89 ウェンデ村聞き取り調査
ご老人は「リルリル様……」「リルルル様……」と頭を下げている人までいた。完全に信仰対象だな。ところでリルルルってなんだ。なまってるのか。
「はっはっは! 余は島のことを第一に考えておるからな! この村のことも忘れたりなどせん!」
「あの、偉そうなのはけっこうですけど、薬を作ったのは私ですからね? 試供品を無料で配るならルール違反にならないという抜け穴を思いついたのも私ですからね? そこは忘れないでくださいね?」
このままだと全部守り神リルリルの手柄にされそうなので、私は人間が小さいことを言った。やっぱりどうせなら感謝されたいからね……。
「フレイア様も、もっと胸を張るべきですわ。青翡翠島最強の錬金術師だとか宣言すればいいのです」
ナーティアがよくわからないアドバイスをしてきた。
「いや、島最強も何も島で錬金術師、私しかいませんから」
「ウソは一切含まれてないから問題ありませんでしょう。真実しか言ってないから恥ずべきこともございません」
なんか詐欺師のやり口っぽいぞ。
そんな話をナーティアとしているうちに、リルリルの前にけっこうな列ができていた。
「これからも余をあがめて、錬金術師のフレイアも大切に扱うようにな」
そんなことを言いながら、リルリルはどんどんビンを渡していった。
無料とはいえ、大人気なのはうれしい。
それと、接客をリルリルがやってくれるのは助かる。一度に何十人の村民としゃべっても、さすがに記憶できない。
「リルリル、ついでに困ってることやほしいものやらあるか、村の人に質問してください。今後の参考にしますから」
「そういうのは自分でやらんか。まっ、意識はしておく。――なあ、要望あるか? あったら余の師が知りたいそうじゃから率直に話せ」
文句を言った直後に対応してくれるあたり、リルリルは気のいい奴だ。学院の教室にいたら、友達になれたかもしれない。
●
リルリルが列をさばいている間、私はカルスナ村長と話をした。
村長もふらっときた私を賓客として扱わないとまずいと思っているようだった。錬金術師って立場は一種の貴人に見えるらしい。
代官のエメリーヌさんはこちらを貴族でも何でもない一般人だとわかってるので、いいかげんに扱ってくれる。本音を言うと、そっちのほうがありがたい。
「見たまんまですが、この村はどこへ行くにも遠すぎるんです。こればっかりはどうしようもありません」
村長は苦笑していたので、絶望的な状況というわけではないようだが、大変ではあるな。
この村で生まれ育ったら、地理的なものは受け入れるしかないと考えているんだろう。
「ですよね。海が近いのでせめて船で移動できればいいんでしょうけど」
私は話を合わせる。友達はいないが、第三者と話すぐらいはできる。
「ずいぶん昔は船でも移動していたそうですが、北側の港との間はなかなかの難所でして……」
ああ、海難事故がよく起きたんだな。
「この村もいまだに多くの家で小舟は用意しているんです。穏やかな日に娯楽感覚で使う人もいますが、それぐらいです。港は長らくまともに機能していませんね。潮の流れも速いし、湾にもなってないので波も強くて」
言われて気づいたが、波が岸壁にぶつかる、ざぱん、ざぱ~んという音が時たま聞こえる。
「というわけで、陸の孤島というわけです。青翡翠島自体がまさに孤島ですがね。ははははっ!」
「自虐ネタは笑っていいかわからないのでやめてください!」
こういうの、地元民はネタにしていいけど、外部の人間が笑ったら怒られたりするから! 理不尽! だったら誘いかけるようなことはしないでほしい。判定をするのは地元民というのはズルい!
「まあ、このウェンデ村が僻地であることは紛うことなき事実ですから、それを言われても腹など立てませんよ。かといって、この島でそれなりの人数が住める場所というと、このへんとカノン村、あとは港ぐらいしかありませんから」
「ああ、空から見たら平たい場所はそのあたりでしたわね」
ナーティアが会話に入ってきた。
「空から見たら……?」
いきなり女子がこんなこと言ってきたら、意味わからなくなるよな。
「こちら、ロック鳥のナーティアです」
「その節は島にご迷惑をおかけいたしました。今はフレイア様の弟子として働いております」
完璧な立ち居振る舞いなはずなのに、ロック鳥を自称するせいで村長が混乱していた。ただ、どこにもウソはないので、信じてください。
「これは多くの島に共通するのですが、島というのは本当に山がちなのですわ。海沿いに平野ができていたら水没してしまいますもの。縦に突き出るような地形のほうが島にはなりやすいわけですわね」
「は、ははは……鳥の方らしい視点ですな」
おそらくあまり信じてないな。別にいいか。信じない自由もある。ナーティアの指摘そのものは合ってるし。
「薬が気軽に買えればいいんですが、あなたが錬金術師の決まりを破ってクビになってしまうことがこの村にとっても最大の損失ですので贅沢は言えません。こればっかりはやむをえませんね」
「買い物は普段どうされてますの?」
弟子が尋ねる役に回ってくれて助かる。
たしかに港まで買いに行けというのは無理がある。私は徒歩三時間かかった。
村長は体を斜めにひねって、家並みが続いてるほうを指差した。
「あっちに一軒、それともう少し高台に一軒商店があります。村に二軒あるといっても、どっちかがつぶれると不便ですから、商売敵ではありません。つぶすような権力を誰も持ってないとも言えますが」
ちょくちょく自虐が入るな。
村長の癖か、村民の癖かわからない。
カノン村の人もそうだが、ジョークを多用してくる。まだウェンデ村では扱いがわからん。
「そのさらに奥にいくと、村が途切れているように見えるのですが、そこが終点ですの?」
「少し高台になるので、海を見る展望台になっています。朝と夕方は散歩をしている老人世代が東屋で休んでいますね。その先は左手はただの崖で、右手は森に入ります」
村の形がだいたいわかった。平坦地ではあるがそこそこ高台だから平野部ではないな。台地上に家が並んでいる。
「まあ、末永く工房を続けていただければ、何も不満などありませんよ」
こりゃ、三年勤めあげて引っ越しをするかもなんて口が裂けても言えないな……。
ビン配りが終了したリルリルと合流した。
「ああやって手渡しを続けるの、ちょっと面白かったぞ」
意外とエンターテインメントだととらえられていた。
「なんじゃろ、一人ずつから応援してますとか言われると、自分が認められたという気がしてくるのじゃ」
「守り神が承認欲求をさらに求めなくても……」
わかるような、わからんような。私のような体力のない人間は人疲れのほうが大きそうだ。
「ああ、さらに南の世界では、著名人が握手会というのをやっていましたわね。それと同じような構図ですわ」
「握手を延々やるって、著名人のほうは手が汗でぬるぬるになりそうですね……。いや、むしろ乾燥してかさかさになる?」
「気色悪いことを考えるな」
リルリルにたしなめられた。
「ところで、リルリル、村の情報は手に入りました?」
「買い物がつらいそうじゃ」
「もう少し細かく知りたかったですが、地元の人からの言葉というのは大事です」
「あと、もっと具体的な話を聞いたほうがよいと思って一人残ってもらったわい」
リルリルが手招きすると、女性が一人近づいてきた。
どこかで見たことのある顔だと思った。




