90 店を調査
「あと、もっと具体的な話を聞いたほうがよいと思って一人残ってもらったわい」
リルリルが手招きすると、女性が一人近づいてきた。
どこかで見たことのある顔だと思った。
でも、いつ出会ったんだ? 私はウェンデ村に来たのは今日が初だし……。
「先日はありがとうございました。おかげで子供の体調もすぐよくなりました」
「あ……あぁっ! この村からやってきたお客さんですね!」
教授が私を監視している日だったのでよく覚えている。子供の急な高熱で、この人が工房にやってきた。ポーションを売る時と違って私も気が張った。
適切な対応をした自信はあるが、こういうのって適切な対応ができたからといって助かるかは別なので、無事だとわかってよかった。
「お子さんがお元気になったなら、なによりです」
「元気すぎるぐらいですよ。今もそのへん、走り回っていると思います」
たしかに子供の声が聞こえるなと思ったら、屋根に乗ってる姿が見えた。
「危ないっ! 危ないっ! どうやって登ったんですか!」
「この村は段になってるので、上の段から下の段にある家の屋根は上りやすいところがあるんです。それと、あの子はうちの子ではないですね」
余所様の子は注意するほうも気をつかうのか、これぐらいは許容範囲なのかよくわからん。
子供の話は置いておいて、私はその女性に要望を尋ねた。
「症状を伝えるには工房に出向くしかないのは承知していますし、そのほうが適切な薬草などもいただけるのでしょうが、副作用のないようなものでも気軽に買えればありがたいですね」
「ですよね~」
村の地政学的な問題(立地と書かずに地政学的と書くと頭がよさそうに見える)なので、村民の要望は同じところに集約されるよね。
「でも、商店で丸薬ぐらいは売っておらんかったか? 錬金術師がおらん間、ずっと薬がなかったわけではないはずじゃぞ」
リルリルは錬金術師不在の期間もよく知っている。
「あ~はいはい。ぶっちゃけ、薬というよりは栄養剤ですよ。だからこそ錬金術師がいない場所でも売ってよいんです」
「で、商店でポーションを置くのは違法なんじゃな」
「ポーションでもダメですね。ここのお店を信用してないって意味じゃないですが、知識がない人は品質管理に責任を持てませんからね。使用期限を過ぎた回復力のないポーションが売れ残っていて、それを冒険者が購入すると命にかかわるでしょ」
原則論ばかり話してしまっているが、ルールがあるということはそれなりの理由があるのだ。
「ううむ……。この村の人間を工房に運んでくれればええんじゃがのう」
リルリルの視線がナーティアに向いていた。
「そんな運送会社みたいな真似はしませんわよ! それだったらあなたもすべての馬車の代わりはしてないでしょう?」
「余は守り神じゃからそんなにやすやすとは動かん」
「それと同じですわよ。力のあるものがこき使われるのは解決ではありませんわ!」
これはナーティアの言ってることが正しい。善意に全部乗っかる方法は必ず破綻する。
「工房についてのルールを再確認してみましょう。どこかに抜け道があるかもしれません」
抜け道と言うと語弊があるけど、悪事を働いて稼ごうとしてるわけではないので、許してほしい。
「もう少し調べましょう。お店もあるんですわよね」
ナーティアが観光客気分で言った。
「たしかに仕事で来てるわけではないし、ちょっと散策しますか」
錬金術師らしくフィールドワークをしてやろうじゃないか。
●
村の先端部分のほうにある店は想定していたよりも三倍ぐらい広かった。
ありとあらゆる日用雑貨が揃う――と言うと過言かもしれないが……いや過言ではない! 少なくともカノン村にこんな店はない!
「これだけ売ってれば日常は村から出なくてもどうとでもなりますね。鍬がダメになっても、皿が割れても、ここに来ればいいわけか」
私は三種類のサイズ違いのホウキを順に手に取る。このホウキ、工房に備品として残されてたものと同じじゃないか。
「もともと倉庫だった建物を改装したんです。といっても、空にした倉庫に商品をぶち込んだだけですけどね」
日焼け顔の店主はいかにも接しやすい態度で、これは商人だなという気がした。
「マニッカ、便利ですね。このお店でも使わせてもらっていますよ。村からあまり出ない人は慣れてしまえば、小銭がいらなくて楽だと言ってます」
「あ~、狭い範囲で暮らしてる人のほうが恩恵はあるかもですね」
自分の作ったものが評価されるのは率直に言ってうれしい。
そんな店の中には栄養剤レベルの丸薬も置いてあった。
「売っても違法ではないということで取り寄せてるんですが大丈夫ですかね?」と店主から聞かれた。本職の錬金術師が見に来たら不安にはなるな。
「ええ、錬金術師以外が売っていいものです。逆に言えば、気休めのものなので、体調不良が続くようなら船で大陸のお医者さんにかかるべきですね」
「はい、これまでも村ではそうしてきました」
なお、医者が作った薬も同様に無許可で売ってはいけない。理由は錬金術師の商品を離れた場所で売ってはいけないのと同じだ。
「ちなみに工房ができたからといっても、病気なら島の外に出たほうがいいです。錬金術師ができるのは調薬で治せる範囲なので」
たまに間違えてる人がいるが、錬金術師は医者ではないので、切れた指を持ってこられてもどうしようもない。工房が復活したのは島としてはいいことだけど、医者の代わりにまではならない。
細かいことは聞いてないが、どうせ代官屋敷に勤めてる中に医者の資格を持っている人間が一人ぐらいはいるんだろう。普段は代官専用で、緊急時のみ島民も対応するような。
「おっ、こういうのはどうじゃ?」
リルリルがぱちんと手を叩いた。
感情表現が時々、原始的。
「ここの商人がたまに工房に行って薬を買いつける。で、ここで売る。これなら錬金術師は行商をしたことにはならん」
「ダメですわよ。それだとフレイア様は裁かれなくても、ここの店主さんは違法で薬を売った罪になるでしょう」
「あっ、ほんとじゃな……」
リルリルが恥ずかしいのか一歩後ろに下がった。
リルリルの案がいけるなら、現時点で大陸で買ってきた薬が並んでるだろう。
「ならば、商人が売らずにタダで渡せば法的には――」
「僕が破産しますね」
他人事じゃない店主が間髪入れずに言った。
これも善意だけで物事を動かそうとしてもダメな例だ。
けど、それに近い発想で何かできそうな気はするんだよなあ……。
薬は私の工房にあるわけだから、法に触れない範囲でこの村まで送り届けることができれば……。




