75 弟子のポーションができた
「苦い……。これで不健康だったらやってられんぞ……」
リルリルはまだ味のことでぶつぶつ言っている。
「心配しなくても危ない薬草がないことはチェックしてますのでご安心を。常識的な量を使ってるなら大丈夫です」
できたものは師匠として使わないといけないしな。
弟子の作った簡易ポーションは弟子本人がまずチェックして、その次に師匠が初めての客としてそれを飲む。
なので、真面目にチェックしないと、こっちも被害を受ける……。
ミスティール教授が私の作ったポーションを飲む時はどう思っていたのだろうか。
これも学生の前途のためだとか考えたんだろうか。
あの頃は薬草の知識もそれなりに増えていたから、ひどすぎるものは出してなかったと思いたい。
ミスティール教授の下に配属される前に作った簡易ポーションなんてもっとひどかったよな……。
その時に担当した教師は大変だ。自分も近い立場になって実感する。
開店作業も落ち着いて、教授の来襲も乗り越えて、ロック鳥にいたってはなぜか弟子になったので、ようやく本来の錬金術師をやれている気がする。
弟子を指導するなんて本当に錬金術師そのものだ。
「そういえば、弟子を続けていると、錬金術師の資格って自動的に与えられるのかのう?」
薬草をすり鉢でゴリゴリつぶしながらリルリルが聞いてきた。
「いえ、錬金術師は国家資格なので正式に資格がほしいなら資格試験が必要です。私も学院にいる間に受けて合格してます」
学院でそれなりの成績なら問題なく合格するのであまり苦労は感じてなかったが。そのための学院での勉強なわけだし。学生の百人に一人しか資格試験に合格しない学院には誰も入学しない。
「なるほどのう。いつか、余も試験を受けるのか」
遠い目をしている。
これはずいぶん先のことを妄想しているな。
「別にいいですけど、奉公期間で三年はどこかの工房に行く必要がありますよ。帰省ぐらいでしか島に帰れないけど守り神としていいんですか?」
「う~む……。まあ、それはそれでよいじゃろ」
「三秒ぐらいしか悩まなかった!」
もうちょっと迷おう。そこはせめて三日ぐらいは考えるところだぞ。
「おっ! これは、いけるやもしれん」
すりつぶした薬草を指で舐めたリルリルの表情が変わった。そこから口数も少なくなる。
自分なりの正解を引き当てたか。
リルリルは魔法陣の描かれた薄い紙を持ってきた。
少し線に細いところと太いところが混ざっているが、機能するような魔法陣になっている。空き時間にリルリルが用意していたものだ。
その魔法陣の上にすり鉢を置いた。
緑色の光がすり鉢の底で現れたり、消えたりしている。
ブレが気にはなるが失敗ではない。魔法が付与されている状態なので、成功の側だ。
売り物にできるかの基準は別だけど、簡易ポーションだからな。そんなにすぐに冒険者の命を救うものは作れない。
リルリルは一度深くうなずいてから、すりつぶした薬草を鍋に移した。
その鍋に水を加えて、ぐつぐつ煮ていく。
薬草を長期保管するなら、当然乾燥させるほうがよい。
だが、ポーションのような消耗品はその都度乾燥させた薬草を使っていては効率が悪い。
なので、稀釈すればすぐに売り物にできる状態のペーストを作る。
水分が飛んできて、毒々しい色のペーストになったら、ポーションの原型は完成だ。
すぐに使用しないペーストは冷やして保管するが、もちろんすぐに利用してもよい。コップに毒々しいペーストを入れて、そこに飲みやすくするように砂糖を足す。
最後に大量の清潔な水で薄める作業が来る。
そういや、水はリルリルが用意してたな。
どこの水か確認はしてないが、青翡翠島はいい湧き水がしみ出す場所もあるし、水の衛生面はおそらく大丈夫だろう。
本音を言うとこの場で尋ねたいが、作業の邪魔をしたくない。そこは弟子を信じるほうを選ぶべきだ。
これで微妙なものができた時に気が散ったせいとか言われるのも嫌だしな……。
リルリルは円筒形の水筒を取り出す。どうやらウリ科植物の実の中身を抜いたものらしい。隠者があの中に酒とか入れてそうなフォルムだった。
水筒からの水がペーストの入ったコップに注がれる。
それを攪拌用の棒でよくかき混ぜると――
「できたのじゃ!」
簡易ポーションの完成だ。
まず、リルリルが一杯目を飲む。味わったあと、右手を小さく握りしめていたから、成功したようだ。
もう一杯を別のコップで作って、監督していた私のほうに持ってくる。
「さあ、飲むがよい。自分なりに最適なバランスを考えて作ったものじゃ。店に並んでおってもおかしくない!」
「リルリルの自信の根拠は前のウリで大幅に下落してますけどね」
「ウリがまずいのが悪い。そんなことはいいから、早く飲め」
「待ってくださいよ。私も弟子の作品の品評は初なので、緊張しているんです」
そう、がらにもなく私は厳粛な気持ちになっていた。
弟子の立場が幻獣で島の守り神という特異すぎるものであるとはいえ、これは弟子の人生(幻獣の場合も人生って呼べるのか?)を決める一つの関門には違いないのだ。
私は軽く息を吸って、吐いた。
「ポーションは味を重視したものじゃないんじゃろ。まずいのは諦めて飲め」
「味で怯えているわけではなくて、責任の重さを実感しているんです。師匠とはそういう立場なんです」
師の心、弟子知らず!




