98 名前なんだっけ?
このまま困ってるだけというのは無能がすることだ。
迎撃態勢を整えないと。
そのためには知識がいる。
「あの、二位の方の名前を教えてもらえませんか? 聞けば思い出すかもしれません」
「アルメリーゼだ」
「それならわかります。ピンクの小さなボールみたいな形の花を咲かせますよね。ただ、毒性が強いので薬草としては使い方が難しいです」
「お前、わかっててやってるだろ。それは植物のアルメリアだ。アルメリーゼという人名に聞き覚えは?」
水晶玉の中の教授は一切表情を変えなかった。
「不明です」
本当に心当たりがなかった。思い出すこともなかった。
あきれられてるだろうと思って、答えてから弟子の顔を見たらあきれていた。
「フレイアが錬金術の天才ではないということがわかって、ほっとした気がするのじゃ。こやつは錬金術だけに時間をすべてつぎ込んで生きとっただけじゃな」
「ま、まあ……それで学院首席という結果を残せているのだから、ご立派なことだとは思いますが……」
師匠というのは弟子に論評されたり、弁護されたりするものだったっけ……。
「お二人の評価は適切かと思います。フレイアは錬金術師のほかは何もできん奴なので助けてやっていただきたい」
私がいないまま、私の話が進んでいる。
いや、違うぞ。今は私の話ではなくて二位の話をするべきなのだ。
「教授、それで、私はどうすればいいんです? アルメリーゼさんと握手をしてお茶でもごちそうすればよいでしょうか? 一緒に何かやった経験もないので積もる話もないですが」
これは私のせいではない。班で一丸となってこの魔法陣を完成させようみたいな実習はない。錬金術って多人数ってどうこうするものではないので。
「お茶飲んで積もる話で許してくれるかは向こうの出方次第だ。アルメリーゼを指導したことはないが、行動力のあるところは評価したい」
「評価しないでください! 教授が余計なことをせずにすぐ帰れと言っていたとアルメリーゼさんに伝われば、彼女も無茶はできないはずです。教授の意向にはそれだけの重みがあります! どうか『アルメリーゼは余計なことはせずにすぐ帰れ』と言ってください!」
「知るか。過去の学生同士の因縁は学生同士で解決しろ。さすがに刃物は出してこんだろう」
そこで水晶玉から教授の顔が消えた。向こうが手を離したらしい。
「変な奴が来ることだけ知ってもなあ……。それで具体的にどうすりゃいいんですか……」
「向こうも錬金術師なんじゃろ。ミスティール教授の言うように、狼藉をはたらくことはなかろう。殴り合いにはなるまい」
「殴り合いって言葉が気に入りません。私からは殴りませんよ。せいぜい一方的に殴られるだけです」
「そなた、人に興味ないものな」
「なんで私が悪者みたいなんです……? 島に乗り込んでくるのは二位のほうなのに……。あれ、名前なんて言いました……?」
「アルメリーゼという名前ですわ」
ナーティアがうつむきながら答えた。
「おおむね想像がつきますわ。知らないうちにそのアルメリーゼという方のプライドを傷つけたのでしょうね。それで意趣返しにやってくるのだと思いますわ」
「余も鳥の意見で合ってると思う。眼中にすら入れてもらえんことで怒りが爆発したのじゃろう。卒業後にわざわざ島に来なければならぬほどにな」
やっぱり私が責められている。
私は錬金術師になるための学院で勉強してただけだぞ。絶対に何も悪くないだろ。
「ところで私はどうしたらいいんですかね?」
「向こうが殴ったりできんのなら、愚痴でも聞いてやって、帰ってもらったらどうじゃ? 島酒は余が作ってやろう。体が熱くなるから、酔った気持ちにはなるじゃろ」
「ええ……。やだなあ……。どっちかというと、私のほうが学院においても被害者というか、遊んでくれる友達もいなかったんですよ」
ていうか、気になってるなら学院の時に声かけてくれよ。一人でも二人でも話し相手がいれば、私だって勉強以外でもいい思い出があったかもしれないのに。
友達なんて不要ですと切り捨てていたわけじゃないんだ。相手がいなかっただけなんだ。
「ううむ……そなたの性格が先か、話し相手もおらんからこんな性格になったのか、判断が難しいのう」
「別に孤独であることはダメなことではありませんわ。だからといって自分の尊厳が消えるわけでもありませんもの。ロック鳥の大半は群れずに一人で生きておりますわ」
「社会性のない動物の基準を持ち出すのは無意味じゃろ……。人間は社会性があるし、そのメリットを享受するためにそなたも人の姿にもなるようになったはずじゃぞ」
「孤独を恥じる必要がないと言っただけで、孤独であるべきだとは申してませんわ」
自分のことで議論が白熱するの、変な気分だな。私の過去はどうでもいいぞ。
問題は二位が来ることだ。しかも、ほぼ確実にケンカ腰で。
なんとか会わずにやり過ごしたいが……。
「しばらく大陸に戻ってやり過ごすか……」
「ダメよ。許可出さないから」
エメリーヌさんが応接室に入ってきた。
この様子だと、部屋にはいなかったけど全部聞いてたな。部屋の外にも声漏れてるのか。応接室としてどうなんだ?
「帰省や調査のために工房を離れるのは認められてるけど、工房のある地域の管理者か錬金術師協会の許可はいるわよ。今回は帰省でも調査でもなんでもなくて逃亡でしょ」
「おっしゃるとおりです。そんな無責任に工房を空けたら制度が成り立たなくなりますね……」
錬金術師が気まぐれで留守にしている工房なんて、急病人にまったく対応できない。
「錬金術師がいれば工房は開けられるから、あなたの弟子が資格を持ってるなら可能だけど、そんなわけないでしょ」
「簡易ポーションなら合格をもらったぞ」
すごくうれしそうにリルリルが言った。もちろん、売り物にはできない。売った時点で犯罪だ。
「ひっそり船で大陸に渡るのも禁止ね。あまり変なことするようだと、ウェンデ村への薬の配達サービスが協会だとして可能なサービスなのか問い合わせるから」
最悪だ。
このガキ代官、触れられたくないところを触れてくる……。




