76 合格です!
私もミスティール教授にそんなことを何度も思われただろう。自覚あるケースだけでも十では足りないほど頭によぎる……。ミスティール教授、すみませんでした。
「気にするな。どんな結果だろうと余がフレイアを恨むわけがないし、ダメならまた挑戦するだけじゃ。数度の失敗で落ち込むほどの軟弱者に見えるか?」
リルリルが私の肩を叩いた。
「師匠を励まさないでくださいよ。でも……気は楽になりましたね。ありがとうございます」
落ち着いた心境で試験をできるほうがいいからな。
さて、飲むか。
まず一口分を口で留める。
んっ? なんかピリッとしたぞ。
そんなバカな。しびれがくるような毒の成分が強い薬草は試験の対象に加えてないぞ。おいおい、勝手に危ない草を入れないでくれよ……。
だが、数秒でしびれとは関係ないとわかった。どうやら水自体の特性らしい。
大丈夫と判断して、ほかの要素の確認に入る。
独特の甘さがあるが、これは砂糖が入った多くのポーションに共通する。
最初は慎重に飲む。毒の反応はない。
今度は半分ほどまで飲む。
魔力によって回復作用が起きているかを体で実感する。
疲労もケガもないのにわかるのかと言われそうだが、そこはプロ。効き目を経験で判断することはできる。
じわりと胸が温かくなってくる。これは魔法による影響だ。
つまり、魔力は込められているので、定義上はこれは錬金術師のポーションということ。薬草をすりつぶして民間療法の薬を作ったのとは違う。
うん、課題に設定した薬草二十種の中で、ぜひ使ってほしかった三種はいずれも入っている。そのあたりは苦さの種類でわかる。
全部飲み干してから、私は紙に結果を書き写していく。
データが私の感覚しかないので早目に記録せねば。
「ど、どうじゃった? おい、何か答えよ!」
はやるリルリルが寄ってくる。
「記入中なので待ってください! 試験官に近寄りすぎ!」
「合格か不合格かはもう決まっておるじゃろ! 詳しい内容はあとで聞くからそれだけ言え!」
「合格です! ポーションとしての最低限必要な部分は持っていますから合格です!」
リルリルの体が一回止まった。
それから操られたみたいに跳ね回った。
「よっしゃ! よっしゃー! 錬金術師じゃー!」
「それはおおげさです! あくまで第一歩! それと、作業部屋で暴れると危ないので外でやりましょう!」
「そうじゃな。走ってこよう」
リルリルはテーブルにぶつからないところに移動してから、獣の姿になった。
「しばらく島を駆ける。もうすぐ雨が多くなる季節に入るし、今のうちに体を動かしておくほうがよいしな」
と言って、ドアの前で引っかかって、結局一度人の姿に戻っていた。あまりサイズ感がわかってない。長らくそんなに室内で暮らしてなかったんだろうな。
リルリルが喜び勇んで出ていったあと、入れ替わりでナーティアが入ってきた。
「出ていくまでの五秒間に三回自慢されましたわ」
「武術の技みたいなペースで自慢してたんですね……」
「あの方がここしばらく熱心だったのは認めざるを得ません。工房にいる時間はだいたい薬草の組み合わせを考えて、試していました」
それでこそ錬金術師だ。とにかく試して、答えを見つけだす。
「わたくしも負けないようにやりますわ」
相乗効果が出ている。やる気のある弟子を育てるのは師匠も楽しい。
弟子にやる気を出させる方法なんて学院では学んでないが、錬金術について教えることはできるからな。やる気のない弟子に師匠は無力だ。
「それ、本人の前で言ってやるとものすごく喜びますよ」
ナーティアが嫌そうにぶんぶん手を振った。
「あの方の場合、喜ぶというより自慢してくるのできついですわ」
「その姿、イメージできる……」
ナーティアは皿や鉢が並んだままの作業部屋にちらちら目をやっていた。
室内は独特の薬臭い香りがしている。その異臭はある意味、錬金術師の勲章でもある。
「あの、わたくし、ポーションを飲んだことはないですが、どんな味なんですの?」
ロック鳥はポーションごときで誤魔化すことはないか。
「種類によりますが、苦いのを甘さでカバーしたようなものですよ。砂糖不使用でおいしいのもあるにはありますが」
実際に試したほうが早いか。私は棚からそこまで癖の強くないポーションを出してきた。もちろんリルリルではなくて私が作ったものだ。法的にも実力的にも、お金をとれるレベルのものである。
「一本ぐびっと飲んでみてください」
「では、いただきますわね」
ナーティアは二口目ぐらいで、涙目になった。我慢できない味だったらしい。
「うぅ……これは薬ですわね。甘さもしつこいですし……。フレイア様の作ったものとはいえ、これを美味というのはわたくしの矜持に反しますわ……」
まあ、師匠にウソをつくべきではないからな。弟子としてはよい心がけだ。
「ええ。きつい味でしょう。ちなみに、そのポーション、わざとまずく作ってあるんです」
「ふえっ? どうして?」
ナーティアからかわいい声が出た。
「ポーションというのはあくまでも薬なんです。苦戦してる冒険者でもないのにぐびぐび飲みまくるべきものではないので。あまり飲みたくない味、かといって一切体が受けつけないというわけでもない味にしています」
「ほおぉ……」という声が弟子から漏れた。これは感心してもらっていると受け取っていいな。
これは師匠冥利に尽きる! もっと感心して!
「冒険者からもっとポーションを美味くしてくれと要求されるのは錬金術師あるあるだそうですけど、そんなことはしないんです。お酒をつぶれるまで飲む感覚でポーションを飲まれると困りますから」
とくに冒険者というのは加減の苦手な人たちなので、ポーションの味も調節しているのだ。
計画的な行動がとれるなら、冒険者なんて将来が不安定な仕事はしないからな。冒険に出たら生きて帰ってこれるかわからないのだ。
「まさにプロの気配りで、あこがれますわ。ということは、フレイア様が本気を出せば非常に美味な飲料も作れるということですわね!」
リルリルが言ったらあおりだと思うけど、ナーティアの言葉なので心からそう考えているはずだ。
ただ、それは過大評価なんだよね……。
「え、ええと……錬金術師は別に飲み物のプロというわけではないから、それとこれとは話が違いますが……」
「ですが、飲み物に不向きな薬草でこんな飲み物を作れるわけですから、味だけを追求すれば最高の飲み物もできるんじゃありません?」
「理屈の上ではそうなりますけど、それで行きつく先は最高級のフルーツジュースですよ。最高級の果物を用意できなきゃどうにもなりませんし、逆にいい果物があれば誰だって作れます。多くの果物の商人が至高のジュースを試したと思いますよ」
「いいフルーツジュースの価値は認めますが、果物以外のアプローチはありませんの? 味がよくて健康に問題のない薬草でジュースを作るとか」
「そりゃ、できなくはないですよ――――あっ」
できなくはないのだ。
「ナーティア、ここ最近集めてきた材料を並べますから手伝ってください。一度じっくり考えましょう」
「ええ。でも、果物はすでにしなびたのもありますわよ」
「かまいません。それに果物を対象にする気はあまりないんです」
果物以外だって、いろいろあるじゃないか。
この島には香辛料の材料もいくつも産出している。
改めてテーブルに材料を置いていくと、よさそうなものがある。
――シナモンの葉。
――チョウジの葉。
――それからナツメグの亜種の種を包む皮。
――カルダモンの近縁別種の種。
私はそういった部位を水に漬けて煮詰めた。
果物ではなく――香辛料で味をとる!
フルーツジュースではなく、香辛料ジュース!




