94 駅伝輸送機
前回、更新したと思ってたら、下書き状態になってました……。完璧にこっちのミスです。ごめんなさい!
私はリルリルのほうに寄っていった。
「説明、リルリルがやってください。目立つの、好きでしょう?」
「フレイアがやりたくないだけじゃろ」
「小娘が威張ってるように見えたら、へそ曲がりな人は受け入れづらいでしょ。年長者がやるほうがいいんです」
目立ちたいリルリルは結局、役を引き受けてくれた。
「皆の者、今後、この東屋に薬の入ったビンが届く。薬がすぐに必要になった者はこの東屋に来て、ビンを持っていけ。箱の中に購入者名簿があるので、名前を書くのを忘れぬようにな。それが終わったら――」
リルリルが手で浮かした木箱をまた魔法陣の上に置く。
木箱が飛んでいこうとするのを、リルリルが手で制した。
「――こんなふうに魔法陣に乗せれば、それだけで工房まで届くのじゃ。そしたらまた空になった分を工房で補充して空から送る」
村長が「お金の支払いはどうしたらいいんですか?」とサクラの役をやってくれた。さすがに村長は事前に全部聞いて知っている。
「代金を箱に入れると楽と思うものがあるかもしれぬが、やってはならぬ。ちゃんと箱が工房に届くかわからぬのでな。代金は後日、払いに来い。そもそも本来なら、錬金術師が病状など詳しいことを聞いて薬草を処方するものじゃ。ちゃんと錬金術師と口頭で相談するように」
うん、とくに間違ったことは言ってないな。
残りは私が補足するか。
「皆さん、病気の中には一回よくなったと思っても急に悪化するものもありますし、生活習慣のせいで慢性的に繰り返すものもあります。なので、治ったと思っても、代金を払う機会にでも症状を教えてください。ご本人が遠くて来られない場合は、ほかの方でも構いません」
村の人たちは真剣な顔で聞いてくれていた。これならそう問題は起きないだろう。
「錬金術師様、守り神様、後払いだと、お金を支払わない悪い奴も出てくるんじゃないですか?」
村のおばさんが尋ねてきた。たしかに人の善意に頼りすぎな方法ではある。
私が言いたいことだからか、リルリルがひょいと手を小さく挙げた。
「それが三回起きたら、薬の配達は中止じゃ。なお、支払いが行われてない旨はこちらから村長に連絡する。村で薬を使った病人なんて、どうせすぐ特定されるじゃろ。まさか村以外の者が盗んでいくということも、ありえんはずじゃ」
誰にもわからないように悪事を続けるのは難しいだろうという考え方だ。
孤立したような場所にある村だからこそ、未払いの奴と言われるのは厳しいだろう。
これも狭い島だからこそ成り立つことなんだよな。
閉じた世界だからこそ、実現できるものもある。
「それと、工房に来ての支払いのほうじゃが」
リルリルがカードを出した。
「マニッカも対応しておるのでな。こちらもぜひ使ってくれ♪」
営業用の宣伝そのものじゃが、私のふところがうるおうシステムではないので、使っても使わなくてもどっちでもいいです。
「でも、錬金術師様、これって工房の外での営業活動にはならんのですかな?」
おじいさんが少ししわがれた声で質問した。この人なら何代も前の錬金術師も見てるだろうから、外での商売の禁止ということも何度も耳にしただろう。
「支払いは工房でしてもらいますし、私はこの村に足を踏み入れてないはずなので、大丈夫なんじゃないですか? 偶然、ビンが遠くに行ってるだけです」
そう、このビンだけ送り込む方法なら、工房の規則に抵触しない。
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工房に勤務する錬金術師およびその助手が、工房を離れた場所で薬品の売買を行い、金銭を受け取ってはならない。また錬金術師の資格を持たない者が、錬金術師が作成した薬品の売買を行ってはならない。
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錬金術師も助手も工房を離れていない。資格のない者が売買をしたわけでもない。
ルール上は問題ない。グレーな部分はあるけども……。
まあ、このシステムが禁止になったからといっても、それは以降のルールが変わるだけの話で、これで私が処罰されることはない(はずだ。だって、私は何も違反はしていないから)。
「錬金術師が外で働かず、薬だけを届ける。これが【駅伝輸送機】を使った新しい制度です」
「えきでんゆそうき?」とおじいさんが言った。ほかの村民たちまでざわついた。
えっ? なんでそこで不穏な空気になるんだ?
「フレイア、お前は名づけが変じゃ」
「まあまあ。正式名称はその【駅伝輸送機】ということにして、愛称は別にすればいいんですわ。ええと、ええと」
ナーティアがフォローに回ってくれた。逆に言うとフォローが必要なレベルではあるんだな……。
「ほら、空を飛んで薬が来るわけですから、飛ぶ薬なんていかがでしょう?」
私もリルリルもちょっと固まった。
「おい、鳥。犯罪的な匂いがするのでそんな名前いいわけないじゃろ」
「えっ? 薬が飛ぶわけですからそのままの意味ではありませんか?」
「いかがわしい薬を取り扱ってるように思われるじゃろ!」
「いかがわしい? どうして、そういう解釈になるんですの? 具体的な話が見えませんけれど」
「あっ、こやつ、本当にわかっておらんようじゃ」
たしかに麻薬というものがあるなんて孤高に生きてたら知る機会はないよな……。
自由に空を飛べるロック鳥が麻薬に手を出す意味なんてないんだと思う。全能感が欲しかったら、好きなだけ羽ばたけばいいのだ。
「え~、話を戻しますが、名前に関しては村にお任せします。村の方が使うものなんで」
少なくとも決まるまでの間、私は【駅伝輸送機】と呼ぼう。
だって、名づけた私すら見捨てたら、【駅伝輸送機】という名前がかわいそうだからな。
これで【駅伝輸送機】のお披露目会は終わったわけだけど――
「皆さん、このシステムは錬金術師の私だけでは絶対に成し遂げられませんでした。道なき森の中に踏み込んで、しかも木の枝や岩山の上やらに上らないといけないからです」
私は声のトーンを上げた。
そして、右手でリルリルの背中を、左手ではナーティアの背中を押した。
「二人の弟子のおかげではじめて実現したことです。どうか二人に惜しみない拍手をお願いいたします!」
守り神のリルリルが崇められるのは当然として、ナーティアにも「鳥の神様」なんて声が飛ぶ。
うん、この島で鳥の神様と思われたところで別に信仰にバッティングはない。リルリルも否定する気はないのだから。
「こっちの信仰を奪わんなら認めはする」
リルリルは横目でナーティアを見て、言った。
「別にあなたに認められなかろうと、信じる方の勝手ではありますが、認められたということは覚えておきますわ」
ナーティアもありがとうとは言わなかったが、これは受け入れたと考えていいだろう。
背の高いナーティアが少しわずかにしゃがんで、私に耳打ちした。
「大勢の方から感謝されるというのも悪くありませんわね」
気を張ったところもない優しい声だった。
「でしょう」と私も小声で答えた。
黙々とポーションを作って売るのが、本来の工房に勤める錬金術師の仕事だし、それで何も悪くない。
でも、少し知恵を出して、本来の業務の枠外で評価されるのも、これはこれでオツなものだ。
南の村とのつながり……というかルートもできたわけだし、やっと島全体に工房の商圏が確立した。あまりにもおおげさな表現だから誰かの前では言えないけど、ウソは言ってないはずだ。
今後とも、『錬金術工房 大きなオオカミ』をごひいきに。
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これで華麗に退散することができればかっこよかったのだけど――
「そいじゃ、ナーティアよ、帰りは乗せていってくれ。輸送の魔法陣のルートならあっという間じゃろ」
「あっという間でも重いのでお断りしますわ。それと、今度はあなたがわたくしを乗せて帰る番でしょうが」
あっ……また険悪な空気になりかけている……。
「ケンカはやめましょう! トラブルの原因の半分は言葉遣いの問題です! ケンカ腰なのはダメ!」
弟子の人間関係をコントロールする方法はまだまだ確立されていない……。
弟子の口ゲンカが起こらなくする方法を書いた本ってないだろうか。教授にそういうマネージメントの本ってないですかと、そうっと聞いてみようかな。悩みながら自分で答えを出せとか言われるか。
こういう時、優しい指導者の知り合いもほしいなと思った。
「じゃあ、余は自力でそっちより先に帰ってやるわ!」
オオカミの姿になったリルリルは、道なき道を北に向かって突き進んでいった。
「わたくしも負けませんからね」
ナーティアがロック鳥の姿になる。
「さあ、フレイア様、すぐに帰りますわよ」
「三回、深呼吸してください。気持ちがたかぶっている時に事故というのは起きるものです」
とくに事故もなく工房に帰れたが、私は帰路、強めにナーティアの背中にへばりついた。




