77 フルーツじゃないジュース
フルーツジュースではなく、香辛料ジュースを作る!
これならいけるんじゃないか!?
香辛料を煮詰めて、やたらと茶色くなった液に砂糖を入れて水を加える。
飲んでみた。
…………泣きそうなほどまずかった。
「ダメだ……。これでは薬っぽいどころか、ただの薬です……」
そりゃ、香辛料だけを食べる料理なんてないよな。
「どういう選択をされてますの? 見た目からしてもおいしそうなものには思えませんけれど」
「私が試しているのは大半が香辛料の素材です。それと、大陸のほうではなかなか手に入らない植物由来のものばかりですね」
「大陸で手に入らない……あぁっ! それなら島独自の名物にできるわけですわね!」
「理屈の上では」
今日の私、理屈っぽいな。
でも、錬金術師が感覚だけに頼ったらそれは危なっかしい。
ポーションの確認には自分の舌も使うが、それは微調整のためだ。猛毒をいくつも試しましょうということじゃない。
「もちろん、もっと南の土地でも同じ、いやこの島以上のものはできるでしょう。ここの材料も有名な香辛料の亜種がかなり混じっています。本来の品種のほうが質がいいものも多いはずです」
質だけなら香辛料の本場には勝てない。これはやむをえない。
「でも、香辛料を独自の配合で作った飲み物ということになれば、材料が調達できるだけでは真似はできません」
「まさに薬の調合と同じですわね。門外不出のレシピを作れれば、そこに価値が生まれると」
「そういうことです」
私たちは極めて錬金術師的なことをしている。
まっとうな錬金術師の方法論で、島の名物を作ろうとしている。
香辛料として売ったほうが儲かるかもしれないけど、そこは考えない方向で……。
カルダモンの仲間はどこに生えているんだろう。ごく普通にリルリルが持ってきたけど、おそらく人の手が入らない場所なんだろうな。
形容する言葉が見つからない刺激臭がする。ただ、不快というほどでもない。むしろ気分を高揚させるような感覚がある。
問題は……味が微妙なこと。
「ううむ……香辛料の材料を煮だすだけではどうにもならないか……」
美味な香辛料や生薬ってないのかな。
あるいは果物をメインにして、あくまでも香辛料をおまけにするという手もある。
一般のジュースの方向性に偏りすぎてしまうが、それでも勝負できないわけではない。
もう一度、材料が並んだテーブルに目を落とす。
最初に目についたのは細長くとがった△のような形をした葉だった。ペンのような茎にそんな葉がついている。
ただ、さらに特徴的なのはその下にごつごつした岩石状の根がついていることだった。
ピンク色の部分もあるせいか、岩というより臓器めいていてどことなくグロテスクだ。さすがに本物の臓器を見たことはないけど。錬金術師は医者ではないので。
根の部分を手にとってみると、ずしりと重い。
「これ、ショウガか」
そういや、南方の産だったな。
ショウガの根は薬として使用する。といっても、そこまで劇的な効果があるものではないはずだが味は特徴的だった。
葉に顔を近づけてみる。
さわやかな香気を感じる。
これ、もしかして、いけるのではないか?
ショウガを根の部分だけ切断する。
それを薄切りにして、どばどば鍋に入れて煮てみた。砂糖も足す。
ショウガを抜いたら、残った液の一部を水で割る。
「これまでよりは悪くないですね……。うっ……けほっ!」
少しむせた。ナーティアに背中をさすられた。
「フレイア様! 毒じゃありませんわよね!」
「だい、大丈夫です……。けほっ、けほっ……。ちょっと原液が濃かったか」
「反応が毒を受けたみたいで怖かったですわ」
「いえ、ショウガに毒の成分は入ってません。量の問題ですね。味はいけそうなんですよ」
私がむせた直後だったのでナーティアは警戒気味に試作品を飲んだが、そのあとの反応はよかった。
「思った以上にジュースになってますわね。後口も悪くありませんわ。何の果物か全然わかりませんけど」
だって、果物は入ってないからな。
「これをベースにして香辛料を足していけば、いいものができるんじゃないですかね」
●
何度か私は実験を繰り返した。
私ばかり飲むとおなかたぷたぷになってしまうので、飲む役はナーティアにもお願いした。
こういうのは複数のチェックが入るほうがよい。自分しかおいしいと思わないレシピを作っても売り物にならないからな。食べ物には普遍性がいる。
そんな改良を繰り返して――
「これまでで一番いいですわ。香辛料が深みを出していますし。アルコールが入ってないのに体が熱くなりますわよ」
ショウガは体が温める効果がある。細かいことは本で確認しないといけないけど、何度も飲んでる体が熱くなっているのがその証拠だ。
「いいですね。ジュースとして売っていてもおかしくない。レモンを少量入れたのも正解でした」
これは新商品ができたのではないか。
島の名物と言えるだけの文句なしの独自性があるかは別として、酒場の売り物にはできるだろう。




