83 悪魔のイモ
「森での仲たがいはやめましょう。なぜなら怒って二人がともにどこかに去っていくと、残された私が遭難するので!」
自分をオチにして場をなごませるという高等テクニックを使った。
「そんなことはいたしませんわ。リルリルは放っておくにしても、フレイア様はお守りしますので」
「ロック鳥に助けられるほど落ちぶれておらんからの」
だからケンカはやめってって! せめて工房でやってくれ! 見知らぬ場所でケンカがはじまるのは不穏!
一応、そこで両者が皮肉を言うようなことも一度中断した。
「文句を言うぐらいなら日常会話の延長線上とみなしますが、本格的なケンカは禁止しますからね。場合によっては両方謹慎させたり破門したりすることもあると心得てください」
「まっ、気をつけはする」
「すぐに熱くなるのは小人の態度だと肝に銘じますわ」
もっとも、謹慎させるといっても具体的にどうさせるのか何も思い浮かんでないけど。
そんなことを具体的に考えるのは建設的じゃないので、頭の隅に追いやっておく。
このへんは見慣れない植物がまだまだ生えていそうだ。そちらを見落としたくない。
錬金術師ならここに来られたことを幸運と思えるようでなければ。
先頭はリルリルが歩く。草をかき分けて道を作ってくれる。
おそらくリルリルからすると、進みやすい藪のルートなんかもわかるのだろう。
人間では何も違いがつかないような草ぼうぼうの世界もここだと草が簡単に倒れるとか、そういうことが経験から判断できるのだと思う。
「ほい、ほいっと。この先、土が少しすべるので注意せよ」
私はそのリルリルの後ろを進む。
最後尾はナーティアが歩いている。
私が倒れたりすると受け止める位置らしい。
安全面に気を配ってもらえていることはありがたい。誰だってケガはしたくない。
「十分な収穫はありましたが、まだたいして歩いてませんし、もう少し奥まで行きたいですね」
「そういえば、この先、妙な木? いや、草があったのう」
リルリルが茂みを開きながら言う。人が立ち入らない場所なので、わずかな獣道の隙間を進まないといけない。
「結局、木なんですか、草なんですか?」
「判断に迷う。じゃが、目立つ植物じゃから目に入ればわかると思うのじゃ。期待せよ」
「期待をあおるのなら、もうちょっと見たいと思える情報がほしいです」
「錬金術師なら妙な木か草があると聞いただけで喜ぶべきじゃろ」
「一理あります。でも、このあたり、いい植物がいくらでもあるので、妙な木程度の情報では力不足なんです」
と、リルリルの足が急に止まった。
シカでも出てきたかと思ったが、そんなものではなかった。
「これじゃ、これ。妙な木か草」
現物に出会っても木なのか草なのかわからんのかと思ったが、その植物を見て納得した。
「しましまになってますね」
幹だか茎だかわからない部分が縞模様になっている。
よく見ると、薄緑の部分に黒っぽい斑点が大量についていて、それでしましまのように感じるらしい。
「緑がかってるってことは茎ですか。じゃあ、草なんですかね。たしかに樹木っぽいですが」
その茎はやけに太いし、斑点のせいで茶色寄りだ。さらに私の頭より上のあたりに葉が生えていたりする。
これは木と感じてもおかしくない。少なくとも草と言われて、こんな草はイメージできない。
近い植物でいうと、ヤシか。
「茎からして変わってますね。リルリルの言葉に間違いはありませんでした」
「島でもかなり南側にあるのでな。以前は持ってこんかった。フレイアもあまり把握しとらんような植物か」
「いえ、だいたいの予想はつきますが、初見なので」
自信がないんじゃないぞ。断定を避けるのも錬金術師として正しい態度だからだ。ただ、特定できるだけのものがないんだよな。
だが、解答は私の後ろからやってきた。
「あら、この島にも生えてるんですわね」
ナーティアが茂っている葉を自分のほうに引っ張りながら言った。
「ナーティア、ご存じなんですか?」
「はい。もっと南に住んでいた頃、これによく似た植物は生えていましたから。スコップ貸していただけません?」
私がスコップを取りだして渡すとナーティアは少しずつ土を取っていった。
「こやつはちょびちょび掘るのでまだるっこしいわい」
「あなたのスコップの扱いが乱暴なだけでしょう」
「まあまあ。自分のペースで楽しくやってください」
ナーティアはスコップの使い方はお嬢様っぽいとは思う。
錬金術師は根を傷つけないように、そこそこ丁寧にやる。
じわじわと穴が深くなっていく。
「そんなに掘るということは根が特徴的ということかのう?」
「そうですわよ。ちょっと時間がかかりますけど、あくびでもしていらして」
「あくびはしようと思ってするものではないわ」
だんだん形がわかってくるものを見ながら、私は図鑑の絵を思い出した。地下茎が肥大していて、よく目立つ――そんな説明が図鑑に書いていたな。
しばらくして出てきたのは、小型の鍋みたいな形というか、プリンをひっくり返した形というか、独特のイモだった。
「こんなふうにイモになっていますの」
「ほう、地面の下はこんなことに! 茎の部分の色は覚えておったが、土の中まで変わっておるとはな!」
リルリルもテンションを上げている。
たしかに見た目の特徴ならかなり上位に来ると思う。今日の調査最大の収穫と言っていい。
「早速持って帰って、蒸すなりして食ってみるのじゃ!」
リルリルがイモ部分を持ち上げて陽気に言った。
その言葉で私は気まずい顔になる。
やっぱり食べようと思うよなあ。私もリルリルの立場ならそう答えただろう。
「これ、おそらく、食べると死ぬやつです。悪魔のイモとか言われてたような……」
南方の植物は青翡翠島でも見つかる可能性はあるので、できるだけ調べていた。その学習が報われた。
「なっ!? こんなに食えそうな見た目で猛毒なのか! まぎらわしい奴じゃ」
「あと、素手で触っても手が荒れるんじゃなかったかな……」
「そういうことは先に言え! 思いっきりつかんでしもうとるではないか!」
リルリルが地面に捨てた。
偉大な幻獣なら触れても平気かもしれないが、触れるメリットはないと思う。
「悪魔のイモだったとしても、一応、文献に『地域によっては食用にしているところもある』とは書いてました。けど、そんなに無理して食べるものでもないと思いま――」
「食べ方、知ってますわよ」
ナーティアが自分の胸の前に手を当てた。
「ほ、本当ですか……?」
ナーティアが楽しそうにこくりとうなずく。




