82 雨期に晴れ間に探索
「よしっ! 雨の匂いが遠いぞ! これは堂々と外出できる!」
そのリルリルの言葉は本当にありがたかった。
救いは近いぞと神から天啓が降りたも同然だった。
リルリルも守り神であるから、神のお言葉といっても過言ではない。やはり過言かな?
雨期の間の晴れがようやくやってきた。
「リルリル、急に天気が崩れるということもないと考えてよいですね?」
「匂いがないからな、八割方、大丈夫じゃろ」
「もし雨が来たら神のお言葉がはずれたということなので、リルリルを責めます」
都合いい時だけ守り神扱いするなというリルリルの言葉を留めて、私は言った。
「今日は薬草の調査に出かけましょうか。雨の合間の息抜きです!」
体を動かすのは好きじゃないが、雨の中、部屋でじっとするだるさよりは体を動かすほうがいい。ここはマシなほうを選ぼうと思う。
ナーティアも賛成らしく、大きなカゴを出してきた。
「すぐに行きましょう。工房の営業時間前に遠くまで行きますわよ」
そう、工房は臨時休業にしづらいのだ。
本当のことを言えば閉めたいし、閉めても影響は小さいのだろうが、急病人が出た場合、開いてるはずの店が閉まってるのはよろしくない。
「まっ、いざとなれば、すぐに余が走って戻れるから気にすることはない」
「わたくしもすぐに確認のために戻れますから大丈夫ですわ」
二人にとったら本当にそのへんの散歩という感覚なんだろうな……。
私は店の前に、「閉まってる場合は少しお待ちください」と張り紙してから出かけた。
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今回の目的地は島の南側だ。
つまり、私たち北側に住む人間から見れば島の奥ということになる。
おかげで植生など詳しいこともよくわかっていない。
同じ島だからおおまかの予想はつけられるとはいえ、珍しい植物が生えている可能性はある。
いずれ調査しないといけないエリアだった。
それとリルリルとナーティアが貴重な植物を持ってきているという実績がある。
二人に任せれば入手できるのではという気もするが、自分の目で確かめようとしない錬金術師というのはダメだ。
私は錬金術師として楽をしたいのであって、錬金術師の風上にも置けない奴になる気はない。
「時間短縮じゃ。途中まで乗せていってやる」
リルリルがオオカミの姿になる。私はありがたくその背中に乗った。
走るリルリルの上をロック鳥のナーティアがばさばさ追いかける。
自分で言うのもなんだけど、神話の主人公みたいなことをしている。王都の工房に就職したら経験できないことだ。
ちょうど島の真ん中あたりの森でリルリルもナーティアも人の姿になった。
ここからはゆっくり、きめ細かく、植物の調査をしていく。
「深い森なのに少しも不安がないのは間違いなく同行者二人のおかげです。感謝します」
感謝の言葉は口に出したほうがいい。イライラはホコリみたいに積み重なる。
「この程度、どうってことはない。存分に調べていけ」
成果はちゃんと上がった。
「これ、チョウジの木に近いですね。島酒にも使ったやつです」
香辛料用の植物がちらほら目についたのだ。
人の足が入った形跡もないし、自生していると断定していい。
早速地図に記入する。ものすごく貴重な情報だ。
しかも流出しても、ここまでの道は不明だから誰も入れないので安全!
まあ、私も一人ではたどり着けないけど……。
「ああ、このあたりでいろいろ持ってきた気もするのう。北側ではあまり見ないものが多かったので、とりあえずカゴに入れた」
「素晴らしい仕事です。おっ、こっちにもいい草が! この島、思った以上に植物の宝庫ですよ!」
調査というのは錬金術師一人ではろくに進めることができない。
仮に成果が期待できる森があるとしても、その森に踏み込むリスクを負えないならどうにもならないからだ。
まして、離島に錬金術師が集まって、調査に赴くというのはコスト的に現実的じゃない。
エメリーヌさんがそのために計画を立ててくれれば可能かもしれないが、あまりお世話になりたくない。
「わたくしもたくさん持ち帰ってきましたわ」
つんとした調子でナーティアが言った。
しまった、リルリルだけ褒めてしまった。
「無論、ナーティアもよいものをたくさん持ってきてくれました。おそらくナーティアの採取した植物は山の中腹だとか高台のものですよね」
「そのとおりですわ。それだとリルリルがあまり採らないだろうと思ったわけです」
「おかげで植物のバリエーションが広がりました。本当に助かりました。見事な連携ですよ」
気楽に山のほうにまで行けないし、まして人間一人が安全に採取できる範囲は限られてるからな。
崖に生えている植物もナーティアならさほどの危険もなく手にできる。
人の姿の時は飛べないはずだが、かといって少し滑落した程度ならかすり傷だろう。
「ご協力できたのならなによりですわ」
「感謝を強制しておるな。図々しい生き方じゃ」
「普段から高慢なあなたよりマシですから」
おっと、また弟子同士のケンカが……。
どこにでも火種があるなあ。
「森での仲たがいはやめましょう。なぜなら怒って二人がともにどこかに去っていくと、残された私が遭難するので!」




