93 浮かぶ箱
後日、私たちはウェンデ村との協議をして実験の日を決めた。
今回の私は行きもロック鳥のナーティアに乗った。
でないと、工房の昼の営業に間に合わなくなる。
カルスナ村長にはそんなに大々的にやる必要はないですと伝えていたのだが、空から現地に向かうと、ほぼ村中の人が集まっていた。
「錬金術師様!」「鳥の神様!」なんて声も聞こえてくる。
「あのう……盛り上がりすぎてますよ。これ、失敗確率もけっこう高いんですけどね……。今日もあくまでも実験のはずで……」
やんわりと村長に苦情を言った。ギャラリーが多いならもっと成功確率を高くしてから日取りを決めたぞ。
「すみません、なにせ娯楽の少ない村なもので、みんな集まってきてしまいまして……」
村長はやたらと汗を拭いている。そんなにリーダーシップが強い感じの人ではないな。
「それと、その……ナーティア様が空から参られると、とんでもなく目立ちますので」
「あっ、それはたしかに……」
空飛ぶロック鳥が近づいてくれば村のどこからでもわかるよね。
「わたくしの高貴な姿が目立つのはやむをえませんわね」
ナーティア様という呼び方がうれしかったらしく、ナーティアはご満悦だった。
おだてるとちゃんと喜んでくれるのでおだてがいもある。
「それと、守り神のリルリル様はいらっしゃってないんですね」
村長が私たち二人を確かめるように見た。やっぱり守り神が一番人気だな。別に、実はリルリルが姿を消しているなんてこともない。
「リルリルは街道の保守作業をやってもらってます。いずれここに来ます」
「なるほど。お待ちしております。村のみんなも歓迎するでしょう」
「…………」
「…………」
私と村長が互いに黙り込んだ。お互いに話題がなくなったのだ。
結果が出るまで手持ち無沙汰なので、できれば早く結果が出てほしい……。私は芸人ではないので、場をつなぐみたいなこともできない!
「ところで、村でも少し外れのほうに置かれたんですね」
村長が話をつないでくれた。助かります。
「ああ、障害物に当たるリスクを避けるには、できるだけ村の中は通らないほうがいいので」
私たちは村はずれの大きめの東屋の中にいる。大きな屋根のおかげで日も当たらない。
東屋の横はもう森のはじまりで、村民が木の実や薪でも採取するための林道が伸びているだけだった。
東屋の一角に転送用の魔法陣の布が木で打ちつけてある。
これを紛失したら何もかも終わりだ。
その時、林道のほうからザッザッと砂をこするような足音が聞こえてきた。
「一つ一つ、箱が引っかからぬか確認しながら歩くのは暇じゃったわ。弟子じゃなかったら文句を言っておるところじゃ」
頭をかきながらリルリルが獣道からやってきた。いや、きっちり文句言ってるじゃん。
「それと、後ろのお連れさんは何なんですか?」
リルリルの後ろにはなぜか子ジカが二頭いた。
「興味あるらしく、ついてきおった。空を何か飛んでるのが気になったんじゃと」
「ああ、リルリルは動物とも会話できましたね」
話し相手がいなくて退屈しなかったのならいいことだ。絵本に出てくるようなメルヘンを体験しているのに、なんでこんな尊大な性格になったんだ?
「かわいい小動物ですわね」とナーティアが鹿を撫でにいった。
シカのほうが少し怯えてるように見えるが、人の姿でもロック鳥なことはわかるのかな……。
「で、肝心の宅配便のほうはどうなってます?」
「そろそろ来るはずじゃ。到着後に余が現れると、目立てなくなるので、先に来た」
じゃあ保守作業になってないじゃないか。
だが、苦言を呈する前にリルリルは村民のところに入っていって、「守護幻獣様!」「守り神様!」と讃えられていた。都市部の芸人向きのメンタリティだな。
「そろそろじゃな。皆の者、あっちの森に目を向けよ」
リルリルが指差したあたりから、ふわふわと木の箱がやってくる。
「なんだ、あれ?」「木の箱だ!」「箱が浮いてるぞ!」
会場が今日一番の盛り上がりを見せた。盛り上がってる割には対象が箱なのがシュールだけど。天使みたいなのが飛んできたほうがかっこいいよね。
その箱はゆっくりと東屋の魔法陣の上に着陸した。
私と村長が箱を覗き込む。
さて、到着はしたけれど……まだ中を検分できてはいない。
私は一度、唾を呑み込んでから、木箱の金属の留め具を外した。
中はおがくずに包まれた中に小ビンが八つ入っている。
ここで問題が生じていたら何にもならない。どうか無事であってくれ。
「ビン割れてませんね。不良品はなし……」
私は右手を小さく握り締める。
「成功です! 輸送成功しました!」
村の人たちが「おおお!」と声を上げた。おそらく意図がわかってない人もいそうだけど、細かく説明してないからしょうがない。事前に説明して、実験に失敗したら意味なかったからな。
これをやるの、本当に大変だったんだよなあ……。
といっても大変だったのはリルリルとナーティアで、私はほぼついていっただけだけど。
このシステムは本当に単純だ。
物を運ぶ魔法陣を描いた布を一定間隔で安定した岩の上や太い木の枝やらにくくりつける。
あとはそのルートが途中で途切れないか、点検していくだけだ。
問題は魔法陣の布の数が膨大になることだけど、さすがに千枚必要なわけでもないし、黙々と作っていけばどうってことはなかった。
ただ、設置のほうはなかなか大変だった。
「この木はバランス悪いじゃろ」とか「これはほかの枝に引っかかるかもしれませんわ」とか安定したルート設計には異論が続出した。事実、枝にぶつかってしまって、別ルートに変更した箇所もあった。
それを何度も修正して、ついに村までつないだのだ。
いやあ、私も森についていったから葉っぱも蜘蛛の巣もたくさんついた……。ついでにいろいろ薬草も入手したけど疲れはした。一時的に猟師に転職したような気分だった。
リルリルがいなかったら五回は遭難していただろう。
というより、リルリルとナーティアがいなかったら山野に突っ込んで、魔法陣を設置するという作業自体ができない。
私は大物冒険者でも何でもないから、三分の一も設置する前に諦めたと思う。




