74 ウリの仲間がまずい
錬金術師として工房の経営を続けているなら、ほかのものを売ってもよかったはずだ。どうしようもなくなったら、こちらで稼がせてもらおう。
「これ、どこで見つけましたか?」
「山ですわ」
解像度の低すぎる答えが来た。
おそらく人が立ち入らないところだろう。そんなところに船乗りが持ち込むことなどありえないし、やはり近縁種が自生していたと考えるべきか。
輸出用に収穫しまくれるほどの量は獲れなそうだし、それで島から消えてしまっても寂しいし、香辛料販売計画は一回ストップだな。
「それと、こっちの各種の根はわざわざ掘り起こしたんですか……」
「余がやった。そのへんの植物の根が面白い形をしておることは知っておった」
たしかに根が肥大しているものが多い。
錬金術師は根を薬として使うことも多いからそのへんの人よりはるかに見慣れているが、南方のものだけあって面白い。
「一方で、あんまり果物はないですね」
ウリの仲間の植物はリルリルが持ってきていたが、あまり熟していない。青くて細長くて、あまりおいしそうではない。
「前に言ったようにメロンがある場所もマンゴーの場所も知っておるじゃが、どちらも果物と呼べるようになるにはもう一段階暑くならねばならん。今はまだ蒸してきたぐらいじゃ」
人生でマンゴーなんて食べたことないな。
それと、まだ暑くなるのか……。
すでに王都では経験してないような気温なんだけど。
「なので代わりにウリの仲間を持ってきた。せっかくじゃし、食べてみんか? 毒はないはずじゃ」
小説に出てくる冒険家みたいなことを。
「毒はないって、それ、巨大な幻獣であるリルリルの経験でしょう? 人間が大丈夫って根拠がないんですけど……。それと、これだってろくに熟してないですよ。どっちかというと野菜の側です」
ウリの仲間が野菜か果物かは、甘さで決まる。
錬金術師としてはどっちでもいい。果物だから薬用に使えないなんてことはないからな。
「では、フレイアは食べなければよかろう。余は食べる!」
なんでそんなことにムキになってるんだ。
「まあ、極端に苦かったり、渋かったりしないかぎりは大丈夫と思いますが。ナーティアは――」
「どこの馬のウリともわからないものはいただきませんわ」
そんな言葉はない。
「ナーティアについては了解いたしました。自分で採取したものでなければ信用しないというのは錬金術師としては極めて正しい判断です。食用のものに似た有毒のものは神のイヤガラセかというほどありますから」
本当に、似た見た目の猛毒の草は勘弁してほしい。
「勝手にせよ。おいしくてもやらんし、場所も教えんぞ。このウリが島特産の名物になるやもしれんのじゃぞ。そのはじまりが今かもしれんのじゃぞ」
「いりませんわ。賭けてもいいですけど、それはまずいですわ」
「何事もやらんとわからぬ!」
リルリルは台所にそのウリの仲間を持っていった。切るだけだからすぐだろう。
その間に私は書庫に行って、図鑑で近いものを探す。
「多分、ユウガオだと思うんですけどね。でも、だとすると果物として食べてる記録がないぞ……」
じわじわ不安を感じ出していた頃、リルリルが切ったウリを皿に乗せてやってきた。
見た目だけなら形は悪いがメロンのようではある。
「さあ、フレイア、せっかくじゃし同時に食べるぞ!」
ここまで来たら思いっきりかぶりついてやろうじゃないか。この見た目で猛毒ということはない。
私はがぶりと食らいついた。
正面にいたナーティアが私たちを観察していた。
私の挑戦、しかと見るがいい。
さあ、勝負はいかに!
「うえへぇっ……。水臭い……。異様に水臭い……」
次回からウリは気をつけて食べよう。
錬金術師には慎重には慎重を期する態度が必要だ。さっきの私は蛮勇すぎた。
「じゃ、皿は洗っておきますから、リルリルは簡易ポーション作りにいそしんでくださいね。錬金術師の素質が垣間見えるものを目指してください」
「皿を洗うから、フレイアがポーション作りをやってほしい。苦いの食べたくない……」
「早速、錬金術師を諦めようとしないでください」
呑みこむのに時間がかかった。
うっすら甘いのがまたきつい……。いっそ、無味であってくれ……。
リルリルはどうかというと、
「これまでに感じたなかで一番嫌な甘みじゃ……。こりゃ、ダメじゃな……」
よかった、リルリルの味覚が独特というわけではなかった。料理はおいしいものな。味覚音痴ならそうはならないはずだ。
リルリルは立ち上がると無言で裏庭のほうに走っていって――
皿をからっぽにして戻ってきた。
「つまらぬウリじゃったので捨てた」
「いやいや、裏庭には廃棄しないでくださいよ! 薬草園に変なウリが生えたら困ります!」
「そう言うても、あんなもの食えんじゃろ」
それを食べようと提案したのはあなたです。当たり前すぎることなのでかえって指摘しづらい。
ナーティアがレモンで香りづけした水を出してきてくれた。
弟子が複数いると、こういう時に助かる。
山からの冷たい湧き水で作ってるので、すぅっと体に入っていく。
「ありがとうございました。さっぱりした水がこういう時はいいですね」
「いえ、だいたい読めていましたから。――あっ」
何かナーティアはひらめいたらしく、人差し指を立てた。
「こういう飲み物を名物にはできませんかしら? 本格的な料理よりは少し簡単かもしれませんし」
飲み物か。飲み物も料理なのでルール上は問題ない。
「いいアイディアだとは思います。ただ、よほど島独自のものでないと名物にはならないですね。特徴的な材料はいるかなと」
「なるほど……。たしかに単純な材料でできてしまうと島ならではのものにはできませんわね。お茶なんて北も南も西も東も人間はどこでも飲んでいますもの」
ナーティアの「どこでも」は相当に広い範囲を指してる可能性が高いな……。
ロック鳥は最大で一日どれぐらいの距離を移動できるんだろう。
「その水にさっきのウリ入れてみるか?」
「悪魔の提案はやめてください」
別に名物作りが私たちの業務でも、近場の目標でもない。弟子二人に空き時間に材料集めは継続してもらっているが、それぞれにやらねばならないことはある。
しばらくリルリルは薬草の調合で悪戦苦闘、いや七転八倒していた。
「苦い……。これで不健康だったらやってられんぞ……」
「心配しなくても危ない薬草がないことはチェックしてますのでご安心を。常識的な量を使ってるなら大丈夫です」




