92 転送魔法陣
ゆっくり陸路で戻ってきたリルリルは店舗で作業中の私を見て、変な顔をした。
「やけに木材を集めておるの。棚でも作るのか?」
「当たらずとも遠からずですね。空飛ぶ箱を作ります」
「そんなことが魔法でできるなら、とっくに馬車など廃れて、みんな空を飛んで移動しておるじゃろ」
「いい指摘です。十点あげます」
「その十点は何に使えるんじゃ」
この指摘は無視して先を続ける。
「はっきり言って、箱で人を運ぶなんてことは無理です。重すぎます。安全に運ぶこともできません。ですが、もっと軽いものならやりようはあります」
私は床に魔法陣が描かれた布を置く。
同じものを店舗部分の隅のほうに置いた。
「これは転送の魔法陣で――」
「ほう! 移動できるのか! それは便利じゃ!」
リルリルが近くの布に乗った。
「……。…………。ワープがまったくはじまらん。つまらん」
わくわくした顔が切ないものになっていくの、ちょっと面白かったな。
後ろで一部始終を見ていたナーティアも少し笑いかけていた。
「そういや、猫ってなぜか円の中に入りたがるって言いますよね。犬もそうなんでしょうか」
「失礼じゃぞ! 犬と一緒にするな!」
「いや、犬ではありますわよ。かなり近い種類ですわよ」
「鳥もうるさいぞ。ワープできると思って入ったことぐらい、話の流れでわかるじゃろうがっ!」
尻尾が荒ぶってきたので話を戻そう。
「転送っていうのは、別に瞬間移動のことではないですよ? 今の魔法の技術では物質を違う場所に瞬時に動かす技術は開発されてません。作り話の範囲です」
「じゃあ、転送は起きんではないか」
せっかちすぎる。今から言おうとしてることを全部聞いてくる。
「人の話を最後まで聞かないので五点マイナスです。転送って時空の瞬間移動以外にもあるでしょ。ほら、どいてください。で、この空のビンを置くと――」
リルリルに代わって席についた小さなビンは、ふらふらと浮き上がる。
「おおっ! 浮かびよった!」
そのビンはよたよたとずいぶん情けない調子で空中を移動して、やがてもう一枚の布のほうに着陸した。床にじか置きだったので、ビンがゴリッと鈍い音をたてた。
「こんなふうに、軽いものなら同じ魔法陣のその先に送ることはできるんです。この魔法陣を応用します」
「じゃが、こんなに簡単に物を運べるなら、もっと活用されておるはずじゃろ」
「そうなんです。その指摘は素晴らしいので、五点あげます」
「だから何に使えるんじゃ。マニッカの木札に還元されたりするんか?」
「それ、面白いアイディアですけど、マニッカで利益を得てる人がいないんで無理なんですよね」
二百ゴールド分使用するごとに一ゴールドたまるとか、悪くないかもな。
「まあ、転送用の魔法って不確実なんですよ。この布であれば、徒歩五分ほどの距離でふらふらとものを運ぶ力しかないんです。その途中でイタズラにあったり、盗まれたりするかもしれませんし。あと、こういうのも困ります」
魔法陣にペンを置いてみた。
ふらふらとペンが移動していく。
そのルート上にナーティアが立つ。
ナーティアに当たって、ペンは落ちてしまった。
「障害物が途中に立ちはだかると、対応することができません」
「それではダメではないか。どうするんじゃ?」
私は天井を指差した。
「なんじゃ? 別に蜘蛛の巣なんて張っておらんぞ」
「さらに上です。屋根の上です。そのまま、人里を経由しないルートでウェンデ村まで転送魔法陣を通します」
「屋根から飛ばせば、そりゃ、人にぶつかることはないじゃろうが、ウェンデ村まで届くわけないじゃろ。飛ぶわけがない。どんだけ離れとると思っておるんじゃ」
リルリルが腕組みした。
納得がいってない時にとる態度だ。
「リルリル、駅伝制度というのはご存じですか?」
「街道ごとに早馬を置いておいて、どんどん全速力で走らせていくやつじゃろ。すると、短時間で情報が届くというやつじゃ」
「それを転送系魔法陣でやります」
「ああ、駅伝で……何っ? そんなことできるんか? 魔法のシステムはわからんが、中継地点を作りまくるということじゃろ?」
リルリルは魔法陣の描かれた布をとった。ふにゃふにゃの頼りない布だ。
「原理上は。転送魔法陣っていうのは地点〇から地点〇へと移動させるものです。地点〇のものは地点△へは移動させられません。なので転送系魔法陣は少しずつ形が違います」
「それは当たり前じゃ。そうでなければ使いようがないじゃろ」
「で、ここからが大切なところなのですが――」
ナーティアが隅の布の上に別の布を重ねた。
それから、数歩離れたところにまた布を置く。
「これで、実験をしてみましょう。リルリル、持ってる布も床に」
私はビンのふたを魔法陣に載せた。
そのふたはまず隅に移動してから――次の目的地へと移動した。
「あっ……中継して、最終目的地へ行ったわけか!」
「この魔法陣は重ねて置いても効果を発揮するんです。なお、重ねた布にはそれぞれ別の魔法陣が描いてあります」
私は備品の黒板に図を書く。
〇⇒〇
△⇒△
□⇒□
「つまり、地点〇の終点が地点△の起点になっていて、地点△の終点が地点□の起点というふうにつながっていけば、どこまででも行けるんですよ。……原理上はですが」
あまり自信はないが、それでもやってみようと思う。
「人里離れたルートでさらに樹上だとか、障害物のないルートを作って、ウェンデ村までつなぎます。実際にやると鳥に狙われたりするかもしれませんが、とにかくやれなくはないです」
リルリルはしばらくぽかんとしていたが、途中から笑い出した。
それはそれは大声で。
「なるほどのう! 壮大なのかケチくさいなのか全然わからんが、とにかく楽しそうじゃ!」
「ええ。ちょっとバカっぽいし、失敗しても笑えるでしょう」
「ちなみにアイディアは空の上で思い浮かんだそうですわ」
ナーティアも光栄と思ったほうがいいのか、こんな変な移動手段と一緒にされてもなと思ったほうがいいのか迷ってるようだった。
そうなんだよなあ。これってアイディアというよりも力技なのだ。ひたすら魔法陣の布を並べまくって、強引にどうにかやろうというあほっぽいやり口だ。
けど、だからこそ、楽しいと思う。仕事の空き時間にやったら絶対楽しい。
「それで薬が運べたとして、支払いはどうするんじゃ? お金も空から送ってもらうんか?」
「それはたしかにアリかもですが、盗難の危険もありますし、もっと確実な方法をとります」




