81 感想は延べぬ
渇きの石のストックはまだまだあった。大きな石の塊のものも、砂状に細かくなったものもある。
いろんなことに使える万能な存在なので、多くの錬金術師が持っている。持っていて本当に損はない。
どうやったら室内の湿気に反応させることができるのか。
こんな時こそ基礎からやるか。書庫に行って事典を調べようと思った。
書庫ではナーティアが立ったまま本を読んでいた。
「もしかして、ずっと立って読んでるんですか?」
「そんなに疲れはありませんわよ。座っていると眠くなってしまいますし。眠ったら時間が無駄になります」
それ、まさに私!
「いいですね。どんどん勉強するといいですよ」
自分でもどの口が言うんだと思ったが、座って勉強して寝落ちしましょうとも言えない。
人間は失敗する生き物だが、失敗をなんでも伝えればいいというわけにはいかないのだ。
事典の渇きの石の項目を見る。
水に反応するということしか書いてない。
湿気取りに役立つ便利な使い方なんてものは一行もなかった。
念のため、二周目を読んでみたが、水に反応して力を示すということしか書いてない。
あとは産出する場所がどこだとかいったことぐらいしか載ってない。事典頼みではどうにもならなそうだ。
どの環境でなら渇きの石が力を発揮するかの研究というのは案外面白そうだが、それで部屋の湿気が取れるわけでもないしな。せめて作業着の乾燥を早めてくれないと意味がない。
水に反応する、か。
そんなことはとっくにわかっている。
水に反応しても効力がない渇きの石は使用限度に達している。
なら、少量の水に反応させれば石は力を示すわけだよな。
「こんなことなら、すぐにできるな」
失敗しても別に困らない。とにかく試してみよう。
私は事典を元の本棚に戻した。
「あら。何かひらめいたようですわね」
「ひらめくだけなら簡単なんです。それが成功するかはまったく謎です」
「ひらめいたことを試してみる、そこがフレイア様のご立派なところですわ」
「成功した時だけ褒めてくれればいいですよ」
「いいえ。すぐ実行に移すという部分が素晴らしいのですわ」
それもそうか。
素直に褒められるのってむずがゆい気持ちになるけど、悪くはない。
●
作業は簡単だった。
三十秒に一回ぐらいのペースで水滴がたまって、落下する装置を作った。
水の入った容器の隙間を埋める形でわずかに綿が入っている。
この綿が水を吸って、水滴を落とす。水滴がすぐにたまって落ちないように、本当に少しだけ水を吸うように調節した。
で、その綿の下に渇きの石を置く。雑に大きめの塊を用意した。
割るのが面倒だったともいう。
「魔導具と呼ぶのもおこがましいな……。魔力を付与してる部分もないし」
魔力が付与されてないので、厳密には魔導具ではない。
「ん? なんかがちゃがちゃやっとるの」
リルリルが目覚めた。むしろ、作業中に起きなかったのがすごい。一回の眠りが深いタイプだな。
「湿気を取る試作品です」
「一見すると、水滴を石に落とすだけの装置にしか見えんぞ」
「まさにそうです。で、ここからが大事なんですが――水滴をまるまる吸い込んでさらに多くの湿気を吸ってくれるならば、除湿効果も生まれるはずだなと」
水滴の水分を1、渇きの石が力を出す時の最低の能力を50だと仮定する(単位は省く。あくまでもイメージ上の数字だ)。
それなら、余った力が空気中の水分を49だけ奪うのではないか。
「もっとも、仮定に仮定を重ねてるところは否定しません。渇きの石の特性を細かく調べたわけでもないですし」
渇きの石が1の力しか発揮しないなら意味がない。水滴を吸収して終わりだ。
せっかくなので、水滴がたまって落ちそうになるのを、リルリルと一緒に眺めた。
「おっ、落ちますよ」
「そうじゃな。落ちる、落ちる!」
やけに盛り上がっているが、本当に水滴が落ちるのを見ているだけである。貴重な蝶が羽化する瞬間などではない。
石に落ちた水滴はすぐに消えた。渇きの石の本領発揮だ。
さて、これで部屋の湿気を吸ってくれるかといえば――
「よくわかりませんね……」
「そりゃ、水滴一回では効き目があっても誤差の範囲じゃろ」
リルリルがあきれた声で言った。
予想できていたことだけど、影響が小さすぎてわからない。
「まっ、まあ……理論上は湿気が減る可能性はあるので、洗濯物はここに移しておきましょうか」
「そうじゃな。ほかの部屋よりは乾くような気はする」
店舗部分のカウンター裏手に洗濯物を置いた。邪魔だし、お客さんから見えるのであまりよいことではないが、お客さんがほぼ来ないのでダメージは小さい。
――十分後。
「心なしか空気がからっとしてきた気がするのじゃ」
リルリルが息を吸ってから言った。
「私にはよくわかりません。リルリルならわかるんですか」
「雰囲気じゃ!」
「雰囲気かよ!」
さすがオオカミの感覚は鋭敏だなと思ったのに。
「でもリルリルの言葉のほうが私より説得力はあります」
「余もあまり自信はない。渇きの石が置いてあるから湿気が減っていると思えとるだけかもしれぬ」
「印象操作という点は否めませんね。でも、印象で不快感が減ったと思えるのなら、それで成功と言えるのでは?」
快適な住環境と住人が思い込んでいればそれは勝ちである。
「主張はわかるが、それって錬金術師としてどうなんじゃ」
「販売してるわけではないので、詐欺でもありません! 暫定で湿気が減って快適だということにします」
「それでよい。で、この魔導具の名前はどうする」
リルリルが石の上の綿に目を向けた。
「厳密には魔導具じゃないですけど、たしかに名前はいりますね。生み出してしまったものの責務です」
いい名前、いい名前……。要素としては除湿と石……。
「【除湿の石頭】というのでどうでしょう?」
「感想は延べぬ」
つまり、ダメってことだな……。
「文句があるなら代案をお願いします。専門知識がなくても絶対に出せるやつです」
「文句は言っておらぬ。感想がないだけじゃ」
「感想がないなんてことはありえないんですよ! そんなのナシです!」
リルリルは本当に感想を拒否し続けた。ずるいぞ。
閉店間際になって、ナーティアが店舗のところにやってきた。
「あら? ここ、空気がすぅっとしてますわね。お香を焚いたわけでもないのに、どうしてかしら?」
効果はあったのだ、と私とリルリルはようやく確信した。
そのあと、【除湿の石頭】はもう一台作られて、洗濯物を置く部屋に設置された。
これで、どうにか雨期を乗り切りたい。




