97 二位に恨まれています
「教授のほうがまずくないということは、その……どこかはまずいと?」
「そうだ。お前にまずいことが起こっている」
淡々と、ためることもなく教授は言った。授業日程の変更の話が来てたぞぐらいのノリで。
「えっ? もう卒業してるから今頃になって処分されることなんてないと思いますけど……」
「学院時代の素行についてではない」
だったら何がまずいんだ?
まさかロック鳥が大挙して押し寄せてきてるとか?
ナーティアに恨みを持つ同族の襲撃?
それなら大ピンチかもしれないが、それならもっと神妙な顔で言うよなあ。
「お前は学院での学年成績、何位だった?」
急にどうでもいいクイズが出た。
「一位です」
後ろでリルリルが「うわ、イキってる奴じゃ」と引いていた。
「イキってませんよ。本当に一位だったんだからしょうがないでしょ。『一位だぞ。えっへん』とか言い出したらヤバい奴ですけど」と横を向いて抗議した。
一位の奴が一位だと述べたら自慢だって反応する人間は、本文にないことを勝手に読み取ってる問題児だと思う。一位の奴が三位ですって答えるほうが事実をゆがめてるんだから、まずいだろう。
「そうだな。全体の成績で言えばお前を超える学生はいなかった。別に出来の悪い期でもなかったし、お前の能力はたしかに高かった」
「お褒めいただき、光栄至極」
大天才に褒められるのは、そのへんの人に褒められることの百倍うれしい。そのへんの人差別ではない。武術の達人だって、同じ達人に褒められるほうが、子供に「すごいねー」って褒められるのにはない感情が芽生えるだろう。
「では、学年で二位の成績の奴は覚えているか?」
二問目のクイズが出た。
「知りません」
正直に答えた。なぜなら正直者は報われるはずだから。
「即答だな……。ところで、『知りません』って答えはおかしくないか? そこは『覚えてません』じゃないのか?」
「いえ、これで正確です。二位の人の名前は知りませんよ」
「あの……学院の一学年が千人いるわけではないのでしょう? 名前を聞いたことはあるのではありませんこと?」
ナーティアも納得できないところがあったらしい。何を言ってるんだという顔をしている。
「ん? 聞いたことのない声だな」
ナーティアを教授に紹介したことなかったな。前に教授が来た時はまだ島に飛来してなかったし。
「ロック鳥のナーティアです。私の二人目の弟子です。ナーティア、体を水晶玉のほうに向けてください」
水晶玉に顔が映るように、私は体をずらした。
「えと……これ、映ってますの? ロック鳥のナーティア・ハーゴット・スミティアナ・アントメイユですわ。錬金術に興味が湧いたので、今はフレイア様に師事しております」
「これはこれは。なぜだか、フレイアは珍しい方に好かれるらしいですね」
私も同感だ。なんでなのか。
まあ、人間のお子様が弟子にしてくれと言ってきても面倒を見る余裕が私にないので、どのみち断っただろうけど。
「王都で働いていますので、何かあったらお越しください。私の名前を出してくれれば、ロック鳥の姿を見せても大きなトラブルは起きないはずです」
この言葉が嫌味にならないところがすごい。それだけ教授は大物なのだ。
「話が途切れてしまったな。フレイア、学院の規模の話だ。同学年に何人いた?」
「一学年の人数は七十人ほどですね。入校時はもっと多いですけど、じわじわ卒業までの間にやめていく人も出るので、毎年の卒業が七十人前後です」
教授がうなずいた。教員サイドもとくに引っかかる説明じゃないはずだ。
「その人数だったら、名前の把握ならできる気がいたしますけれど」
「成績が近いなら名前を気にすることもあるでしょうけど、離れているなら気にすることもないでしょう?」
リルリルが本当に嫌そうな顔をしていた。まるで人をカメムシみたいに……。
「フレイア、そういうとこじゃぞ。そなた、たまに人の心がないところがある……」
「へっ? 私、間違ったこと言いました? だって知る意味がないじゃないですか。意味のないことだから覚えようとしなかっただけですよ。学生の名前がテストに出るなら覚えたでしょうけど、卒業前の二年は教授に一対一で指導されてましたし」
「フレイア様は……ご関心のないことにはこだわらない性格なのですわね。研究に一途だからこその首席なので……いいんじゃありませんこと? はい、いいですわ」
ナーティアが自分に言い聞かせるみたいに言ってるのが気になった。ソファもちょっと後ろに引いてないか?
「弟子のフレイアが怖がらせてしまい、申し訳ない。こいつは優秀だが、欠落している部分があるんだ。それが……こういう点だ」
なぜ、教授がリルリルたちに謝罪する必要があるのか。
しかも私が間違ってることになってるし。
なぜなぜ? なんで?
「そいつは人付き合いに意味を見出さない奴でな。ただ同級生の名前を認識してないとは思ってなかった……」
なんで教授が本当にショックを受けてるのか。
「あの、それで学生の名前クイズと私にまずいことが起きるのと、どういうつながりがあるんでしょうか?」
少しばかり、むすっとした声で尋ねた。勝手に悪者にされたのだから、そりゃむすっとするよ。
「二位の奴が青翡翠島に向かっているらしい」
「へえ。それはまたどうして」
「二位の奴が働いている工房の錬金術師から聞いた話だが、お前と勝負して決着をつけたいからだそうだ。植物の調査旅行という名目で島に行くことに決めたんだとか」
「へえ、決着ですか。なるほど、人生そんな通過儀礼なんかもありますよね―――はっ?」
なぜ、そこで私が絡むことになるんだ?
「待ってくださいよ、私はその二位と何の因縁もないですよ。二位と話したことぐらいはあるのかもしれませんが、記憶はありません!」
「ずっと二位二位言ってるおかげで、名前をまったく覚えてないことはよくわかった」
だって高名な錬金術師の名前ならともかく学生の名前を暗記しても使い道がない。それなら、薬草の名前をもう一つ覚えるべきだ――なんて言うとまたあきれられるので黙っていた。
「お前が何も知らなくても、二位のほうは因縁があるんだろう。因縁の細かい内容まではわからんが、どうせ本人が島に来るのだからその時に聞くといい。伝聞情報よりよっぽど確実だろう」
「これって学生同士の争いですよね? 教員の皆さんで止めてもらえないんですか……?」
こっちは血の気が多い不良じゃないのだ。あらゆる手を使って阻止するぞ。
「お前は学生ではない。新米の錬金術師だ」
「た、たしかに……」
「学生じゃない奴の管理をする権限など学院にはないわけじゃな♪」とリルリルが楽しそうに言った。師匠のピンチを楽しむな。
だが、このまま困ってるだけというのは無能がすることだ。
迎撃態勢を整えないと。




