91 小さい鳥なら
「ナーティア、メモするようなものってあります?」
ダメ元で私は聞いてみた。ないなら帰宅してから書けばいい。
「はい、持ち歩いていますわ」
持ってきてるんだ! 単語の練習がされてるノートと小さなペンを渡された。ナーティアは本当に勉強熱心だ。
空いてる箇所で私は論点の整理をする。こういうのは書いたほうがいい、ミスティール教授もそう言っていた。
・お金の支払いは工房で行われないとアウト
・ものをタダでウェンデ村に送ることはセーフ
「これはどうじゃ? 商人がフレイアから薬をもらって、店に置く。それを持っていった村民はあとで工房に行って金を払う――というのはどうじゃ?」
「う~ん……。ルール上はギリギリセーフなような気はしますけど、手続きが面倒なうえに、いつ何が売れたかさっぱりわからないのはちょっと……」
「売ったわけではないとはいえ、錬金術師が扱う薬を店に並べるのは商人としては危ういですね……。営業停止になってしまうと、村が立ちいかなくなるので」
日に焼けた店主さんは丁寧に説明してくれた。この人なら長くやっていけるだろうなと思った。
「ですね~。惜しい気はしますが、リルリル案は不採用ということで……」
「く~! 上手い案が浮かばなくて悔しい!」
リルリルは何かに負けたような反応で尻尾を振りまくっていた。
興奮するとマイナスの勘定でも尻尾が動くらしい。
もう一軒の高台にある商店も寄ってみたが、こちらは大陸で流行りのものを置いてあるタイプの雑貨屋さんだった。
王都で見かけたような服や靴、ブローチなどがさほど広くない店の中に置いてある。
「売ってるものが全体的に厚着すぎる気がするのう」
「王都は北のほうにありますからね。その影響です。新しい様式でも打ち立ててください」
「じゃったら、弟子入りするから服飾店の大物を島に連れてきてくれ」
「弟子入りしたい対象を呼びつけようとしないでください。大領主の考え方ですよ」
「さてと、店の外で鳥が待っておるし、行くかのう」
頭の後ろで手を組んでリルリルはだらだら歩く。ちょっと足開きすぎだろと思うが、私はもう慣れた。
「では、フレイア様、広場まで降りましょう」
エスコートするみたいにナーティアが手を差し出してきた。せっかくなのでその手をつかんで本当に連れていってもらうことにする。
「あん? このまま上がっていかんと帰り道にならんぞ」
「あなたはそうでしょうけど、フレイア様は空からお帰りになりますので」
「あっ」
リルリルがまぬけな顔になった。
ナーティアに乗って帰るという話、完全に忘れていたな。
●
広場でロック鳥の姿になったナーティアを見た村民から歓声と悲鳴が半々で上がった。
私も自分よりはるかに大きな鳥がいきなりやってきたら恐怖する。それは人間の自然な感情だからしょうがない。
村長はというと、まっすぐ棒立ちになっていた。先生に叱られてる下級生を思い出した。肩が吊り上がるんだよな。
「ほっ、本当だったんですね……」と村長。
「そうですわ。ウソをつくのは無粋ですもの。少し強く風が吹きますのでご注意くださいまし」
広場からナーティアが飛び立つ。
すぐに村の屋根が見える高さになり、さらに小さくなっていく。
「山の上をまっすぐ突っ切ったほうが距離は短いですが、耳がきーんとなりそうですから、ぐるっと回りますわね」
「ナーティアにお任せいたします」
絶景を見ながら考え事をするのは贅沢というか、もったいない気もするが、「工房がウェンデ村から遠すぎ」問題はじっくり考えたかった。まさに村も工房もその間の部分も俯瞰して見られるし。
まず商店に協力してもらう案はナシとする。
手順が多すぎるし、商店が罪に問われるリスクがある。
やるとしたら、私だけでやれる方法を考えるべきだ。
「少し遠回りしてお運びいたしますわね」とナーティアが言った。
「すみません、考え事をしているの、バレていますね」
「う~ん、う~んと何度か聞こえましたわよ」
「聞き流しておいてください……」
まあまあ恥ずかしい。これまでもそうやって無意識にうなってたのかな……。
「糸口は見つかってるんです。リルリルの言ってた商店にモノを置いておけというのは発送としてはいいと思うんです」
「あの方をあまり褒めたくはないですが、ルール上はそう問題はないんですわよね。ただ、商店の責任になるかもしれないので避けたいと」
「なんですよ。それに、関わる人が増えれば増えるほど、グレーがブラックになるので」
「まあ、毎日のように村に飛んでいくのが仕事になるのは煩わしいですけれど、月に一度だとかであれば何も気にいたしませんわよ。そのうち半分をリルリルに任せるならさらに楽になりますし」
「お気持ちはありがたいんですが、二人の自然を超越した力を使うのは反則だと思うんですよ。再現性がないというか。あなた方が永久にこの島で暮らすかどうかなんてわからないわけじゃないですか。それは私だって同じです」
「つまり、誰でも使える手段があったほうがいいということですわね」
風が吹きつけてくるが、少しぐらいは我慢できる。
「ええ。まして、薬を運ぶなんてサービスははじめたら簡単には廃止できないので。どんな後任の人間でも負担なく使えるものでないと私が恨まれます」
「わたくしみたいなロック鳥がたくさん島に住んでいればいいんですけれどね」
「ははは……。そんなにロック鳥が住めるほどの面積はこの島にはないですよ……。もっと小さい鳥ならいいですが……」
小さい鳥……?
「そうか。輸送手段を作れば、あるいは……」
ナーティアの代わりになる小さい鳥なら、私がどうにかできるかも。
「何か思いつきましたのね」
「ええ。仮説も仮説ですが。すみませんが、もう少し低空で飛んでいただけませんか? 低空飛行の場合の、村から工房までの最短経路を確認したいんです」
「わかりましたわ」
だんだんと小さかった木々が拡大されるようになる。
中央の山とは別の畝のような稜線があればいいんだが。
「うん、できそうですね」
作業が大半だけど、時間さえかければ道は作れる。




