84 貝殻を使うらしい
「独特の製法ですけれど、できなくはありませんわ。わたくしに任せていただけません?」
本音を言うとちょっと怖かった。
毒が残っているとシャレにならん。そりゃナーティアやリルリルはちょっとの毒なら大丈夫でも私は人間の致死量で死ぬからな……。
「毒の抜き方も知っていますわ。中毒が起こることなどもありえません」
「わ、わかりました……」
こう言われてしまうとうなずくしかない。
「必要なのは、このイモ部分と、あとは浜辺にでも出れば見つけられると思いますわ」
「浜辺? なんじゃ。カニでもぶち込むんか?」
「そんなもの入れませんわよ」
ナーティアがむすっとした顔になる。
「あら……。でも、考えてみれば意外と近いのかもしれませんわね」
えっ? 本当に海の幸でも入れる気か?
「そしたら、ヒトデとかか?」
「ものすごく遠のきましたわ。言葉はもう少し考えて口にするべきですわよ」
ヒトデって食べたことないな。郷土料理とかであるんだろうか。本音を言うと、あまり食べたくない。
「じゃあ、なんじゃ。何を使うんじゃ」
「貝ですわね」
「ああ。カニが近いかもというのは殻つながりということですか」
私はぽんと左の手のひらに右手を合わせた。
ナーティアがにっこりと笑った。
「貝殻があれば毒は抜けますから」
帰りは少し広い場所に移動してから、ロック鳥になったナーティアに乗って戻った。
人の姿のリルリルを乗せるのは重いから嫌だと言っていたが、一緒に乗せてくれた。
「島の真ん中ぐらいってところですか」
上空に出て、私は位置を確認した。
といってもど真ん中ではなく、西寄りの真ん中だが。なにせ、ど真ん中には山がそびえている。
「そうじゃの。さらに南に行くと南の村の人間がたまに入ってくるが、まず出会うことはないじゃろ」
南の海沿いにも村があったなあ。
これまではあまり遠方に行くのは工房の営業時間の関係で考えていなかったが、ナーティアに乗ればいけるわけだし、一度ぐらいあいさつに行ってもいいかもしれない。
朝のうちに工房に戻ってしまった。
すべて弟子二人のおかげだ。調査に費やした時間は一時間ちょっと。
どんな魔導具でもここまで効率よく移動はできない。
●
その日は久しぶりに晴れていたからか、お客さんが四人も来た。
四人しか来なかった――ではない。四人も来たのだ。
島の工房が大繁盛するのはいいことではない。
なお、そのうち一人は「島酒売ってますか?」というものだった。
「悪いけど、家で作ってください」とお帰りいただいた。
「ケチじゃの。別に作ってやってもよかろうに」
「勝手に工房を飲食店にするわけにもいかないでしょ。無料で振る舞うことはできますけど。一回振る舞うとみんなに振る舞うことになりますよ」
サービスというのは難しいものだ。
定着すると、利用者はそれがあることが「得」に感じるのではなくて、ないことが「損」に感じてしまう。
島酒が話題に出たからか、リルリルが島酒を作って持ってきてくれた。
しかも炭酸水を利用しての、正真正銘の島酒だ。
店舗で提供しているものは炭酸水を使ってない。
湧出場所にたどり着けるのがリルリルだけなせいである。
「ありがとうございます。昼から酒とは優雅な身分です」
「飲めんくせにしょうもないこと言うな。ところで鳥がおらんが」
鳥とはナーティアのことだ。
「海に行くと言っていました。貝殻集めじゃないですか」
「そんなに時間がかかることでもなかろう。どんだけ集めとるんじゃ」
なんて話をしていたら、ナーティアが戻ってきた。
「貝殻はどこじゃ。ん? どこにもないのう」
「もう港で焼いて灰にしてきましたわ」
貝殻を灰にする?
「ええと、石灰水を使うんですか?」
「そのとおりですわ。今日は作業部屋をお借りしますわ。できあがるまであまり覗かないでくださいね」
なんか、そんな民話があった気がする。
制約を要求されて、それを破るというのは神話でも民話でもよくあるやつだ。
ここに入っちゃいけないよ→きちんと言いつけを守って入りませんでした、だと話が成立しないからな。
「面倒臭いのう。いちゃもんつけられても嫌じゃから、夕飯はクレールのところで食う。今から言っておけば問題ないじゃろ」
そんな飲食店感覚で使っていいのかという気もするが、それぐらい遠慮がない程度でちょうどいい。
「わたくしも作業が終わったら向かいますわ」
みんな、クレールおばさんの家をレストランだと思ってないか。
ナーティアは自信満々に作業部屋のほうに入っていった。
私とリルリルは顔を見合わせた。
「あいつ、料理なんてほぼできんのじゃろ。毒のあるイモを使って大丈夫なんか?」
「本人が大丈夫と言ってる以上、信用できないとも言えませんよ。認めるしかありません」
多少の不安はあるがなんとかなると信じよう……。猛毒ではないはずだ。
そのあと、リルリルが先にクレールおばさんの家にうかがったところ、三人でも五人でもどんと来いということを言われたという。
そこまで弟子を増やすつもりはない。師匠のほうが追いつけない。
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「ほう、これはサトイモを使ったオムレツですか! 意外と合いますね!」
「そうだよ、サトイモをすりつぶして、それを焼いたわけさ」
クレールおばさんは料理が上手いだけでなく、レパートリーの幅も広い。
本音を言うと、リルリルもクレールおばさんから新しい料理を覚えてくれるとうれしい。リルリルは料理はおいしいけど、幅はそんなに広くないのだ。
「うん、おいしいです!」
「フレイアちゃんもリルリル様もおいしいって言ってくれるから作り甲斐があるよ。うちのは黙って食うからねえ」
「うちの」というのはオグルドおじさんのことだ。
黙ってという言葉を証明するように、おじさんは言い返しもしなかった。まっ、おばさんが口数多いのでちょうどバランスとれてると思う。
「サトイモか。あの植物、サトイモに似ておったな」
リルリルがスプーンを持つ手を止めた。
まだナーティアは来ていない。調理過程で有毒ガスを出してナーティアが倒れてるなんてことはないと思うが、少し気にはなる。
「事典で確認しましたが、サトイモの仲間ではあるそうです。葉にどんな効能があるかとかは書いてなかったですね」
そんな話をしていたら、ナーティアが入ってきた――らしい。
「お邪魔いたしますわ」という声が玄関のほうから聞こえてきた。




