96 また呼び出し喰らうことしたっけ?
「もうちょっと楽しい気分を続けたいので島酒をください」
追加注文した島酒はしっかりと泡がしゅわしゅわしていた。
「炭酸水、手に入るようになったんですかね」
これまではリルリルしか知らない、というか、リルリルしかたどりつけない場所で炭酸水が湧出していたので、ほかの誰かが使えなかった。
飲食店もたまにリルリルが炭酸水をおすそ分けした時以外は泡が出るタイプは提供できていなかった。
「道を作ったんじゃ」
リルリルが凱旋した将軍みたいに右腕を掲げた。小娘の見た目でやるポーズではない。
その見た目で何やってもたいがいかわいいから、そういう意味では別にいい。
「木を切って、何箇所か階段を設置した。それでも、港からけっこうな距離じゃからの。よほど味にこだわる奴以外は使わんじゃろうが、この店は妥協はせんらしいな」
リルリルはまんざらでもない顔で笑っている。
保護者のオーラが出ていた。島の人間は全部子供に見えてるのかもしれん。
「それと、これはウェンデ村までのルートを強引に作ったフレイアを見て思いついたところもあるのじゃ。礼を言っておく」
しおらしいことを言ってくれるじゃないか。
「こんなの発想のヒントですらないでしょ。感謝する必要もないです。が、感謝してくれるとうれしいので定期的にしてください」
「いや、定期的にはせん」
「しないって宣言するのはおかしいでしょ! 普段からいろいろ教えたりしてるし、なにより師匠ですよ!」
「弟子を教えるのが師匠の仕事じゃからな、そっちだって余が作った料理にあまり感謝してないと感じることも多い!」
「論点をずらした! はい、論点をずらすのは反則でーす!」
ナーティアが止めてくれるかと期待していたが、知らない顔で食事を続けていた。
ここに加わって同レベルだと思われたくないということか……。
私はやけ酒のように島酒をごくごく飲んだ。
おかげでちょっとむせた。
「酒の飲み方に似すぎじゃ。酒だと体を壊すから、フレイアは一生飲むな」
「守り神の言葉なら、できるだけ守ることにします」
●
「お菓子を出してあげたのに、あまりうれしそうじゃないわね」
応接室で私たちを出迎えたエメリーヌさんは不服そうにしていた。やはり感謝は積極的に形にして示すべきだな。
私の両側のソファにリルリルとナーティアが座っている。こういう三尊形式の神像があったような気もする。
「お店で食べすぎました。あと、島酒をごくごく飲んだので……」
炭酸水をたくさん飲むとげっぷが出やすくなる。後先を考えてなさすぎた。
「弟子二人は平気で食べてるようだけど」
ナーティアはきれいにフォークとナイフを使って、パンケーキを切り分けていた。
「出されたものを食べないのは失礼に当たりますもの」
ごはんを残してしまうリスク、この弟子たちといる限りは存在しない。
「それで、いったい何の用でしょうか?」
エメリーヌさんがぱんぱんと手を叩く。
召し使いの人が水晶玉を持ってきた。当然占いをするわけではない。
これは【念話器】といって、遠隔地の相手と通信を行う魔導具だ。ただし、魔力がないと使用ができないため、活用できる人は限られている。
錬金術師は魔力はポーションの力を高める時に必須なので、誰でも使える。
高位の貴族は幼い頃から【念話器】だけは使えるように魔力を手にできるように特訓させられることもあるとかないとか。
「あなたの指導教官から、弟子と連絡を取りたいことがあると言われてね。ここに来てもらったの。あなたの工房、【念話器】はないでしょ」
指導教官というのはもちろんミスティール教授のことだ。
黒髪で、目つきが悪く、錬金術の世界の大天才である。王家のお抱え錬金術師にならないかという話を断ったというのはおそらく事実だ。
はっきり言って、いちいち連絡を取りたいという話の時点で心は穏やかじゃない。教授の身に何かあったのではないかといらぬ心配をしてしまう。
教授に野心はない。野心があったら学院で学生の指導などしていない。教官室で長時間一緒にいたが、名誉欲みたいなものとも無縁の人だと断言できる。
しかし、教授の名前は有名すぎる。陰謀に協力させようと考える奴がいてもおかしくはない。
「すぐ教授と話します」
私は部屋を移すこともなく、その場で【念話器】の後ろに左手を置いた。
しばらくすると、水晶玉に教授の胸から上が映る。
「ああ、お前か。やけにすぐに出てきたな」
眠そうな顔で教授は言った。
あれ? 全然深刻そうな感じじゃないぞ……。
ま、まあ、いいことなんだけど。
エメリーヌさんは話がはじまったとわかった時点で、応接室を出ていった。そういうエチケットみたいなのはちゃんとしている。
「あの、どうかしましたか? 何か異常事態でも?」
「こっちを心配しているようならまったく必要ない。無病息災だ。たまに実習で学生が泣きだすことがあるぐらいだな」
「少なくとも学生にとっては息災ではないです」
「素で毒草を使いそうになる奴は怒鳴るしかないだろう。それで毒草と見分けがつきにくいものを扱うたびに思い出してくれるなら価値がある」
そうだった、そうだった、教授はこういう人だった。
命にかかわるものを使うのだから、何も間違ってないのだが、それはそれとして泣いた学生はかわいそうだ。強く生きて立派な錬金術師になってほしい。
……でも、平気で毒と間違えるような奴は自信喪失して辞めてくれたほうがいいのかな? 本当に人命に直結するからな……。
錬金術師の特殊なところは、成績の悪い人が努力して成功! というのをあんまり求めてないところにある。努力の人がその道のプロになるのは美談のはずなんだけど、無能な錬金術師は社会悪になるおそれがあるので。
そういう意味では、業界全体がドライかもしれない。みんな陰で努力してるとは思うが、ボロボロになってギリギリ合格みたいなのを狙おうとする学生は警戒される。
いや、そんなことはどうでもいいな。
この短い会話の中に、聞き捨てならない部分があったのだ。
「教授のほうがまずくないということは、その……どこかはまずいと?」
「そうだ。お前にまずいことが起こっている」
淡々と、ためることもなく教授は言った。授業日程の変更の話が来てたぞぐらいのノリで。




