79 お天気の匂い
十分に茶色くなった巨大なショウガの根を割る。
ぱきっ、ぽきっと小気味いい音がする。
それを薬草園に等間隔で植えていく。
島酒のために毎回、野生のショウガを獲得するために動き回るのは現実的ではない。
そこで事前に栽培してしまおうという魂胆だ。
幸い、この手の肥大した根を植える植物は育てやすい。
枯れて全滅したなんてことは起こらないだろう。
「さあ、どんどん育つんじゃぞ。育てよ、育てよ~」
リルリルは楽しそうに土をかけている。
そんなに胸はずむほどじゃないとは思うが、何かを植えるというのはなかなか楽しい時間だ。自分が自然の一部になっているような気がする。
ひたすら工房で薬を作ってるとカビでも生えてきそうな気がするからな……。
ナーティアは不慣れな様子で土をスコップでかけていた。
リルリルが積極的にやりすぎなだけでそんなものだろう。
お嬢様の見た目からすればよくやっている。
私が何もやらなくてもリルリルなら勝手にショウガの根を植えていた可能性すらある。
「これでは全然足りないぐらい島酒が人気になってくれればいいんですけどね」
「それぐらいはいけるじゃろ。あれは流行る。その理由も余にははっきりわかる」
「ほう、その根拠は?」
「甘いからじゃ」
シンプルすぎる答えだった。
「甘いものはだいたい人気になる。人間の住んでる土地はいろいろ回ったが、甘いものはどこでも好まれておった。その甘さとショウガが合う」
意外と本質なことを言ってきたな。
「当たらずとも遠からずだと思います」
これは人間の味覚に関わる問題なのだが、甘いものを美味いものと認識することは多い気がする。
というより苦いものは避けたくなる(苦いもののほうが酒が進むみたいな人は除く)。
おそらく苦いものは毒だと本能的に感じるんだろう――定説ではこういうことになっている。
でも、美味な毒もあるはずなので、私はちょっと懐疑的だ。毒キノコがすべてゲロマズなら誰も中毒などしない。
しかし、甘いことがいいことだという風潮の地域があるのは事実である。客人が来るとスープまで甘くしてるとか地方出身の学生が言っていたっけな。
「そうじゃ、そうじゃ。言い忘れておった」
リルリルは自分の尻尾についた土をはらいながら、
「汚れてもいい服、今のうちに準備しておくほうがよいぞ。少し多すぎるぐらいでよい」
「どうしてです?」
リルリルは白い靄を出してオオカミの姿になる。
そのオオカミの鼻をひくひくさせた。その姿のほうが鼻は利くということか。
でも、植物だとか手近なものを匂ってるようには見えないけど。
「そろそろ、梅雨が来るのでな」
とリルリルは言った。
「……匂いでわかります?」
「間違いない。空気の匂いでわかる」
かっこつけてるわけではないはずだが、なんかかっこつけてるように見えた。オオカミの姿なのもあいまって神々しかった。
「梅雨というと雨期ということですね。でも、匂いなんかします?」
「わかるぞ。むしろ、人間はわからんのじゃな」
なんだ、第七感とかいうやつか? たしか第六の感覚が魔感といって、魔法を察知する感覚とかだったはず。魔観すら弱い人は全然感じないものだ。
「わかる人間もいますわよ」
ナーティアが言った。
ナーティアも第七感がわかる派か。オオカミ姿のリルリルのほうに来て、ちょうどよいクッションだとでも言うようにもたれかかった。
「船乗りの中には経験というより直感的に雨や嵐を察知する方がいますし、農業でも雨が予測できる人はごろごろいるでしょう。ただ、都市に住んでる人間はそういうのは弱いようですわね」
「そうじゃな。自然とぶつかっておる時間が長い者のほうがこういうのは強い。ところで、そなた、あんまり余でくつろぐな」
「でも、ほどよい反発力があってよいですわよ。よく手入れされてる毛並みですわ」
「そりゃメンテナンスは欠かせんからの。人間の身だしなみと同じじゃ――ってそんなんどうでもいいからくつろぐな」
ここは師として率先して行動せねばならない。
私もリルリルに頭から倒れ込んだ。
「うん、これこれ。日差しも浴びつつ、最高の気分です!」
「人数が増えとる! それ、される側は鬱陶しいんじゃ。そっちだけ気持ちいいのもあほらしくなる」
「持てる者は施しを与えてください」
「それは持てる者が考えることで、持たざる者が要求することではない」
「よいですわね。人の姿だとこういう時は便利ですわね」
「お前は重いからあまり体重かけるな。ロック鳥の時の重量が乗っておる」
「それは言いがかりですわ。そんなに重いわけありませんわよ。重すぎたら飛べませんから。あなたの半分未満でしょう。フレイア様とそんなに大差ないはずですわ」
えっ? そんなものなの?
まあ、ロック鳥の体重を気にしたことなんてなかったけど、重すぎたら飛べないだろというのはそのとおりかもしれない。
大型のタカなんかも体重はそれほどじゃなかった。
でもロック鳥の見た目で私と同じぐらいと言われると、私がとんでもなく太ってるみたいだな。あまり言わないでほしい。
「話題がずれておるが、まずはどけ」
「もうすぐ雨期でしょう? こうやって外でくつろぐのも難しくなりますし、いいじゃありませんか」
「ですね。雨期に備えましょう」
「こんなのは備えとは言わん! それと、汚れてもいい服は大量にあったほうがよいぞ。汚れを気にしないとかそういう問題ではないからな?」
「今はそんなことどうだっていいです!」
リルリルを押し切って、しばらくくつろがせてもらった。
幻獣を弟子にした役得である。




