろで倒れている女子生徒に流し目を向ける。


「え?」


彼女は生きていた。目をぐるぐるさせてこちらへ向かってくる。彼女が突然自分の唇を狙ってきたので、犬飼は思わず後ずさった。


倒したはずの相手が自分に欲情してくることなんて初めてなので、どうすればいいかわからず、刃を叩き込む。すると女子生徒はまた倒れる。今度こそトドメは刺したと思いたい。


女子生徒の顔を覗き込む。別に何かの異常者の顔ではない。


「おー殺ったか」


犬飼の肩のあたりから小瀧がひょこっと顔をだした。犬飼はさっきよりも驚いてさささと後ろへ逃げた。


「ここ、恋愛漫画の世界だから、暴力ですら愛なのよ」


小瀧がいう。それに犬飼は目を回した。暴力が愛?そんなのただの支配じゃないか。今まで相手を支配するため以外の暴力なんて聞いたことがない。


「んま、まず一人ね」


小瀧は倒れた女子生徒をスマホで撮影した。そしてメールで司令官ハンドラーにその写真を送りつける。すると「ご苦労だ」と返信がきた。


小瀧が言うに異世界と現実世界を繋ぐ手段はスマホくらいしかないらしい。なのでスマホの連絡ツールやメールを利用して上層部に仕事の進行具合を報告するそうだ。


「でもすぐ死んだってことはモブキャラでしょ。多分いつの間にかリスポーンしてるよ」


さっさとことを済ませたい小瀧はすぐにスマホをしまって犬飼の手を取った。


そして廊下に出る。しかし廊下には見てはいけないものがあった。


「マジかよ」


小瀧は苦笑いを浮かべていた。彼の視線の先には、目をハートマークにしてこちらへ立ちはだかる大勢の女子生徒が映っていた。


「俺の殺しは、猫様のために!」


犬飼は走りながら鉈を振り上げた。生徒たちが一瞬でキュン死していく。そして廊下中の女子生徒を一同両断した。その姿を小瀧は呆れるようにスマホのカメラに収めている。


廊下中にバタバタと倒れる生徒たちを、息を吐きながら見つめる犬飼。


「猫様まであと300人……」


彼の殺しはなんのためにあるのか。無論、猫を飼うためにだけである。


◇◆◇


司令官ハンドラー犬飼いぬかいがだいぶ殺ってくれましたよ」


見るからにやる気のない、というか疲れているような男、上層部の中のトップである徳永とくながが司令官にスマホを見せる。スマホの中には血だらけの女子生徒がモザイクなしに写っている。


司令官はゆっくり振り返ると、そのスマホをじーっと見つめた。そしてしばらくすると満足げに微笑んだ。


「彼はよくやってくれるよ」


司令官は美しい女性だ。文武両道で才色兼備。まさにみんなの憧れの的。徳永は彼女の笑顔に頬を染めていた。おそらく組織中の男たちをメロメロにさせているのはこの人だ。


しかし彼女のお気に入りが犬飼であるということは誰から見ても明白である。それに彼は司令官に色目を使わないので扱いやすい。司令官はメンクイなので、大体の者が、司令官が犬飼を重宝する理由は察していた。


犬飼は報酬があろうがなかろうが、結構なんでもやってくれる殺し屋フリー素材だ。それに報酬が猫絡みだと珍しく笑顔で仕事に取り掛かってくれる。


だがそんな彼でも断る依頼がたまにある。それは彼が殺害対象と恋愛的なことをすることになった時だ。


彼は自覚ありの恋愛下手で今まで恋人は愚かガールフレンドですら作ったことがないらしい。恋愛に関してはあまりにピュアな彼なので、組織の者は彼にあんな依頼やこんな依頼を押し付けたりはしない。彼のあの純粋さは国宝級だ。大切に守っていかなくてはならない。


というわけで組織の者は今回の任務に小瀧こたき大介だいすけを派遣した。彼に与えられた任務は犬飼の潔白を守ること。


犬飼がフリー素材でなくなってしまったら組織のみんなが悲しむのだ。小瀧はこの依頼をした時いやそうな顔をしていたものの、彼のためならと言って引き受けてくれた。


「あっちは何してんだか」


徳永はスマホの電源を切った。


一方その頃、犬飼たちのいる異世界では……



犬飼は目の前の状況を疑った。目の前にいるのは初対面の生徒。そして何故か彼女は座っている自分を壁に押し当て、顔を近づけている。何よりも気になるのが……


「え?」


何故彼女は自分の股間に手を押し当てているのだろう。彼女の体重がかかって痛い。しかし彼女は初対面といっても見覚えのある生徒だ。クラスメートの……熊本くまもとという名前だった気がする。


そんな二人の光景を小瀧は顔を真っ青にして見ていた。


「痛いんですけど」


正直に言っても彼女は何も言い返してこない。不思議なくらい顔を赤くしてこちらへ近づいてくるだけ。


むにっと変な感触が広がる。何がしたいんだこの生徒は。


「ストーップ!!!!」


小瀧が急いで止めに入ってくれた。


「どういう状況?」


こっちのセリフだ。第三者として見ていた小瀧が一番この状況を理解していると思ったのに。


「私の身体見ても何も思わないの?」


何も思わない。以上。


無言の犬飼を見て察した熊本はどんどん身体を寄せてくる。そして犬飼の制服の胸あたりに、手をあてて、果実のように綺麗な胸元を押し付けてくる。それには流石に戸惑った犬飼は後ろに下がろうにも壁のせいで下がれなかった。それに彼女の体重が足に集中しているので身体をうまく動かせない。


(もしかしたらこの女、ここで俺を殺そうと!?)


だとしたら一大事だ。武器の竹刀袋は小瀧に預けているし、助けてくれそうな人はいない。


「ダメダメダメ!!!!はよ離れろ!なんだこの女!!!」


小瀧の悲鳴が響く。対して熊本は頬を赤くしたまま犬飼の唇を狙った。


キスしかけたところで犬飼がさっと顔をずらして避ける。よく見ると熊本は口紅をしているように見える。


(まさかこの口紅、毒入りなのか!?)


そしてまた彼女は犬飼の下半身に力を入れた。気持ち悪い感触がする。これで二度目だ。


「おいおいしっかりセクハラだよこれ!」


小瀧の声なんて熊本には届いていない。しかし今の感触は一発目とはなんか違ったので犬飼は少し焦ったい気持ちになった。痛いけど心臓がバクバク動いている。もしかしたらそういう薬を知らぬ間に熊本から飲まされていたのだろうか。


確か今日の四時間目の授業は家庭科の調理実習だった。転入生で自前のエプロンを持っていない犬飼と小瀧は見学だったが、同じ班になった熊本は犬飼に「少しだけ」と調理実習で作った饅頭をくれた。確かあれはめちゃくちゃ美味しかった。


(まさかあれに睡眠薬が!?)


「まさかあれに催淫剤が!?」


しかしこういう薬とかは彼にはあまり効かない。殺し屋は毒に慣れさせてあるからだ。犬飼は身体が弱い方なので薬は効く方かもしれないけれど。


犬飼が結論を出したところで小瀧が叫ぶ。そして顔を真っ青にして小瀧が熊本を引き剥がそうとした。彼は自慢の馬鹿力で犬飼の身体から離れなかった熊本を離してくれた。


「はぁ……危ねぇ。色んな意味で」


恋愛漫画にお色気シーンとかいらないから!と叫ぶ小瀧。犬飼はほっとして熊本を見た。しかし彼女は上の空だ。


「す、好きです。犬飼くん」


声を張り上げて熊本が犬飼へ向かっていった。犬飼は拍子抜けしていたが、すぐに咳払いを二つすると、なんとなく返事をした。


「あ、うん、えっと……」


カーッと身体中が熱くなる。全く意識していなかったので、自分の顔が溶けてしまいそうになっていないか気になる。


「なんかごめん」


そして小瀧の持っている竹刀袋から鉈を取り出すと、彼女の胸に向かって一文字に切り裂いた。


しかし血を流しながら熊本は犬飼へ迫ってきた。


「お願いします!私を女にしてください!」


「もう女でしょうが」


犬飼は彼女の言っていることが理解できずに、もう一回鉈を振りかざした。


「犬飼くんとなら最高の夜を越せそうなんです!」


「夜なんていくらでも来ます」


現に今は夜である。時計の針は大体深夜の1時を指している。


「今じゃないとだめなんです!私、大家族と猫飼って暮らすのが夢なんです!!」


「猫?なら……」


「いやダメでしょ!!」


小瀧が犬飼の頭をぶっ叩く。


「え?猫飼わせてくれるんじゃないの」


「違う!!違う!!!絶対に司令官以外の人の『猫』には誘導されんな!いいからそいつもぶっ殺せ!」


ぽかーんとしている犬飼に小瀧は目を覚ませといいながら指示を出す。犬飼は言われた通りに熊本の胸を切り裂く。


すると今度こそ熊本は気を失った。ため息をつきながら小瀧は彼女を撮影する。


「あの……犬飼さん……」


後ろから声が聞こえてくる。知らない生徒が立っていた。身長が低い女子生徒だった。


「一緒にお弁当食べませんか?」


恥ずかしそうにこちらを見上げる女子生徒。その手には一冊の本が握られている。小瀧はまた顔を青くした。まさか外であれこれ……とかないだろうか。


「……」


犬飼は口籠った。そしてジトーっと小瀧を見る。小瀧は一応許可を出した。自分が影から監視しておけばいい話である。


「あの……私、犬がすきなんです。私は一年三組の獅子坂ししざかです。仲良くなってくれますか?」


小さな声で女子生徒が話す。獅子坂は話すのが苦手なのだろう。会話がしどろもどろだ。つられて犬飼の声も小さくなる。


「犬好きなんだ」


そこで会話が止まる。しばらく無言のまま外に出ると、綺麗な星が輝いていて、緑のいい匂いがする。そのまま流れで校庭のベンチのもとへ向かう。背もたれのないベンチだった。そのベンチに二人で腰掛ける。


「あれ、オリオン座っていうらしいですよ……綺麗ですよね」


か細い声で獅子坂はいう。そして彼女は弁当の蓋を開けた。犬飼も無言で、道中のコンビニで買ったおにぎりを取り出す。


「あの、獅子坂さんは恋してるんですか」


不意に気になったので聞いてみた。もし恋をしているというのなら今すぐここで一刀両断だ。


すると彼女は顔中を真っ赤にさせて、震えながら後ろに倒れていった。せっかくの弁当がぐちゃぐちゃになってしまっている。


「あいつ何やってんだ」


犬飼の様子を木陰で見ている小瀧は呆れていた。流石に不器用すぎる気がする。


「わわわ、わたし、恋とか慣れてないんで!!!!」


ガバッと起き上がった獅子坂は叫ぶ。そして顔を赤くしたまま、もう一度ベンチに腰掛けた。


「最近貧血とか多いし……迷惑させてしまうかもなので……なので犬飼さんもその辺あるんで、私のことは……」


勘違いさせてしまったようで申し訳ないが、そもそもこの女を好きになる気なんてないので犬飼は頭を縦に振っておいた。


弁当を食べ終わると、校舎に戻るために獅子坂は立った。それと同時に犬飼もベンチから立つ。


獅子坂はせっかくの弁当を台無しにしてしまったのでほとんど食事をできていない。かわいそうだがその辺には触れないようにしておこう。


校舎の手前で、獅子坂の様子がおかしいことに気づいた。身体がとにかくフラフラで、今にも倒れそうだ。


(あ……ヤベ)


彼女の身体がぐらっと揺れる。すぐに犬飼は彼女の身体を支えて少女漫画でよくあるシーンのような体勢をとった。それを見て小瀧がハンカチを噛む。


「しっかり」


まるでぬいぐるみのように犬飼の腕の中でぶらんぶらんと揺さぶられる獅子坂。反応が全くない。


犬飼はどうしようか考えた。結果、保健室に連れて行くしかないと結論が出る。スカートを履いている女子の足を広げさせておんぶするのもどうかと思うし、抱っこするのも変なので、なんとなくしっくりきた体勢で彼女を保健室へ連れていった。


保健室に先生の姿はなかった。その代わり、傷だらけの金髪の女子生徒の姿があった。


「先生いないか……しょうがない。俺が手当てするか」


保健室の棚から勝手にガーゼを取り出した犬飼は獅子坂の身体を眺める。


(貧血……外傷じゃない。どうやって手当てするんだ?)


犬飼は身体の傷なら手当てできる。しかし貧血みたいな症状はどうやって手当てすればいいのかわからなかった。


そしてふと金髪の女子生徒の方を見る。痛そうだ。身体中傷だらけである。


まずはこっちの人を手当てしようかな。と犬飼は金髪の生徒へ近づいた。


「な、何だ!貴様!!」


金髪の女子生徒は自分を警戒している。


「怪我、大丈夫?」


犬飼が聞いても何も返さない。犬飼は自分なりの善意で彼女の外から見える傷を全てガーゼや消毒で片付けた。途中途中、彼女の悲鳴が響いたのはまた別の話。


「なんで治療なんてしてくれんだよ」


助けたはずなのに何故か胸ぐらを掴まれた。


「痛そうだったから、こんなじゃまともな恋すらできないだろうなって」


女子生徒は口を噤む。そして照れているような表情を見せると、少しだけ小さな声で犬飼にいった。


「ウチは鷹見たかみ涼子りょうこだよ!覚えとけ!」


そういうと彼女は走り去っていってしまった。元気になってくれたようでよかった。


そこに小瀧が入ってくる。


「貧血?それならベルト緩めたりしたら?いいって聞いたよ。まあしばらくは寝ててもらわないとだけど」


彼は自慢の知識で説明してくれた。小瀧はこういう時に役に立つので使い勝手がいい。


「てかお前はなんで女子惚れさせまくってんだよ!確かにリハーサル彼氏とか言ったけど!」


一人でいいんだ!一人で!!一人のヒロインしか報われないんだから!ラブコメは!!と小瀧が説教してくる。それに加えて自分はヒロインを全員殺さなくてはならない。


保健室ででかい声を出したからか、その声は周りにも聞こえていたらしい。


変な噂が立ち始めていた。


もしかしたら小瀧は犬飼のことを好きなのか、と。


男同士だし、小瀧と犬飼だ。


そんなわけないと思っているのは、組織の人間だけだった。


◇◆◇


「あーだる。なんで俺が犬飼いぬかいのこと好きってなってんの」


小瀧こたきは言いながらベッドへダイブする。犬飼もベッドの枕に抱きついた。家ではないのに帰ってきた感がすごい。


朝になり、学校から帰宅してきたのだ。1日目なのでだいぶ体力を消耗した。


「それにベッドひとつしかないしさ」


気怠げな小瀧は何故か犬飼を睨む。


面倒くさいけれど流石に風呂に入らないのはまずいと思って犬飼は風呂に入った。お風呂もあったかくて心地よい。小瀧からは早くしろと罵声が飛んでくる。


風呂から上がり、部屋着に着替える。犬飼は宿泊の際、部屋着でも靴下を履くタイプの人間だ。知らない家の床の感触だけは嫌いだからだ。


小瀧が急いで風呂に入っていった。それを無心で見届ける。


しばらくしたら、小瀧が風呂から上がってきた。早くしろと言っていたのにしてはこいつが風呂から上がるのは遅い。


もう就寝しようかな、と思っていたその時だった。


突然窓ガラスが割れ、サバイバル防具を全身に纏った女が部屋に突入してきた。かなりの美人である。


「поднимите руку(手をあげなさい)」


謎の美女は知らない国の言葉で犬飼にいった。小瀧は身を縮めてしまっている。


「何これ何語?」


震える小瀧。それに対して犬飼は冷静に返した。言われた通りに手を上げる。


「ロシア語だよ」


「お前ロシア語分かるんかい!!!」


小瀧のツッコミが響く。「Очень шумно(うるさい)!」と美女は叫んだ。


「Я шпион организации. Я пришел убить тебя(私は組織のスパイです。あなたを殺しにやってきました)」


美女が淡々と告げる。その姿を小瀧は涙ぐんだ目で見ていた。


「俺たち殺されるって」


「だめじゃねぇかよ!!」


美女は銃口をこちらへ向ける。


「Мое кодовое имя «Наталья». Звучит знакомо?(私のコードネームは”ナタリア”です。聞き覚えは?)」


小瀧は何を言っているのか全く理解できずに犬飼の顔を見つめていた。犬飼はしばらく固まった状態で話を聞いていた。


(こいつさては話聞いてない!?)


小瀧は嫌な予感に襲われた。なんだかだんだんそんな気がしてきた。


「……知らないな」


「Я вижу, это позор(そうですか、残念です)」


ナタリアは目を瞑った。そして小瀧の横の壁に弾を一発打ち込んだ。小瀧が悲鳴をあげる。


小瀧は勘繰った。さてはこの女会話が通じるのか?と。彼女は日本語を話せないけれど、日本語は分かるのか?


「Конечно, это так. Потому что я солгал. Я не шпион какой-либо организации. Я всего лишь ученик средней школы」


ナタリアがペラペラとロシア語を話す。


「なんて言ってるの?」


小瀧が犬飼にきく。犬飼は真顔で答えた。


「今までの全部嘘だって」


「なんやねん!人騒がせな!!!!」


小瀧は嬉しい半分、落胆半分でナタリアを見ていた。ナタリアはすみませんというように手を合わせている。確かに出来のいいコスプレだった。


「Я влюбился в тебя, когда увидел тебя в школе. Потому что он был очень красивым мужчиной. Итак, я пришел сказать тебе о своей любви(学校であなたを見た時、私は恋に落ちました。あなたがとてもハンサムだったからです。私はあなたへ愛を伝えるためにきました)」


優しい声でナタリアはいう。それを聞きながら犬飼は迫り来る睡魔と戦っていた。


「я тебя люблю」


『私はあなたを愛しています』


犬飼のスマホからコンピューターの女性の声が聞こえる。ナタリアは目を丸くしていた。


「だってよ小瀧」


「いやお前にだろ、これ」


小瀧は気怠げにつぶやいた。二人してスマホの翻訳機能に頼っているのでナタリアは驚いた顔でそのスマホを覗いていた。


「Разве Инукай не понимает по-русски?」


『犬飼さんはロシア語がわからないのですか?』


またしても棒読みの女性の声が聞こえる。ナタリアは少し残念そうな表情を浮かべていた。


「あーさっきの全部勘だよ」


「замечательный!」


『なんと素晴らしい!』


「ああ、ありがと」


小瀧は流石にどうにかしている犬飼を見て半笑いを浮かべていた。よく勘であれほど会話が成立したものだ。


「でも弁償してもらわないとまずいねこれ」


犬飼が苦笑いを浮かべる。それを聞いて小瀧とナタリアは顔を青くした。


今夜は……今朝は全く眠れそうにない。


◇◆◇


翌日、体育の着替えの時間に、小瀧こたきは生徒たちから質問攻めを受けていた。小瀧は男であることがバレないように、いつも何かしらの理由をつけて見学している。


「やっぱり犬飼くんのこと好きなの?」


「どうなの?」


色々聞かれるが小瀧は何も答えず笑っているだけだった。


(女子が着替えてるってだけで興奮案件なんすよ)


小瀧は鼻の下を伸ばさないように頑張った。


体育の時間、犬飼はいつも運動音痴を装っている。握力も持久走も、全く本気を出さずに行っている。


今日の授業はマラソンだった。校外の道路をひたすら走っている。


犬飼は雑に取り掛かりすぎて、地面の石に気づかず、足を引っ掛けて転んでしまった。


「大丈夫!?」


すぐ近くを走っていた女子生徒が犬飼に駆け寄る。ストレートなショートカットを揺らす小麦色の肌の女子だった。


(えっと確か牛山うしやまさんだよね?この人)


牛山こと牛山あおいはテニス部の副キャプテンを張っているスポーツ大好き女子だ。真面目で一途な性格から後輩たちにも慕われている。


「ほらシャキッとしなきゃ!サボりはいつかバレるからね!!」


牛山は犬飼の背中をグッと叩いた。その反動で走らされる。


牛山が犬飼に想いを寄せているという噂はかなり有名だ。嘘か本当か知らないが殺ってみるのもアリかもしれない。


周りには他に誰も人がいない。


この場にいるのは二人だけ……。


「牛山さん」


ん?とこちらを見ている牛山の身体に攻め寄り、近くの大木に向かって壁ドンする。


「え?ええ?」


牛山は顔から煙を出す。相当びっくりしているようだ。


「猫様のため、殺させていただきます」


武器は持っていないので素手でやるしかない。犬飼が腕を振り下ろそうとしたその時、何者かが現れた。


「えーっ!嘘でしょ!犬飼くんはそっち派!?」


綺麗な金髪の女子生徒。製薬会社の二次元オタク令嬢、巨谷こたに凪沙なぎさだ。


「え……あおいちゃん?って犬飼くんもいる」


初めて自分に話しかけてくれた女子生徒、星野ほしの花鈴かりんもそこにいた。心配そうな顔で自分たちを見つめている。


無言で走っていた下ネタ大好き変態女子、熊本くまもとも自分たちを見て足を止めた。彼女はこの前殺したはずだが何故か復活した。多分恋心を抱いていたわけではなかったからだろう。


「うっそぉ〜もしかして木陰でやってた感じ?」


熊本も顔を赤くさせている。確かに殺ろうとはしていた。


「結構ボーイッシュなタイプの子好きなんだ。意外」


凪沙が興味深そうに犬飼を観察し始めた。


「髪型とかそっくりだし、いいかもね」


花鈴は残念そうに二人を見ていた。彼女のいう通り、犬飼と牛山の髪型はかなり似ている。そんなことを言われた牛山は顔を赤くして犬飼の腕の中に蹲った。彼女の心音が流れてくる。


思わず自分の心臓も跳ねた。流石に昨日からというもの刺激が強すぎる。


「犬飼くんえっろいし牛山さんもお似合いだよ!!」


「お似合いだね!」


熊本と花鈴が拍手をする。


「ちょっと!そんなじゃないって」


牛山は顔をリンゴのように赤くしながら彼女たちの祝福を拒んだ。そして犬飼の腕の中から逃げ出すと、すぐに走り去ってしまった。


せっかくいいタイミングだったのに、残念だ。


◇◆◇


「あおい、何してたの?」


すぐに犬飼と牛山の噂は広まった。それに怒りを感じた生徒は数知れず。


牛山はすぐに校舎裏に呼び出されていた。彼女を責めるのは金髪ヤンキーの美女、鷹見たかみ涼子りょうこだった。


「ウチがワンちゃんのこと好きって知ってるわよね?」


鋭い視線で、尻餅をついている牛山を見下ろす鷹見。何も言い返せずに無言で牛山は鷹見の顔を見ていた。自分なんかよりも美しい綺麗な顔だった。


「だってウチ、ワンちゃんに手当てしてもらったのよ?好きになる理由は十分なはずだけど?」


無条件で好きになってしまった牛山は責め続けられていた。牛山は正論にうまく前を向くことができなかった。


近くを美しい背の高い外国人の美少女が通った。しかし彼女も少し悩んだ挙句、見て見ぬふりをして歩き去っていった。あの人は確か二組のナタリアさん。


結局誰も自分のことを助けてはくれないのか、と牛山は落胆していた。


その時。


「あ」


男子生徒の声がした。声の方を言い争っていた二人はみる。


「ごめん、俺、猫飼いたいから」


犬飼は変なことを言う。それに二人は笑わされた。猫を飼いたい?なんだそれ。


しかし彼の手には大きな鉈が握られている。


気づいた時には犬飼は姿を消していて、目の前の鷹見が血を流して倒れていた。


「何これ、気持ちいい……」


鷹見はそう呟くとゆっくり目を閉じた。牛山はその姿に恐怖する。


ぐぐっと顔を近づけてくる犬飼。牛山は逃げようとしたが尻餅をついていたので咄嗟に逃げれそうにない。


ぐさっと胸に刃が刺さる。


困った、案外気持ちいいぞ。


牛山は微笑んだ。そして彼女も血反吐を吐きながら倒れる。


その姿を犬飼はしっかりカメラのレンズに納めていた。


司令官ハンドラー、やりました》既読


《よくやった、おそらく彼女たちは主要キャラだ。これで報酬も増えるな》


「猫様……」


犬飼はほくそ笑んだ。


「やべーなお前。モテ杉謙信よこれ」


遅れてやってきた小瀧は倒れた生徒を観察する。ジロジロと細部まで。どうやら金髪ヤンキーの鷹見は彼の好みのビジュアルだったようで、かなり嗜んでいるようだった。


「これでこの子も恋する乙女に生まれ変わる」


犬飼が殺すことによって彼女たちは犬飼への感情は失うが、この話に舞い込んでくる”主人公”という存在に絶対恋してしまうそうだ。それがハーレムラブコメ世界のお決まりらしい。


「あと残りは多分お前にアプローチしてきた奴らだな。獅子坂と星野と巨谷とナタリアちゃん。あと熊本。熊本に関しては恋させない方がいいかもだけど」


血のついた鉈の刃を拭きながら犬飼はその話に耳を傾けていた。


◇◆◇


「別に私はあんたのこと好きじゃないから」


帰り道で凪沙は犬飼へこういった。


「好き?ですか?」


「ええ。私は別にあんたのことが好きじゃないの」


愛って何か知ってる?と凪沙が聞く。それに横にいた小瀧が反応する。


「こいつ恋愛音痴なのよ〜」


裏声で話す小瀧を見て犬飼は吐き出しそうになった。裏声が気持ち悪すぎる。


同じ金髪でも彼は凪沙はあまり好みではないようだ。彼女と鷹見の違い……言いにくいがあそこしかない。凪沙はまだ幼いところがある。それに比べて鷹見は……。


犬飼は耐えきれず途中の公園で胃がひっくり返るほど吐いた。


「ばかなやつ……」


凪沙はふんっとスカートを翻すように犬飼がいる公園のトイレからそっぽ向いた。


◇◆◇


翌日。放課後の図書室。犬飼いぬかいは勉強が出来なさすぎて居残りをさせられていた。


「特に歴史と数学の点数ひどいですね」


呆れたように花鈴かりんはいう。犬飼のペーパーテストの採点をしてくれたのは彼女なのだが、あまりの点数の悪さに心配してきたのだ。


「この『時は戦国、鎌倉時代。大正デモクラシーが起こっていた頃、弥生人の安倍晴明は福沢諭吉を召喚して叫んだ』って文章。いろんな時代が大渋滞だよ」


優しく指摘をされる。しかし彼女の目は怒りに満ちている。


今日は歴史の勉強を手伝ってくれるそうだ。こんなことなら花鈴を殺すタイミングを狙って話しかけたりするんじゃなかったと後悔している。


いつも通り眠気と格闘しながら犬飼は花鈴先生の話を聞いていた。


足元には相棒の竹刀袋を置いている。いつでも殺せるわけだが今はただ眠い。


「星野、眠い。寝ていい?」


犬飼は花鈴の服の裾を引っ張った。彼女は微笑んで答えてくれた。


「私と寝ますか?」


犬飼は悩んだ挙句、彼女の腕に顔を埋めた。ただあったかい。


なんとなく気づいていた。たまにうちへ遊びにきてくれる獅子坂のことも、積極的な巨谷のことも、ぐいぐい来るけど根は優しい熊本のことも、言葉はわからないけど自分に告白してきたナタリアさんも、みんな好きなのかも知れない。と。


犬飼は好きという感情をうまく理解できない。まずどこからが「好き」なのかすらわからない。


このもどかしい気持ちを初恋と呼ぶのだろうか?


犬飼は日々の疲れを打ち消すような深い眠りについた。


「〜♪」


優しい歌声が聞こえてくる。犬飼はその声で目を覚ました。


目の前には5人の少女の姿。


「誰を選ぶの?犬飼くん」


熊本の甘い声が耳の奥を触る。


そこに小瀧の姿はなかった。


ふと窓の外を見る。外ではテニス部が練習をしている。そこには牛山の姿もある。そして金髪の少女の姿もだ。鷹見もテニス部に入部したみたいだ。


そして視線を戻す。


5人の少女は真っ直ぐな瞳で犬飼を見ている。その瞳に引き込まれてしまって、もう視線をそらせない。


何故だろう。


いつも殺しをする時、誰かに見られたらどうしよう、と感じるけれど……


なんで今、誰かに見られたらどうしようとか思っているのだろう。


恋なんてしたくないって決めていたのに。


「猫様のために……」


自分が殺したわけではない。


ただそこにいるのは血だらけで微笑む5人の美少女たち。


「私、犬飼くんのためなら死ねます」


獅子坂が落ち着いた声でいう。


なんと今はみんなでやり合ったあとだという。


「Просто выберите тот, который вам нравится. Если это твоя любовь, я приму ее, кого бы ты ни выбрал.」


何を言っているのかわからない。でもナタリアの視線から言いたいことはわかる。


自分の生きる世界で生きれたらどれだけ幸せだろうか。


彼女たちは自分を愛するために生まれたのではない。また別の男を愛して取り合うために生まれてきたのだ。


どうしよう。


彼女を自分のものにするのは絶対間違っている。


自分は誰も選べない。


犬飼は震える手で竹刀袋へ手を伸ばした。


「ごめん」


目の前に真っ赤な血が広がる。


綺麗な図書室は一瞬にして血の海となった。


「殺ったよ、小瀧、司令官ハンドラー……」


そして彼女たちを置いて逃げるように犬飼はその図書室を抜け出した。


◇◆◇


大原おおはら龍之介りゅうのすけは今日から新しい学校への登校がはじまるのでワクワクしていた。


彼はさえない容姿で勉強もイマイチ。でも自分で自分は優しいと思えていた。自分が大好きな男だ。


女にはモテないけれど、男にはモテる。龍之介はそんな男だった。


自分が通うことになった高校は、もともと女子校だったそうで、つい最近共学化したらしい。


そこに一人、怯えている生徒がいたので、龍之介は思い切って話しかけてみることにした。


「大丈夫?俺大原っていうから!よろしく!」


「……犬飼くん?」


彼女は驚いたような顔で自分を見つめると、すぐに咳払いをした。


「すみません、なんか最近多いんです。知らない人の名前言っちゃうことが」


彼女は優しく微笑んだ。


◇◆◇


犬飼は現実世界の寒さに驚いていた。


冬手前、図書室にいた頃と気温はさほど変わっていないはず。


何故かあの時は暑かった。


「ご苦労だったな」


司令官ハンドラーが犬飼の頭を撫でる。あの異世界が舞台の漫画は無事実写映画化できたらしく、熱血な男と恋するエピソードがウケたとのこと。


犬飼は安堵のため息をついた。


「小瀧、犬飼、私と観にいかないかい?映画」


チケットを司令官から渡される。そのチケットを見て犬飼は思わず笑顔になった。


自分が恋した少女たちの活躍をスクリーン越しに観るのも悪くないかもしれない。たとえ役者とキャラが別人であったとしても。


「その帰りにペットショップにでも寄るか」


司令官のその言葉に犬飼はまるで犬が尻尾を振る仕草のように駆け回った。



そして今、ペットショップの猫舎のガラス越しに、丸まる猫の姿を愛でるように見ていた。


『誰を選ぶの?犬飼くん』


不意にそんな声が聞こえた気がして、犬飼は後ろに振り返る。もちろん誰もいない。


この感情は恋なのだろう。勝手に自分で言い訳のために結論付けた。


「なんか変わった?お前」


女装ではなく、男の姿で佇む小瀧に聞かれた。彼は犬舎の中の犬たちに夢中だ。


「変わってないよ、変わって何になる」


犬飼は心の底から笑った。そして心に刻む。


(俺の殺しは猫様のために)


そして、スクリーンの奥で息するあなたのために。

どうも牛田もー太朗です。初の短編がクソ長かったですね。

途中でロシア人のナタリアさんが出てきましたが、彼女の言葉は全部Google翻訳さんに頼っております。翻訳さん、ありがとう。犬飼、なんか鼻につく男ですね、書いてて思いました。小瀧はいい奴ですけど。


ここまで長いお話を読んでくださった方には感謝しかありません。ありがとうございました!

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