95 加熱しておけ
定休日、天気がいいので昼食を港で食べた。
昼食ならリルリルもナーティアもそこまで大食いにならないだろうという読みである。ランチタイムのほうが食堂(この場合は家の食堂ではなくて店のこと)の値段も安いしね。
「フライのランチを十人前じゃ」
「わたくしは十五人前で」
私の思惑は外れた!
とはいえ、店の側も種族が人間ではないということで少し安くしてくれるようになっている。守り神が店に来てるわけだしね。
現状、国からの支援を受けなくてもやっていける状態なのでこれでいい。
「あの、気になってたんですが、本来の姿で食べることもできるわけですよね。人の姿で食べるのと何か違いがあるんですか?」
こんなことが聞けるのも、師匠の特権である。
「獣が店内におったらおかしいじゃろ」
「そういう当たり前のことは一回脇にどけてください」
「違いというか、人の姿でいる時間が長くなると、こっちのほうが落ち着くようになってくるんじゃ」
「それはわたくしも同じですわね」
ナーティアもこくりとうなずいた。
「人の姿で日常的に暮らしていたことはあまりないのですが、続けていると人間様式が当たり前になってしまうのですわ。となると、皿に口を突っ込んで食べるというわけにはいかなくなるのです」
「なるほど。なんか、わかります。なんか」
「フレイア様もロック鳥になれば、くちばしで肉をつつくのが当たり前になりますわよ。断言しますが、優劣の問題ではなくて、結局は経験するかどうかだけです」
「断言しますが、ロック鳥になることはないので、そうなんだろうなとだけ思っておきます」
錬金術師はとにかく経験を重視させる。
そりゃ、机上だけで実際に薬草を扱ってない奴が作ってみたポーションとか怖くて飲めない。
知識だけでは補えないものが確実にあるのだ。
でも、ロック鳥になることも、幻獣になることも経験はできない。
わからんとしか言いようがない。
「人間は人間の人生以外を生きられないんですよね」
「しみじみと当たり前すぎることを言っておる。深いようでとくに深くないぞ」
的確な指摘をされて、私も恥ずかしくなってきた。恥をかくのも経験だが、あまりかきたくはないな……。
「私が世界一特殊な弟子を持ってる錬金術師なわけですから、この程度のことは言わせてくださいよ」
またあれこれ問題点を突かれるかと思ったが、その攻撃が来ることはなかった。
なぜかというと、ランチの皿が大量に並べられだしたからだ。
リルリルもナーティアも食事に取りかかった。大食いだからとか関係なく、どんどん皿を空けないと次のも置けないし、店側も食器が足らずに困る。
食事というのは生きるために必要なことだ。だから、両者とも真剣だ。目を見るだけでもそれはわかる。
「というか、人間が食事を生存のための行為から切り分けようとしすぎなのかもしれないですね。会食だとか喫茶だとか」
などと言いながら私も魚のフライを食べる。
うまい。
「別にサルだって美味なものを選んで食うわい。まずいものを避けるのなんて文明ですらないわ」
「あの、師匠にはもうちょっと言葉やわらかめでお願いできますか? このフライの魚の身のごとく」
「善処する」
本当に善処してくれるんだろうか。
「にしても、謎ですね。なぜ揚げる程度の工程しかないはずなのにこんなに美味なのか。別に香辛料が効いてるとも思えないし、独自の配合の調味液に漬け込んだりしたわけでもないでしょうに……」
「その答えは鮮度ですわね」
ナーティアが即答した。
「鮮度がよければ、それだけで味は何割もよくなりますわ」
「ナーティアが言うと説得力が違いますね」
見た目がお嬢様だと、美食を食べ歩いてきたように見える。
山頂付近で暮らしてるとは思えない。
「足の速いこの魚ですら、釣った直後なら生でもいけるかもしれません。それぐらい鮮度は大事なのです」
「生はやめよ」
リルリルが空いてるほうの手を振った。もう片方の手はフォークを握っている。
「死にはせんが、腹痛を起こすことがある。どうしてもと言うなら、とにかくすぐ魚の内臓をとれ。それでリスクはだいぶ下がるが……推奨はせぬ」
「リルリル、食中毒の経験ありますね」
「そうじゃ。経験で学んでおる……。七転八倒の苦しみじゃった……」
やっぱり経験ナシでも学べるものがあるなら、そのほうがいいな。
錬金術師が食中毒になったら説得力が落ちる。
と、店員さんがばたばた走ってこっちにやってきた。
なんだ、ミスでもあったか? 違う料理を出されてたとしても、全員おいしく食べてるので問題ないぞ。
「先ほど、代官様に仕える方からご連絡がありまして。あとで屋敷に来てほしいと」
げっ。また何か頼まれるのか。
「依頼でもお願いでもないから、気楽に来てくれればいいという話でした」
政治家の言葉をそのまま信じてはいけない。六割本当ならいいところだろう。
「もうちょっと楽しい気分を続けたいので島酒をください」
追加注文した島酒はしっかりと泡がしゅわしゅわしていた。




